追いかけっこ



「それ、いらん御用って奴?」
やる気無さそうにテッドが視線を向けた先にいたのは、顔見知りの少年だった。周囲にいる男達は見たことのないものだったが、どれも柄の悪そうで、ついでに言えば頭が悪そうだった。人のことをいえた義理はないけれど、と軽く笑みさえ浮かべて、テッドは彼らに近づいた。
その頭悪そうな奴らは取り囲んだ少年の知り合いが、同じように子どもだったことに安堵と侮蔑の表情を浮かべた。いかにも組み敷き安そうな相手に向ける笑みを浮かべて、物知らない少年に笑いかける。
「この子の知り合いかい?
俺達が介抱してやろうと思ってなぁ」
「そうそう、もしかして、君も付き合うとか?」
―――馬鹿らしい。
一瞬交わった黒髪の少年の目がそう告げている。それでも、常ならば振るっている見た目にそぐわないほどの武術や体術が発揮されていないところを見ると、すでに何かされたのか。けだるそうに体を支えられている様を見れば、確かに一見介抱されているように見える。
だが、あいにくそこまでテッドは馬鹿ではなかった。そして対する少年も。
すまなそうに少年は苦笑した。ついぞやまで見せていた、行きたくないところに連れて行かれる哀れな子ども然とした表情は押し込めている。
テッドは買い物途中の紙袋を片手で持ちやすいように抱えなおすと、おもむろに少年の方へ向かう。三人いる男達の中央にいる彼の目の前に立つと、一言叫んだ。
「前!」
瞬間、少年の足が太ももをけりつける。何かを仕込んでいたのか、ただの靴で蹴ったよりも鋭い音がする。それと同時にテッドも動いていた。彼から見て正面の、少年の体を支えていた男の軸足を払う。
どうと支えが倒れる前に何とか腕を解いた少年は、続けざまにもう一人の男の手を逃れるべくテッドに向かう。
「悪いなおっさん、こいつで遊ばれると心配する家族がいるもんでね」
重い荷物を抱える格好で、同じ背丈ほどの少年を抱えテッドが走り出した頃、やっと何が起こったのか判ったらしい男達は叫び声を上げた。
「捕まえてやるこのクソガキ!」
「それはおかどが違うんじゃねーの?」
後ろに尾を引いて流れていく笑い声が、多分に相手を苛立たせることを判っていながらテッドは声高に笑った。


「ゴンバコ、木箱、塀を登って」
くすくす笑うように少年達は歌った。やがて追いついてきた男達を前に、テッドはにやりと笑う。
「どうする?」
少年は、まだけだるそうにしていたが、ポケットから小さな巾着を取り出すとテッドの肩を抱き寄せた。
二人が悠然と塀の上で笑う背中でそこから転がり落ちたのは黒い玉。追い詰めたぜ馬鹿、と言いたげな男達がゴミ箱を登ったと見るや、テッドは言った。
「追いかけてごらん〜」
そしてぴょん、と二人は塀から飛び降りる。
ゴミ箱と木箱を伝わなければならないほどの高さの塀だ。獲物が逃げただけではなく下で倒れているのではないか、とも一瞬男達は思うものの、そこはここまですいすいと逃げてきたこ憎たらしい相手のこと。案の定、ごちゃごちゃと物が詰まれた中で階段状になっている部分が見えた。
路地の出口を見回せば、また走り抜けて新しい路地に入ろうとしている少年達の後姿。
頭かくして尻隠さずとはこのことかと、子どもの浅知恵を鼻で笑う。
「こりゃあ可愛い逃走劇で!」
言って三人がげらげらと笑いながら足を踏みおろしたところで、
通りを抜けたばかりの少年達は派手はでしい音を耳に拾った。
「なに使ったんだ?」
立ち止まって煙が出ている辺りを眺めて、テッド。
少年はつまらなそうに口を開いた。
――――爆竹。
その端的な返事に、なーる、と納得したような声が飛んだ。


「路地を抜けて、かくれんぼ」
けらけらと笑う少年達を追う男達は、すでに優越感をにじませた態度はとっていない。自分達にばかげた仕打ちをしてくれた子どもに、その代償に痛い目でも見せてやろうと言う心積もり。少年をかどわかそうとした自分達の行動には、少しも疑問に思っていないらしい。
ただ逃げるだけではなく奇妙な手すら使ってくるとは思いもしなかったものの、所詮子ども。
今だって人待ち顔で細い小道の出口で見張っているが、ちろちろと顔を覗かせては見張りの意味もない。
声を潜めて男達は笑う。
「馬鹿だな」
「あぁ、料理してやらなくちゃな」
きらりと太陽の光を浴びている、足元の紐に引っかかってやるのもいいかもしれない。
二度目の罠には引っかからない大人と言うものを見せてやろう、誰かがそう言って、紐をゆっくりと少年達に見せ付けるように踏んだ。
少年は小道に舞い降りる粉末を見上げて、傍らのテッドにあれは何かと聞いた。
「ん、ありゃコショウ」
男が踏んだ糸は、路地の二階窓の辺りで繋がった罠を実行するだけの簡単なものでしかない。
まんまと引っかかってくれた男達に深々と礼までしてみせて、テッドはまた駆け出した。
「次はどうする?」
酷く楽しそうに、子どもっぽく笑った顔が返事だった。


「仕上げ仕上げは終点で!」
男達を出迎えたのは、そんな言葉を明るい声音で吐いているものの、全く目は笑っていないテッドの姿だった。
片方の少年はいない。逃げたか、それともまた何か仕掛けてくるのか。
口元だけは楽しそうな笑みを浮かべているテッドは木箱の上で拍手すら見せる。
「執念だねー、おっさんたち」
「うるせぇな! 追い詰められたのはそっちの方だぜ?」
何といっても三対一。
じりじりと、それでも今までの二回が効いたのか注意深げに周囲を窺いながら、男達はテッドに詰め寄る。
他人事のように笑ったテッドは、世間話さながら、呟いた。
「お前らも、かどわかすのに薬とか使わなかったらさー、もうちょっと楽だったのに」
「なに?」
「だーかーら、逆鱗触れるようなことは、するこっちゃないってこと」
それ以上、テッドは何も言わなかった。
少年もあえて男達に説明して見せることはなかった。
ただ少年は、無言で男達の背に得意の棒術をぶつけた。
「一回死んで来い馬鹿野郎!」
 思いの外低い少年の声を、彼らが聞いたかどうか……


*


 出迎えた青年は、愛すべき子供達の風体を見て少し噴出した。
「あらまあ、二人とも一緒になったんですね。
 実は今日テッド君にお使いを頼んでいて――――
 それにしても、凄い格好」
「そう?」
 自分達の格好を互いに見合わせている姿は、妙に可愛らしくて更に青年の笑みを引き出した。埃だらけになるのも、泥だらけになるのも元気の証拠だ。特に黒髪の少年が元気一杯、外で駆け回ってくるのは彼の喜びでもあった。
「買い物袋は先に私が持って入っておきますし、坊ちゃん達は水あびでもどうぞ。
 残暑とはいえ、まだまだ暑いですし。タオルは、」
「裏庭の勝手口に」
「はい」
 三人が顔を見合わせ噴出した。
 青年は受け取った紙袋を確かめ、足早に裏庭に向かうテッドに声をかけた。
「テッド君、コショウ使ったんですか?」
「あ、実は買い食いして。味が薄かったもんで!」
「いいですよ。
 でも今日食べていくんでしたら、入らないかもしれませんけどー」
「別腹!」
 並んで歩く黒頭とくすんだ金頭が可笑しくて、またくすくす笑ってから青年はまたちょっと首をかしげた。
「そういえば坊ちゃん、何でほうきなんて持ってたんでしょう?」
 その答えを青年が知ることは、多分、ない。










空さとるさんより、残暑見舞いで個人的に頂いてしまいましたーっ。
さとるさんちで私の一番お気に入りの坊、アリ坊っちゃんです。
アリ坊ちゃんのシリーズは、全体的に透明感のある雰囲気があり、スパっとした切り口が好きです。
元気一杯追いかけっこ〜
さとるさん、ありがとうございましたっ。



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