約束


「僕は…君が好きなんだ」
真剣な顔で告白されても、大して驚かなかった。
怒鳴っても無視しても、自分の後を追いかけまわしていたアルドだ。必要以上に他人と距離を取るテッドを心配してというには、その行動に行き過ぎな物を感じていた。
アルドが自分をそういう目で見ているとは思ってはいなかったが、告白されてしまえば当然のように思えた。
結局のところ、今まで絡んで来た男たちと同じように、この男も自分の躰目当てだったのだと思ったら気が楽になった。
躰が欲しいというのなら与えてやればいい。一度抱かれてやれば満足するだろう。
満足しなかったとしても、どうせこの男と共にいるのは極短い期間だけだ。この戦いが終われば二度と会うこともないのだから。
「……一度だけ相手してやる。その代わり二度と俺には近づくなよ」
「……え?」
何を言われたのか判らず困惑するアルドの目の前で、首元のベルトを外し、上着と手袋を脱ぎ捨てて行く。
「テ、テッド君……っ?」
続けて下に着ていたハイネックと、ズボンと下着を脱ぐ。一糸纏わぬ白い裸体を惜しげもなく晒して、テッドはまっすぐアルドを見返した。
「俺のこと抱きたいんだろう?……抱かせてやるよ」
ごくり、とアルドが息を呑む音が聞こえた。



船室は陸の上の家と比べて天井が低く、明かりも弱い。
船が揺れても動かないよう床に固定されたベッドは小さく、男二人が寝るにはかなり窮屈だった。
「……テッド君、その……本当にいいの?」
ベッドの淵に腰を下ろし、広い肩を小さく丸めた緊張気味のアルドとは対照的に、テッドは平然とベッドに横たわっている。
「君に触れられるのは嬉しいけど…僕は正直、こんなことになるなんて思ってなくて…」
目のやり場に困ったように視線を泳がせる。
「好きにしろ。その代わりもう俺には構うな。でないとお前の命の保障はできない」
「………命?」
遠ざける口実としては極端過ぎる発言に、アルドが首を傾げる。
「ああ。俺に深入りすると喰われるぞ」
「…………君に?」
「バーカ。今食われようとしてるのは俺の方だっての。……コイツだよ。こいつは人の魂を喰らう」
手袋を外した右手をアルドに見えやすいように掲げる。
テッドの右手の紋章は今までも風呂に入る時、着替えの時と何度か目にしていたが、こんなに近くでマジマジと見たのは初めてだった。
まだ柔らかい少年の白い手には不似合いな、不気味な形をした紋章。
「その若さで、まだ死にたくないだろ?」
「そうだね……死ぬのは怖いかな」
「だったら……」
もう俺に構うなと言いかけて。
右手を取り、騎士が女王に忠誠を誓うように恭しく唇を押し付けるアルドの姿に、テッドは声を失った。
「………お前、俺の話聞いてなかったのか?」
苛立たしげに手を振り払うテッドを、澄んだ目が見下ろす。
「判ってるよ…でも、僕はそれでもテッド君の傍にいたい。…そんな目をした君を放って置けないよ…」
「…俺がどんな目をしてるって…?」
頬に添えられる温かい掌。端正な顔立ちがゆっくりと近づいてくるのを、瞬きするのも忘れて見つめる。
「………一人は寂しいって、泣いてるよ」
「…………」
「…キス、してもいいかな」
「……好きにすればいい」
触れてきた唇は乾いていて、温度を感じさせなかった。
情欲というより、それはまるで。
幼子に与えられる母親の。
「…………っ」
浮かんできた感情を強く瞼を閉じることで押し込め、テッドは自分から相手の舌を求めキスを深いものに変えた。
本能に身を任せてしまえば、何も考えずに済む。
アルドの言葉の意味も、自分が本当に求めているものも。
「……テッド君……」
「ほら……しようぜ。俺を抱けよ。…抱いて……全部忘れちまえ」
紫の瞳が反射し、その奥の感情を覆い隠す。
「…………忘れることなんて出来ないよ…」
「忘れたフリでいい」
腕を伸ばして、広い肩を抱き寄せる。
「それも難しいよ……」
耳元に落とされた囁きが、ぶるりとテッドの体を奮わせた。
「忘れるんだ。………約束だからな」
アルドが反論できないように、彼が口を開く前に再び口付けた。
双方の合意のない一方的な約束に、強制力はないけれど。
それでも今のテッドには、その脆い約束が必要だった。
「……ん……」
理性を捨てて、快楽に溺れる二頭の獣に成り下がる。


忘れてしまえ。
忘れてくれ。
こんな俺のことなど。
こんな弱い俺のことなど。



―――もう俺に、誰も殺させないでくれ。











あわあわアルテドばっかり更新でスミマセン…;
私ってば本当に影響受けやすくって!
素敵アルテド読んだ直後にこれ打ち始めてました……

このテッドは裏にいる黄昏テッドです。
裏のキャラを表に置くってどうなのとか思いつつ、大したことしてないからいっかーと100題にてお目見え。


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