宿星



気のせいだろうか。今日はなんだかやたらと同じ単語が耳につく。

「ふう、洗濯物の染み、やっと落ちたわ」
「今日も一杯ポッチを落としてって貰うからねーっ。ねえねえっ、リタポンやらないー?」
「大陸の方では今は紅葉の季節だね。群島諸国は常夏だから、木の葉が落ちる光景が見れなくて寂しいよ」
「あ、この本文字が一字抜け落ちてる」
「あそこの防具、職人が代替わりしてから質が落ちたね。先代の防具は素晴らしいものだったのに」
「人気投票、オーク様のランキングが落ちたそうよ!誰か組織票入れたんじゃないのっ」
「風が落ちたお陰で、今日はエンジンも動かさないと航海は厳しいな」
「問うに落ちず語るに落ちるだな…ふっ」
「どうも腑に落ちない」
「くっ、術策に落ちたか…っ」
「水に落ちた月というのもまた風流だぞ」
「憑き物が落ちたようにすっきりした顔をしていたよ」
「あいつが来ると下ネタばかりで、話が落ちる
「この前ラインホルトさんに『柔道』を習ったんだけど、あっさり落とされちゃったよ。目が覚めたら医務室でさー」

気のせいじゃない。普段口語で使わないような、文学的で不自然な言い回しがあちこちで飛び交っている。
落ちる?
何かこの言葉に意味でもあるというのか。
「おはよう、テッド君。どうしたの、難しそうな顔をして」
「………」
自室を出て15分もうろつけば大抵出会えてしまう相手を(それはアルドが常にテッドを探している事を示している)上目遣いに見あげる。
こいつはこの不思議な現象に気づいているのだろうか。
「……あのさ」
「あ、いたいたアルドにテッド!いつも二人一緒にいてくれるお陰で、探すの楽で助かるよ」
「おはようございます。オークさん」
サロンに響き渡った自分たちを呼ぶ声に、開きかけた口を閉じる。
声の主はにこやかな笑顔を浮かべて二人に近づいて来た。
腹黒の癖に人当たりの良さは抜群のこの艦長、何故かテッドに対しては本性を隠そうとはしない。
テッドの神経を逆撫でする言葉を端々にちりばめて、隙あらばテッドの怒りを煽ろうとする。先ほどの二人一緒に…が嫌味である事は言うまでもない。
「二人とも今日のパーティ参加よろしく。ニコ曰く午後から雨が落ちてくるそうだから、雨具の準備もしておいてくれ」
……まただ。
「判りました。日が落ちる前には戻れますか?夜はリタちゃんと約束があるので…」
「そんなに遠出しないから余裕だよ。あんまりカモにされないよう頑張れよ」
「はい…」
「テッドもオーケー?」
「…………ああ」
本当は船内の事ならオークに訊くのが一番早いのだろうが、この男に物を尋ねるのはどうも癪に障る。
まあ別に害がある訳でもなし、どうでもいいかと、テッドはこの事を頭から追い出した。
だが「落ちる」はその先もテッドの周りをちらついて離れなかった。

「今日のゴールドウルフは骨しか落としてくれないなあ。革が欲しいんだけど」
「村で聞いたんですが、この先のつり橋が落ちてるそうです。どうしますか?」
「ハンカチ落としたぞ、アルド」
「ありがとう。ケネス君」

………。
気になる。
たかが言葉。されど言葉。こう一日中聞かされ続けるとイライラする。
「テッド君、何かあったの?」
時間の経過とともにどんどん悪化していくテッドの機嫌に、アルドが不安そうに首を傾げる。
「ええと……僕何かしたかな…?」
「お前は関係ない」
それ以上声をかけるのを躊躇うような突き放した言い方だが、当然アルドは気にしない。
「そう?……もしかしてお腹が空いてるの?お腹が空くと機嫌が悪くなるって言うし…。おまんじゅう持ってるけど食べる?」
「腹が減ってる訳じゃ…」
「テッドが食べないなら俺が貰うよ」
アルドが差し出した饅頭は横から伸びてきた手に攫われ、あっと思う間もなくその胃袋へと姿を消した。
「オークっ!」
別に食べたかった訳ではないが、自分にと出されたものを人に奪われるのはむかつく。(自分勝手な原理である)
「俺にまんじゅうを見せたら駄目だって♪」
手についたまんじゅうの皮をぺろりと舐め、ほにゃ〜と幸せそうに笑うオークに目が丸くなる。オークのこんな無防備な顔は初めて見た。
「…オークはまんじゅうに目がないんだ。すまなかったな。先に言っておけばよかった」
融けきった悦顔に呆然とするテッドとアルドに、ケネスが気まずそうに頭を下げる。
「毎食まんじゅうだけでもいいくらいだ。俺はまんじゅうさえあれば生きて行ける!」
「それはやめろ…」
「あ、キラーフライです!」
「よっしゃ、羽を手に入れるぞーっ!!」
その後時間を置かずに次々と出現するモンスターからポッチとアイテムを奪いまくり、予報通り雨が振り出したのをきっかけに、一行は船へと帰還した。






謎は時計がその日の終わりを告げた時に明かされた。
「お疲れ様でしたーっ」
二階からばら撒かれた紙製の色とりどりの花が、サロンを埋め尽くす。
時計の鐘を合図に、店じまいした酒場が扉を開き、中央にセッティングされたテーブルに料理が次々と並べられて行く。
いつもは消灯時間を過ぎれば閉鎖されるはずのサロンに、操舵者以外全員集合なんて館内放送があったと思ったら、一体これは何なんだ!?
「今日は宴会日なんだよ」
「宴会日?」
渡されたグラスを反射的に受取り、オウム返しに聞き返す。
「そ。24時間決められたルールに従って過ごし、日にちが変わったところで宴会をする。船の上だとやれる事は限られてるから、退屈しちゃうんだよね。で、皆のストレス発散も兼ねて一月一回こういう事をしてるわけ」
オークは片手に持ちきれないほどのまんじゅうを抱え、話しながらもポイポイ口に放り込んでいる。ここのまんじゅうは確かに甘さ控えめではあるけれど……見ているだけで胸焼けする。
「ルールってまさか……「落ちる」か?」
「うん。今回は何通りの「落ちる」という単語を使えるかがテーマ。別に一番を決めるとか、罰ゲームがあるとかじゃないけど、単純なゲームでもみんなでやると結構ハマるんだよ」
「…お前ら、みんな暇人……」
「今回は国語の勉強にもなったみたいだよ。いつもより図書室の利用者が多かったってターニャが言ってた。何にせよ、楽しみがあることはいい事だろ。テッドは初めてだったから今回は説明しなかったけど、次の時は頑張れよ〜」
「…………次、ね」
判ってはいたけれど、改めてこの船の乗員の能天気さに脱力する。
戦争中に、船ぐるみで毎月こんなことしてるのか。乗員の8割を占めるオベル王国人の国民性なのかもしれないが、後から仲間になった戦闘員までもがノリノリで参加しているのは驚きだ。
オークが連れてくる宿星も、所詮似た者ばかりという事か。(自分も宿星であることを忘れているテッドである)
半ばヤケになってグラスを煽る。元々苦手なワインは、更に苦く感じられた。
「ところで、誰がテーマを決めたんだ?お前か?」
「いや。その人はこの船には乗ってないよ」
「……?じゃ一体誰が」
訝しげに眉を寄せるテッドに、オークがにこっと笑い。
「4テッド愛☆祭に来てくれている人たちが決めたのさ」










4テッド祭りのキリ番デーに投稿。お題は「おちる」でした。
他の投稿者さんが皆さん凄く捻ってあったので、更に捻ってみたら一回転してそう…。
日めくりに投稿した「謎のアルバイト」に引き続き、またもやこういうネタです。
主催者(共同管理者)の立場を利用した、とんでもないネタですね。
今回はギャグ用のセカンド4主です。


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