「それは止めましょう」
近づいて来た顔をやんわりと手で遮って、エイルはインディゴブルーの瞳を僅かに細めて相手を見上げた。
「どうした、突然」
閨でキスを拒まれても、リノは動じない。かといって強引に押し進める事はせず、腕の中の親子程も年の離れた子供の次の言葉を待つ。
「必要ないでしょう?あなたは僕を愛している訳じゃない。喪った奥方に良く似たこの顔に、一時の慰めを求めただけだ。僕はただの身代わり。リノ様が求めているのは、器であって心じゃない。勿論僕もあなたを愛していない。好意もない相手に、酒臭い息をかけられるのはごめんです」
確かにここに来る前、多少の酒を干しては来たが、酒臭いと評されるほど飲んではいない。大体この程度で酒を窘められるなら、以前宴会の後に押し倒した時のあれはどうなるのか。
「ついでに言うなら、服も必要以上に脱がさないで下さい。下半身だけで充分事は足りるでしょう」
事務的で淡々とした口調に、シャツを捲りあげ、すべらかな少年の肌を撫でていた手がぴたりと止まる。
「おいおい、色気の無い事言うなよ。こういうのは雰囲気も大事なんだぞ。本当にどうしたんだ急に。今まで何しても文句言った事なかったろうが」
「あなたが付けた痕のお陰で、少々厄介な事になりましたので」
彼にしては珍しい、ふてくれされたような、確かな感情を滲ませた声に軽く目を瞠る。
笑っていても目が笑っていない。名優が紡ぐ、感情のこもった、だがどこか虚実を感じさせる言葉の数々。それがエイルという少年の印象だったはずだ。
抱き寄せても抵抗はなかった。よほど慣れているのかと思いきや、全くの初めてだったと事後に聞かされた時には驚いた。
男を抱いた事はありますよ、と反論じみた言葉をさらりと口にした少年に、更に絶句した。
愛しさから組みしいた訳ではない。酒に酔った勢い。愛しい人に良く似た、光に透けるうす茶の髪と深い青の瞳。もう二度と取り戻せない面影をエイルの中に見て、気がついたら腕の中に捕らえていた。
翌朝素面に戻った頭で、言葉少なに謝罪した自分を、エイルは何でもなかったかのように受け入れた。
――構いませんよ、それでリノ様の心が休まるなら。僕の躰でよければお好きにどうぞ。
――………エイル…
激しい後悔の念に囚われても、もう遅かった。
エイルに感じていた、漠然とした違和感。それがはっきりと形になる。
足りない、と思った。
人として、人間として、決定的な何かがエイルからは抜け落ちている。
それが何かまでは判らなかったが―今のエイルにはその不具合を感じない。
「……好きな奴でもできたか?」
微笑んで、くしゃりと髪を撫でてやる。みっともないフラレ男に格下げされた筈が、何だか父親みたいな気持ちになってしまったのはどうしてだろう。
「そんなとこです」
否定が返って来るのでは、という予想は裏切られた。エイルにここまで言わせた人物に興味があったが、敢えて誰かは訊ねはしなかった。
「だったらもう止めにするか。お前の想い人に申し訳ないからな」
「いえ、構いません。ただ躰に痕を残さないでもらえれば」
約束ですから、と呟いた真意をどう取ればいいのやら。
苦笑しつつも、だがもう暫くは、エイルの言葉に甘える事にした。








リノ主は人の影響で好きになりました。


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