※攻撃的なスノウです。優しいスノウがお好きな方はご注意ください。


剣と盾



僕の剣になりたい、と彼は言った。
盾ではなく剣を選ぶ辺り、君らしいねと僕は返した。
僕は剣によって守られることなんて望んでいなかった。
僕自身が誰かを守るべき存在でありたかった。
望んだのは盾。僕が憂い無く剣を振るえるように、剣や弓の雨から守る盾が欲しかった。


要所要所に込めた僕の皮肉は、その殆どが恐らく彼に正しく届くことはなかっただろう。
いっそ清清しい程に、僕と彼の価値観は違っていた。
僕が相手を慮って控えた行動を、彼は躊躇わずに実行に移す。察して欲しいと濁した言葉を、全く違う風に解釈する。
何よりも腹立たしいのは、そんな彼を擁護する声が高いことだ。
彼の周りには自然人が集まる。僕の周りには、僕自身ではなく「領主の息子」目当ての人間しかいない。スノウ坊ちゃんと呼ばれる度に、僕個人を否定される気がしていた。
違う、僕はスノウだ。父は関係ない!!
それでも「領主の息子」としての自負が、僕自身に愛想笑いを浮かべることを強いた。
「ありがとうございます。正騎士となった暁には、ラズリルは必ず僕たちが守りますから」
上がる歓声。僕を囲む人々から少し離れた所で、彼が我が事のように誇らしそうな笑みを浮かべて、僕をみつめていた。
無邪気な笑顔。心の底から僕を賛美する顔。
――違う、そんな顔はいらない。
どいつもこいつも人形と同じだ。ラズリルの民も、父上も使用人も騎士団の連中も、そして彼も!
どうして誰一人、僕自身を見ようとしない!
どうして気づかない。僕の目が笑っていないことに、今にも振り上げそうな拳を必死に抑えている事に!
どうして気づいてくれないんだ!小さな頃からずっと一緒の彼まで!!
騎士団の連中が、影で僕のことをこそこそ言っているのを知っている。
だけど僕はそんな陰口に屈服する気はなかった。知っているからこそ、誇り高くある事を決意した。
それで孤立しようとも構わなかった。僕には彼がいたから。
陰口を言うような奴を友とは呼べない。
彼は決して他人を貶めるようなことは言わない。彼の無邪気な無神経さに苛立つことは多かったけれど、彼のことは信頼していた。
彼は何があっても僕を裏切らない。
それだけは確信があった。


騎士団の中でも僕の世話をする人間が必要だという事になり、僕から半年遅れて彼の入団が決まった。
それを話した時の、彼の輝くような笑顔と続いた言葉が忘れられない。
世話になった――
第一声がそれか。騎士団に入ることより何より、この屋敷を出られることが嬉しいのか。
確かに屋敷は彼にとって居心地のいい場所ではなかっただろう。
けれど僕は寮には入らず屋敷から通っている。入団すれば日中一緒に過ごす時間は増えても、今みたいに、夜二人だけで話する時間は無くなる。
「この家を出ると言っても、君が僕の小間使いである事は変わらないし、卒業したらまたこの家に戻ってくるんだよ」
真っ先に屋敷を出る喜びを表現した彼に、僕は精一杯苛立ちを隠して告げた。
だが返ってきた言葉は僕の望むものではなく。
今の君は君が望む姿ではないんだねの皮肉にも、彼が気づくことは無く。
使用人だから屋敷に尽くす義務があるとの引止めに、いつまでも迷惑はかけられないと戻らない事を仄めかされた。
そんなに屋敷を出たかったのか。
僕と二人で過ごすこの時間を、僕と同じように大切に思ってくれていた訳じゃないのか。
騎士団に入ったら上を目指し、必ず僕の隣に立って見せるという彼の宣言は、夢物語ではないだろう。
彼の才能は誰よりも僕が知っている。彼ならば、僕が必死でしがみついている首位の座まで、あっさり上ってくるだろう。
そして首位の一歩手前で足を止めるのだ。楽々と僕を追い抜くことができるのに、敢えて。
彼の騎士団入団を、喜べない理由はこれだった。
集団の中に入ればきっと、彼は鮮やかに人々を惹きつける。
天性の才能。僕には無いもの。僕が喉から手が出るほど望み、彼がこれっぽっちも顧みようとしない、神から与えられたギフト。
――だけど、小間使いである彼には必要ないものなんだ。
彼が僕の隣に立つ事を望むなら、その才能は殺すべきなんだ。
壊さなければ。
彼が騎士団に入る前に、希望に輝くその瞳から光を奪わなければ。
僕以外、何も見えなくしなければ。


僕は、彼の心と躯をずたずたに引き裂いた。


愛してるの囁きと丁寧な愛撫で、これは決して強姦ではないのだと彼に言い聞かせ。
その一方で、彼女とする前の練習台なんだという嘘で心を砕く。
愛しているのは君じゃないよ。
君はただの身代わり、僕には君以上に大切な人がいる。
居もしない架空の彼女に、嫉妬するがいい。
僕は君がどれだけ僕を想っているか知っている。
だからこんな手段を取った。一番君を傷つけられる方法を。
なんて醜いプライド。
自覚はあるさ。他人に言われるまでもない。
ただこの時は、そうせずにはいられなかった。
それだけ。

情事の後、空ろな瞳で静かに涙を流す彼の口から、スノウの元へ帰らなきゃの呟きが漏れた時、背中に冷水を浴びせられたような気分だった。
「……そうやって目の前の現実から目を逸らすんだね。見たくない物に蓋をして、自分の心の中に逃げ込んで……ずるいよ。いつだって君は…」
濡れた声を押し殺して、抱き寄せた頭にそっと顔を埋めた。
この醜い姿も僕なのに。
君は僕の綺麗な部分しか受け入れてくれない。君の描く、理想のスノウ・フィンガーフートしか。
罵って怒りをぶつけて、僕を憎んでくれればいいのに。
尊敬と憧れを称えた瞳で見上げられる苦痛、君には判らないだろうね。
自分がどんなに矮小な人間かは、誰よりも僕が知っている。
それを隠して必死に優等生を演じる苦しさを、誰かに吐き出したくて堪らないんだ。
……君に、聞いて欲しいんだよ。
なのにその君が、誰よりも僕の崇拝者と来ている。
優秀な君に傅かれる苦しさも、知らないだろう?
欲しいのは賛美じゃない。抱きしめてくれる腕。
僕自身を見てくれる君なんだ…!
「僕は……ここにいるんだよ…?」
意識を失った彼を抱きしめ、小さく呟いた。
こうして腕の中に捕らえていても、君はひどく遠い。





****




一回、二回、三回。
邂逅を重ねる度に苛立ちが募った。
三回目、初めて告げられた「仲間になってくれるか」の問いに頷いたのは、命が惜しかったからじゃない。
あの苛立ちを残したまま、死ぬことができなかっただけだ。


深夜、彼の部屋の扉を叩いた。
声をかける前に、入室の許可が返ってきた。もう彼には僕だと判っていたらしい。
昔からそうだった。彼の部屋を訪れると、ノックする前に戸が開いた。
どうして判るのと尋ねたら、「スノウの足音がしたから」と幼い彼は笑った。
彼がまだ僕の足音を覚えていてくれていた事に背を押され、僕は平静を装って室内に入った。
過去を忘れたかのような態度で話し掛ける僕に、彼は困惑の色を隠せない。
返されるぎこちない労わりを遮って頬に触れると、あからさまに体が強張った。お茶を淹れるを言い訳に距離を取ろうとした彼の手を、逃げられないよう掴んだ。
彼の目が驚愕に見開かれる。何故、と問う瞳に、僕はゆっくりと彼を絡めとるための言葉を紡いでいく。
「ただ君に会いたくなったんだ」
「僕が君に会いに来たらおかしいかい?そんなに脅えないで欲しいな」
「戦闘にはいつも連れてってくれるのに、僕と二人でいるのは落ち着かないかい?」
「そんな顔をする位なら、どうしてリーダーなんて引き受けたんだい?……僕が怖い?」
「そうだね…それで辛いなんて言ったら、自己犠牲に陶酔しているだけだものね…。怖くないんだったら、どうして震えているの?」
ゆっくりと彼が崩落して行くのが手に取るように判る。僕の言葉に揺すぶられ、自分が判らなくなってきている。
他人も自分も煙に巻くのが得意の彼の、本心を引きずり出して彼自身に見せつけてやる。
彼の現実を悉く否定し続け、やがてとうとうその砦が崩れ始めた。両肩を抱きしめ、拒否の叫びを上げる彼を、自身を見つめる行為へと誘導する。
彼の言葉は矛盾だらけだ。言っている事と行動が一致しない。
そしてそれに彼自身も気づいていない。だから壊れていく。壊れまいと自分なりの理由を生む。歪んだ思い込みは真実を否定し、ますます彼を追い詰める。
「僕には、僕にだけは君の姿が見えている。今にも壊れそうな、ひびの入ったガラスの人形だ。君を粉々に砕いてあげる。そしてその砕けた欠片から、本当の君を作り直してあげるよ。その為に…僕は君の申し出を受け入れた」
ちゅく…と濡れた音を耳に注ぎ込む。弾かれたように彼の肩が痙攣した。
「最後に君に拾われた時、漂流でボロボロになっていた僕以上に、君の目の方が壊れかけていた。――どうして誰も何も言わないんだ。どうして皆、こんな君を放っておくんだ。お陰で、僕は捨てようと思っていた自分の命を、拾う羽目になった。君の所為だよ。君が僕を、プライドを捨ててまで生きる道を選ばせた――」
顎を掴み、強く唇を押し付ける。
混乱で声も無く硬直している彼を、ベッドへと押し倒した。穏やかに微笑んで、子供に語りかけるように優しく問う。
「……僕が判る?今君に触れているのは誰――?」
「……」
くしゃりと顔を歪め、彼が縋り付いてきた。
「───スノウ……スノ、ウ……」
「……やっと君から触れてくれたね。いつからだろう。君が僕から一歩引くようになったのは。……もしかしたら、君の入団が決まったあの夜からかもしれない。君は覚えていないんだろうけど。あの日だけじゃない。君は何度も、僕と過ごした夜を忘れた…忘却の彼方へと追いやった。そんなに……僕が怖かった…?」
表情を覗かれないよう頬同士を摺り寄せて、震える背中を抱きしめる。
あれはスノウじゃなかった、自分を身代わりにしたと叫ぶように繰り返す彼を、根気良く真実へと導いていく。
やがてようやく僕の気持ちに気づいたらしい彼が、赤くなった顔を誤魔化すように擦り寄って来た。
迷いながら彼が口にした、自分と同じだった?を笑顔で否定して。
「同じじゃないよ。君のような優しい感情じゃない。僕は君を手に入れたかった…誰にも見せず、誰にも触れさせず、僕だけのものにしたかった…。ごめんね。素直に君を抱きたいと言えなかった、弱い僕で」
傷ついて睨みかけた瞳が、見る間に驚愕に変わる。
この顔が見たかったんだ。
僕の言葉に一喜一憂する君。悪趣味なのはわかっているけれど、たった一言で君にあんな顔をさせられるのは、きっと僕だけ。
ねえ、僕は今でも君の特別だよね?
一度自分を裏切った相手は決して許さない君が、僕を殺さなかったのも。
こうして再び、近づく機会を与えてくれたのも。
本心では、君も僕と同じ気持ちでいてくれたと思っていいんだよね。
騙されたと怒り狂う彼を宥めて、ついでにでっち上げた彼女の存在も否定して、その相手の事を知ったら、自分が何をするか判らなかったしという嬉しい言葉も貰って、僕たちはようやく張っていた肩を落とした。
先ほどまでと室内の空気が違う。穏やかで暖かい。
僕がずっと大切にしていた、彼と二人きりの時間の空気だ。
「愛しているよ。もう二度と、君から離れない。――離さない」
たったこれだけの言葉を言うのに、こんなに遠回りしてしまった。
「……あいしてる……愛してる、スノウ」
頬を染め、この上なく甘い言葉を囁きながら僕の胸に顔を埋める彼を抱きしめた。


僕の剣になりたい、と彼は言った。
だったら僕は、彼の盾になろう。
誰かを守る存在になりたかったのなら、僕はむしろ最初から盾を選ぶべきだった。
彼が憂い無く剣を振るえるように、紋章の脅威に押しつぶされないように。
彼を包む唯一の鎧となろう。







こんなスノウですが、ちゃんとゲームストーリー通りやってるんですよ。
こんな解釈もあったという意味で、衝撃の問題作と煽りをつけてもいいですか?(笑)




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