模擬戦




ガっ

顔の横ギリギリに打ち込まれた手が、頬を掠める。
と同時に目の前の相手の体が消え――直後足にくる衝撃。
バランスを崩して地面に激突しそうになるのを、もう片方の足を踏みしめぐっと堪える。
再び伸びてきた拳を、今度は掌で受け止めた。

ガシっ

スピードはシオンの方が速い。
身の軽さも柔らかさも、こちらが有利だ。力は同じ位。体格差も殆どない。
負ける要因はない。筈だ。

ズンっ

「っ……ぐ……っ」
鈍い音がして、腹に掌底が打ち込まれた。一瞬息が詰まる。内臓を押しあげる衝撃波。胃が空っぽでなければ逆流する所だった。
「悪いっ。思いっきり入っちまった。大丈夫か?」
「………まだ勝負はついてないよっ!」
飛び退って一時体勢を整え、ひゅうひゅうと短い呼吸で痛みを紛らわす。ダメージは足に来る程ではない。まだ大丈夫。
片手で腹部を押さえて相手を睨み据える。次はどこを攻撃すればいい?
頭……は駄目だ。動きを読まれている。手が届く前に、またボディに攻撃が来る。
上体をもう少し上げさせることが出来れば……腰を低く落とした体勢が、腹をがっちりガードしている。
中々攻撃が決まらないのに苛立ち、やるまいと思っていた顔への蹴りすらもあっさり防がれた。
どこを攻撃しても、あの腕にガードされてしまう。
カイのような隙がない動きというわけではないのに、テッドの守りはやたら強固で、非常に攻撃しにくかった。
「気持ち悪くなったら、我慢せずに言えよ。グレミオさんが心配するからさ」
「大丈夫だよっ、それより余所見なんて余裕だねっ!」
「……はいはい」
やれやれとテッドが肩を竦め。
両手を前に出して構える。再び辺りに漂う緊張感。
「行くよっ!テッド!」
ダッと強く踏み込んだ足元で、砂埃が巻き上がる。




それは一刻ほど前のこと。
「テッド、一度僕と本気の手合わせしようよ」
「えー、無理だって。お前は棍、俺は弓。射程距離が違いすぎて、話にならない」
何かと理由をつけて渋るテッドを、必死に説き伏せる。
「判ってるよ。だから武器は使わない。体術なら武器の特性は関係ないだろ」
「体術ねぇ…お前は習ったことあるのか?」
「一応一通りは習ったよ。ねえお願い」
しつこいシオンのおねだりに、とうとうテッドが折れた。
「……俺のは完全に我流だぜ。下手な稽古で型崩しても知らないぞ」
「ありがとうっ!僕一度テッドと戦ってみたかったんだ」
「はあ、何で?」


(これが見たかったからだよ)
繰り出される攻撃をかわしながら、視線はテッドの目から逸らさない。
彼の弓が弾く矢のような、鋭い眼光。向けられる気迫に肌がぴりぴりする。
真剣な表情、獲物を狙う狩人の目、倒すべき敵としてのテッド。
肩を並べてモンスターと対峙している時は、決して見る事のできないテッドの顔。
(こんな顔して戦ってるのか)
いつもシオンの心を温かく和ませる優しい笑顔は、そこにはない。



「まいった!くそー、あとちょっとだったんだけどなーっ」
地面に大の字に横たわるテッドが両手をあげ、勝負は終了となった。
結果はシオンの勝利だった。懐に飛び込んできた腕を掴み、その勢いごと体を回転させ地面に叩きつける。
基本として格闘技一般を仕込まれたシオンと、逃げる事を前提とした技中心のテッドでは、最後の決め技があるかないかで差がついた。テッドは避けることや相手に不意打ちを食らわすことは出来ても、倒すことができない。
「やっぱ我流じゃ勝てないか…サンキュ」
半身を起こしたテッドに手を差し伸べ、引き起こす。
「でもすごく強かったよ。カイ師匠とやるより戦いにくかった」
「俺の戦い方は滅茶苦茶だからな」
服の埃をはたいて、テッドは体のあちこちを点検した。すり傷以外には、大きな怪我はないようだ。
「大丈夫?」
「ああ、全然平気。ちゃんと受身も取ったしな」
「良かった」
「でも」
ほっとしたシオンの鼻先に、ピッと指が突きつけられ。
「軍の模擬試合と違って、実際の戦闘の時は体術だけで最後まで戦うなんてことは殆どないからな。武器を使ったり、隙を見て逃げたり色々だ。形式にのっとった体術が通用するのは、国の中だけだって事は覚えてろよ」
「判ってるよ、そんなの」
公式試合であれば反則になるような技を、テッドがシオンに合わせて使わないでいてくれたことも。
テッドが今まで戦ってきた場所は、整備され守られた試合場じゃない。本当の戦場だ。
その持てる技を全て使えば、未だ命のやりとりをした事のないシオンが、テッドに勝てる筈がない事も、よく判っている。
「そっか」
にかっと笑って、テッドがシオンの髪を撫でた。大人が子供を褒める時にする仕草だ。
「子供扱いするなってばっ」
「はいはい」
パッと反射的に手を離したその顔に浮かんでいるのは、いつもの笑顔。
「さて、そろそろ午後のお茶の時間だな。行くか」
「うん」
屋敷に向かって並んで歩き出しながら、ちらりとテッドの顔を窺う。
初めて見た戦うテッドの目。真剣な表情。
もう少し見ていたかったな、と思う。
「テッド」
「うん?」
「またやろうね」
だから次の機会を用意しておく。
「ああ。今度は俺も負けないぜ」
「僕だって負けないよっ」


暑い、夏の日の午後の出来事。






*夏休み企画*

坊とテッドでこのお題のリクエストということで、……戦闘シーンしかない話ですね…。
心理描写は控えめに、淡々とした文章で進めてみました。
起承転結のない話だなあ(苦笑)



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