仮面



世間知らずで人を疑う事を知らない、天然記念物的なお人よし。
いつも穏やかな笑みを浮かべている、素直で正直で純朴な優しい弓使い。
それがこの船の乗っている奴らの、コイツに対する一般的な認識だと思う。
決して集団に溶け込もうとしない俺を気にかけ、どんなに横暴な態度を取られても変わらぬ態度で接して来る博愛主義の塊。
その仮面に、回りの奴らも俺もすっかり騙されていた。
「離しやがれ、てめぇ……っ!!」
力では敵わない。軽々と片手で一くくりに掴まれた両手が、キリキリと悲鳴を上げる。蹴り上げようとした膝は、あっさりと長くて持て余し気味の足に封じ込められた。四肢の自由を奪われた俺と、利き手を残したコイツ。どちらが有利かは一目瞭然だ。
頭上から照らす明かりの下、逆光の影の中でコイツの口元が微かに持ち上がる。それはひどく意地の悪い笑みで――コイツがこんな顔をするのがなんとも不似合いで、違和感が拭い去れない。
温かな優しい微笑か、差し出された手を振り払った時の悲しそうな顔しか見たことが無かったから。
「離せっつってんだろっ!何する気だっ」
とにかく今の状況から逃げ出そうと、押さえ込まれている手足に力を込める。だが悲しいかな、10
歳の年齢差がもたらす肉体の完成度と、直接攻撃よりも魔法攻撃を得意としている俺と、日夜重い鉄の弓を引き続けているコイツの腕力とでは、比較対照にならない。
そこに重力の助けが加わり、どんなに足掻いても俺の体はベッドから一ミリも浮かぶ事はなかった。
自由を奪われていることよりも、俺の必死の抵抗が全く無に返されている事が悔しい。まるで捕まえたネズミをいたぶる猫のように、口元に緩やかな微笑を浮かべて見下ろすコイツ。
アルド。
黒に近いブラウンダスクの髪が、くつろげられた俺の首筋を擽った。
「判ってるくせに」
笑いを含んだ声。感情はどうしてこんなに声や目に顕著に表れるのだろう。
楽しまれている。反応を。馬鹿に、されている。
「……!……っ」
瞬間頭が沸騰し、口の中に溜めた唾をアルドの顔目掛けて吐き出した。今、唯一動かせるのは顔しかない。
アルドは特に怒りを見せる事もなくゆっくりとした動作で、右手の甲で頬を拭った。
――ムカつく。
互いの体で封じていても、アルドにはまだ右手が残っている。
「それで終わり?」
「――っ!…」
「なら今度は僕の番。抵抗はしてもいいよ。……できるものならね」
「っ…何を!」
くすりと笑って、篭手を外した長い指が俺の上着のファスナーを下ろし、間髪入れずにシャツの中に忍び込んできた。肌に直に触れられる感触に、ぞわりと二の腕に鳥肌が立ったのが判る。
「お前そういう趣味か!最初からその目的で俺に近づいたのかっ!」
「そうだったら良かったのにね…僕も、テッド君も」
「どういう意味だ?」
苦笑交じりの独り言めいた呟き。コイツはともかく、どうして俺が?
「いいんだ。僕の行動の意味よりも、行動自体に意味があるのだから」
唇が塞がれ、突然の事に閉じる暇のなかった唇の隙間から、ざらついた舌が潜り込んで来る。
「……んっ…ん、んっ…!」
押し出そうとする俺の舌の動きと、絡め取ろうとするアルドの動き。狭い口腔内の攻防は勝敗がつかないまま、やがて官能へと姿を変えていく。
飲み込めず、溢れた唾液が頬を伝う。アルドのキスは意外にも巧みで、時間の経過と共に頭の奥がじんっと痺れてくる。
長いキスの後、互いの唇を結ぶ透明な糸を拭おうともせず、アルドがふふっとからかうような笑みを上らせた。
「舌、噛まれるかと思ってたのに」
「――っ!」
カッと頬に血が上る。そしてその方法を思いつかなかった自分に怒りを覚える。
押さえ込まれて男にキスされて、服の下の大きな手は傍若無人に肌を弄っている。こんな奴の舌なんか、噛み千切ってやれば良かった。
「……さっさと離せ。今なら無かった事にしてやる」
唇を噛み締め、精一杯の低い声で言い放つ。慌てふためく様をアルドに見せてやるのは癪だった。
「こんな事した僕を許してくれるんだ?優しいね、テッド君は。だけど無かった事にはできないんだ。残念ながら」
言い様今まで腹や鎖骨の辺りなど、比較的触られても感じない辺りを彷徨っていた手が、いきなり胸の飾りに触れた。情けない事に久しぶりの官能的なキスで、俺の乳首は硬く立ち上がっていた。
「……っ………」
吐き出す息が甘さを含んでしまいそうで、必死に息を飲む。
俺の躰の変化には気づいている筈なのに、アルドは何も言わず突起を指先でくりくりと転がしている。
――ヤバイ。
気持ちいい。たかが胸に触れられているだけなのに。下半身に熱が集まるのが判る。
ずっとご無沙汰だった所為か、キスで感じやすくなっている所為か。それとも一方的にされているというこの状況に、変に興奮しているのか。
「許す訳…ねぇだろ!どけっ!ソウルイーターの餌食にしてやる!」
駄目だ、一刻も早くこいつを引き剥がさなくては。なのに頭にかかる霞はどんどん濃くなって――叫ぶ事でそれを追い払う。
「いいよ。僕の魂を喰らうといい。やれるものなら…ね」
嫌味なのか本気でそう思っているのか、(コイツに嫌味が言えるとは思わなかったが。……訂正。普段の顔はコイツの全てじゃない。薄笑いを浮かべながら平気で男を組み敷ける顔も持っている男だ)アルドは済ました顔で弄る手を早める。
「……お望みならやってやるさ…っ!」
紋章が熱を帯びた。ソウルイーターの原始の欲望は制御できないが、魂の一部を刈り取るのは俺の意思でもできる。
だが紋章の牙がアルドの魂に打ち立てられる前に。
「……うぁっ…」
下半身に与えられた強い刺激に、「死の指先」は放たれることなく霧散した。
いつの間にかズボンの中に潜り込んだ手が、下着の上からそれを握りこんでいる。
「駄目だよ、テッド君。僕の魂を奪う気なら、本気でやらなきゃ」
耳元に哀れむような囁きが落とされ。
「嫌だ……離せ…っ!」
弱い部分に人の手の温もりを感じて、必死に首を振る。
弦を引く者の硬い手のひらで、固く立ち上がったモノを更に追い上げられる。蹴り上げようにも足に力が入らない。他人から与えられる刺激に腰が砕けている。
「離せよ…!嫌だって言ってんだろっ!………ぁ……ンっ…」
愉悦を含んだ声を上げてしまい、悔しさに歯を食いしばる。
いつの間にか腕の戒めは解けていた。自由になった両手でアルドを殴るではなく、唇を覆う。
「……お前!……何やって!……ああっ…」
下半身を咥え込まれ、強烈な快楽に思考が弾け飛んだ。アルドの舌が絡みつく。嘗められ、強く吸われ…手では上がる嬌声を抑えきれない。
「嫌だ……アルド……っ」
「気持ちいい?イきたくなったらイっていいよ。……全部飲んであげるから」
「アルド……!!!」
慣れた風の口調に、驚愕に目を見開く。目の前で耳にしながらも、アルドの口から出た言葉だとは信じられなかった。優しくて純朴で、年齢よりも幼い印象があったアルド。当然性経験なんてある訳ないと思っていたのに。
「我慢も要らない。全部出して。一滴残らず、受け止めてあげる」
「………やめろ…っ!!」
先端を強く吸われ、思わず左手に宿る紋章の力を解放する。水の刃が空を走り、滲んだ血がツ…っとアルドの頬に道を作る。
「……ン…っ……」
突然凄い力で顎を掴まれ仰向かされ、口付けられた。アルドの頬を伝って来た血が口の中に広がる。
アルドの血。
血は飲むと嘔吐感をもよおすが、アルドの血は何故か甘く感じられた。濃厚な血の匂いに再び霞んだ思考は、与えられた快楽も手伝って流されるままとなる。
アルドの命の味を味わいながら、その手の中でイった。



ベッドの縁に腰掛けたアルドの手が、汗の滲んだ俺の髪を梳いている。
こちらは裸の下半身に、腰の部分だけタオルケットがかけられている状態だ。上半身は脱がされてこそいないものの、上着の前は全開、中のシャツは半ば捲られている。着衣の乱れを直す気力も無かった。
「……お前、男色趣味か?」
一定のリズムで髪を往復する手を振り払うのも億劫で、ぼんやりと天井を眺めながら先ほどははぐらかされた質問をもう一度口にする。
「違うよ」
返ってきた声は、先ほどまでとは違う、いつものアルドだった。
「男の人を見てもそういう気分にはならないし、こういう事をしたいとも思わない」
「じゃ何で俺にこんなことしやがった。……嫌がらせか?だったら随分ご苦労なこった」
道理で最後までやらない訳だ。ノーマルが男のアレを口に含むってだけでも充分凄いが。
アルドがこういう嫌がらせの手段に走ったのは、かなり、いや凄く意外だった。それだけ俺の態度に怒りを覚えていたって事なんだろう。
なのに今の状況はなんなんだ。髪を梳く手は優しく労わりに溢れていて、あんな暴挙に出るほど腹に据えかねていた奴の態度とは思えない。
「気持ち悪いから入れなかったって訳じゃないよ」
まるで俺の心を読んだかのような返答に、目線だけアルドに向ける。
アルドは手を止め、柔らかく微笑んだ。
「テッド君が許してくれるなら………今すぐにでも入れたい」
「…………やっぱりお前そういう趣味が…」
「違うよ、テッド君だから、だよ」
「……何で」
「理由は、テッド君が一番良く知っているよね」
にっこりと微笑んで、アルドの手が俺の左胸、心臓の上に添えられる。
「僕はテッド君が好きだよ」
だから恐れないで。
望む事を、失う事を、奪う事を。――アルドが囁く。
「テッド君が望めば、僕はどんな事をしてでも叶える。その為なら、何だってするよ」
「俺が望めば…?」
「うん」
望むならではなく望めば、どんな事でもではなくどんな事をしてでも。言葉にすれば小さな違いだが、その意味は全然違う。
アルドは俺の望みに気づいていて、俺がそれを口にするのを待っている?
俺が望んでいるものって何だ?
アルドは静かに俺を見つめている。頬の傷は、血は止まっていたがやはり痛々しかった。俺が付けた傷。ソウルイーターではなく、水の紋章で付けた傷。
どうして、俺は。
「テッド君?」
身を起こして、アルドの首に腕を回して引き寄せる。どうして、なんて。答えは判りきっているじゃないか。
俺は使いたくなかったんだ。
ソウルイーターを、コイツに。
頬から耳に向かって一直線に伸びる傷に舌を這わせる。
再び口に広がるアルドの血の味。
この味を、ソウルイーターに教えたくなかった。
教えてしまえば、きっと俺以上に紋章は望んでしまうから。
そのまま僅かに唇をずらし、俺の名を呼ぶ唇を塞ぐ。アルドの口内は拒むことなく、その言葉の通り俺の舌を受け入れた。


男なんて趣味じゃない。
それは俺もコイツも同じ。
だけどこの温もりは欲しいんだ。


気づいてしまったら、もう無視できない。
俺とそっくり同じ動きで、背中に力強い腕が回される。こんな時、つくづく体格差を思い知らされる。俺の体はすっぽり腕に包まれてしまうのに、俺の手は組むこともできないなんて。
「今度は……手加減しろよな」
背中にシーツの冷たさを感じながら、アルドを見上げる。ぶっきらぼうな口調が照れ隠しである事は、アルドにも気づかれているだろう。
「それがテッド君の望みなら。だけど…違うでしょ、本当は」
くすりと意味深に微笑まれて、俺は忌々しげにぺしんと広い背中をひっぱたく。
アルドが「痛いよ」と楽しそうに笑った。










アルドがテッドを強姦するイメージが湧いたのでとりあえず書き出してみたのですが、やっぱり最後はあまあまなオチなのねーん(笑)
テ坊テッドのとこのアルドはお花咲きません。強気で強か。完全なる攻めです。
この二人の関係は「共犯者」ですね。テ坊テッドはアルドに対しておたおたしないので、4主のオモチャにはなりません。よってメインテッドほど4主と仲よくはないです。
このままテ坊ネタに絡ませたいのだけど…やっぱテ坊でアルテド出しちゃ駄目ですかね。メインテッドはアルドとは清い関係だから良いけれど、こっちはしっかりやってるしなー。でもやっぱ出したいな。坊にヤキモチ妬かせるの好きなんだもーん(笑)

この話、テッドが心の奥底でアルドに触れたがっていたのを、少々強引な手段で気づかせた…って伝わりましたでしょうか。ちょっと暗喩しすぎてるかな;



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