希望




「戦いの最中に宿星が欠けられると困るんだけどなぁ」
口調は軽く、だが声に乗せられた感情は決して軽いものではなく。
背後から聞こえて来た声に、テッドはぎくりと身を強張らせた。
「……エイル」
インディゴブルーの瞳が、明かりの届かない階段の濃い影の中できらりと光った。



時刻は既に深夜の域に差し掛かっている。廊下での立ち話も何だし、僕の部屋においでよ。あそこなら誰も来ないからと身を翻したエイルに、テッドは黙って付いていくしかなかった。
「とりあえず座れば?立ってられると鬱陶しい」
室内に入るとすぐに、エイルは上着を脱いでベッドに腰を下ろした。入り口で立ち尽くしていたテッドも、やや躊躇いがちに側にあった椅子に腰掛けた。
室内に重い沈黙が下りる。
いつかは糾弾されるだろうと思っていた。エイルには右手の紋章の特性は話してある。だからこその、途中乗船者にあるまじき特別待遇だ。
顔を上げなくても感じるエイルの鋭い視線。膝の上で作った拳がじっとりと汗ばむ。
「僕の言いたい事は判るよね」
「……ああ」
「いい訳は聞くよ。行動と言葉が正反対の人間の、そこに至るまでの思考にも興味あるしね」
「………いい訳は…しない」
搾り出すような低い声に、エイルがハッと笑った。
「潔いね。だったら僕は見たままをそれと受け取っていいのかな?さっき、僕は第4甲板の階段の途中で、君とアルドがキスをしているのを見た。最初はアルドが無理矢理したのかなと思ったけど、君が抵抗しているそぶりは無かったし、むしろ君の方から求めているように見えた。あれは何?皆の前では散々自分に近づくなとか、協力攻撃の度にあんなパフォーマンスをしておいて、裏ではすっかり仲良しかい?君らの関係、結構心配してる奴が多いって事知ってる?フレア王女なんてどうやったらあの二人を仲良くさせられるんだろうって、真剣に悩んでたよ。それが仲が良い所かデキてたとはね」
「………」
「アルドとは寝てるの?」
「………」
きゅっと唇をかみ締め、小さく頷く。
エイルには嘘が吐けなかった。この瞳に見据えられると、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「きっかけは君…だよね。アルドにそんな甲斐性がある訳ないし。君が誘ってアルドが応えた、そんなところかな」
「ああ…」
「何で?」
すっと室内の温度が下がった気がした。エイルの声音は先ほどと変わらないのに、肌に感じる空気が冷たい。
「君がアルドのことをどう思っていようが興味はないけど、アルドの魂が君の右手のソイツに喰われちゃったら困るんだ。少なくともこの戦いが終わるまではね」
「喰わせはしない」
ぎゅっと左手で、右手を強く押える。
「何があってもあいつの魂だけは…」
「ストップ。君の希望を聞きたい訳じゃない。宿主の思いなどお構いなしに、紋章は身近な人物の魂を喰らう。それが宿主の大切な人間であれ、憎むべき存在であれ――この船に乗り込むとき、そう言わなかったっけ?君は」
「……」
「だからこそ、こっちも一人部屋を与えたり、できるだけ戦闘に借り出して船にいなくて済む様にと色々気を使ってるんだよ。君自身も皆に近づかないようにしてたよね。それがどうしてこんな事になっちゃったのかな」
エイルの視線が痛い。唇をかみ締める歯に力が篭る。
「アルドの優しさに甘えたくなった?そうだよねえ。どんなに邪険にされても、忠実な犬みたいにテッド君テッド君って後を付いて回って…アルドはよっぽど君の事が好きなんだね。アルドだったら紋章に喰われても文句言わないだろうね。いやむしろ喜ぶかな。魂を喰らわれる程、テッドに想われたって。そんな彼なら手に入れてもいいと思った?」
「違う!俺は……っ…」
「俺は、何だい?」
反射的に顔を上げて、凍りついた。エイルの鋭い瞳に心臓が跳ね上がる。
「誰よりも君が知っているはずだろう?近づけば相手の魂を喰らう。判っててアルドを誘ったんだろう?そこまでして欲しかった?アルドに愛されたかった?誰かに抱きしめてもらいたかった?」
「……ちが…」
「違わないよ。君がしたのはそういう事だ。……君は自分のエゴで、アルドを殺そうとしている。彼を想うことで、彼を永遠に手に入れようとしている」
「ちがう…………」
「違わないんだ」
はっきりと断罪するように言い切って。
エイルがベッドから立ち上がる。瞬間テッドがびくりと身を震わす。
一歩一歩近づいてくるのを、脅えた目で見あげて。
「君は罪深い」
「……っ……」
間近で見据えられた瞳の冷たさに、がたがたと体の震えが止まらない。
「この躰で、今まで何人の男をたらしこんで来た?」
「!………な、んで……」
「知ってるよ。君は男相手に躰を売ってたんだろう?以前野営をした際に、そんな感じの寝言を叫んでた。僕が見張りの時だったし、寝言を聞いたのもそれ一回だけだから、他の奴らは気づいていないよ。……多分ね」
「…………」
絶望に打ちひしがれ声もなくなったテッドは、血の気の失せた青白い顔でエイルを見つめるだけだ。
「…くっ……」
物凄い力で顎を捉えて上向かされ、テッドが呻く。
「脱ぎなよ、テッド」
「……なっ…」
「君には罰が必要だ。僕は拷問は趣味じゃないし、戦闘で使い物にならなくなるのも困るからね。……君の好きな方法で罰を与えてあげるよ。好きなんだろう?男に犯されるの」
「エイル……」
大粒の涙がテッドの目から溢れ出す。まるで小さな子供が親に叱られるのを脅えるように、ふるふると首を振って。
「早くしなよ。それとも脱がされるところからやって欲しい?」
「どうして……」
エイルの青い瞳がすっと冷酷に細められ。
「それが君に相応しい罰だからさ」







「う……あ…あっ………ぁう…」
容赦のない突き上げに、喉を吐く声は苦痛の色しかない。
慣らしもせず無理矢理押し込まれた凶器は、テッドの中を熱く焼く。
「ふ……やっぱ慣れてるんだ……準備しなくても入っちゃったよ」
「や……あ…ぅ………」
ギシギシとベッドが激しく軋む。這いずって逃げようとするのを、腰を掴む手が引き戻す。
「小柄な相手だったら、むしろ女よりココの方が入れやすいかもね…。位置がよく見えるし」
エイルの手が、双丘を掴んで左右に押し開く。
「や……見るな…っ!」
「何を今更。今までたくさんの男に見せて来たんだろう?あのアルドにも、さ」
「……っ」
アルドの名に、テッドの躰に緊張が走る。
「アルドって女相手の経験なさそうだよね……初めての相手が君じゃ翻弄されまくりだろう。初心すぎて物足りなくない?サイズ的には満足できそうだけどね。風呂で見たけど、アルド結構立派なモノ持ってるし」
「言うな…!…………はぅっ!!」
髪を掴まれ、後ろに引っ張られた。
「勘違いしているようだからもう一度言うけど、これは罰なんだよ。ソウルイーターなんて化け物を持っているくせに、アルドを欲しがった君への罰。しっかり自覚してもらわないと困るな」
「あ……あ、あ……」
熱いモノが内部を激しくかき回す。段々テッドの吐息に苦痛以外の物が混ざり始めた。エイルはテッドの躰には一切触れなかった。自分は服も脱がず、全裸のテッドのそこだけに用があるとばかりに。
前戯がなくとも、慣れたテッドの体はすぐに男を受け入れ、いやらしい蠕動を始めた。幼い頃から徹底的に仕込まれた、男を喜ばせる為のベッドテクニック。心がどんな否定しようとも、躰は与えられた快楽を拾おうとし、更なる快楽を得る為に男を追い上げる。
「ん………」
「やれやれ。僕は何もしていないのに、入れられただけでもう気持ちよくなっちゃったのかい?女よりもお手軽だね……淫乱」
耳元に囁かれるようにした侮蔑の言葉に、再び涙が滲む。
判っている。自分の体はこんなにも浅ましい。軽蔑されて当たり前の人間。間違っても誰かに愛してもらえるような存在じゃない。
『テッド君……』
ああなのに、強く閉じた瞼に浮かぶのはどうしようもなく優しいひと。
『僕はテッド君が好きだよ』
『気持ちいいかな…感じてくれてる?ごめんね、僕下手で』
テッドのモノに舌を絡めてにっこり微笑むアルド。元々はノーマルな彼だ。男のそれなど触りたくもないだろうに――テッドが感じるように、全身に柔らかなキスを落としてくれた。
愛して、くれた。
一回だけのつもりだった。好きだと告白され、躰を与えてやれば満足するだろうと。
だけど満足できなかったのはテッドの方だった。
アルドがそういう意味で好きだと言ったのではない事は、行為の最中に気がついた。自身の熱を追うことはせずに、アルドはただひたすらテッドを愛した。
テッドが苦痛を感じないよう、快楽だけを拾えるよう。
どうして?どうしてそんな風に抱いてくれるの?
男が好きじゃない限り、男の躰なんて愛撫しても楽しくないだろう?
突き入れて、中にこすり付けて、それでやっと快楽を得るものなのに。
どうしてそんなに嬉しそうな顔をしてるの?
『テッド君に触れられて嬉しいんだ』
触れるって……何?

「何考えてるのさ」
「ああっ……」
腰を引き寄せられ、一際深く突き上げられた。エイルのモノはそれほど太くはないけれど、変化した後の長さが半端ではない。
「人の事無視するなよ。今お前を犯してるのは僕だよ。……アルドのことでも考えていたかい?アルドに抱かれてるつもりになって、現実逃避しようとしてた?」
「エイ、ル……っ」
「アルドは渡さないよ」
背中に覆いかぶさり、耳元で囁くようにして。
「君の紋章には、喰わせない」
「や……ああああっ!!……」
躰の奥深くで、エイルの熱が弾けた。



扉を閉める際、ちらりと向けられた背中を見やる。
行為の後、二人は終始無言だった。エイルはずっとテッドに背を向けていた。
静かに扉を閉めて、自室ではなく第一甲板に向かう。
外に出るとひやりとした風が心地よかった。
「…………」
真っ黒い海の向こうの水平線を見つめるテッドの頬を、一筋の涙が伝う。口元には小さな笑み。
「……馬っ鹿………俺に優しくすんなっての……」
アルドといい、エイルといい、この船の人間は優しい人間ばかりだ。
エイルにはソウルイーターの特性を話してある。

『宿主の想いなどお構いなしに、紋章は身近な人物の魂を喰らう。それが宿主の大切な人間であれ、憎むべき存在であれ――』
憎むべき存在であれ。

テッドがアルドの魂を喰らってしまう恐怖に、脅えている事を知っていて。
それでもアルドを手放せない罪悪感に、苛まれていることを知っていて。
『アルドは渡さないよ』
『君の紋章には、喰わせない』
紋章のもう一つのターゲットを引き受ける役目をしてくれた。
罰を求めるテッドに、罰を与えてくれた。
暴力的で一方的なセックスは、テッドにとってトラウマであり自虐行為の一つだ。
踏みにじられ物のように扱われる事が辛くて怖くて――だからこそ、何よりも自分を傷つけられる刃となる。
痛みが欲しかった。
誰かに罰して欲しかった。アルドを愛しく思う心を責めて欲しかった。
同じ位、助けも求めていた。アルドを死なせない為の方法を教えて欲しかった。
その両方を、エイルがくれた。
自分が憎まれ役になってまで。自分を憎めと。傷つけた自分を憎むことで、紋章の気をアルドから逸らせと。
だがそれは出来そうもない。
エイルの優しさに気づいてしまったから。
テッドにはエイルを憎むことはできない。むしろ感謝の気持ちばかりが湧き上がる。
エイルの存在は、テッドにとって最初から光だった。闇に慣れたテッドにとっては、目を開けていられないほどの鮮烈な輝き。近寄る事のできない太陽。
エイルに会って、テッドは闇から抜け出せた。「おにいちゃん」までたどり着くという夢を思い出せた。
もう一度、この美しくも厳しい世界に戻る決意が出来た。
こんなにも愛してくれる人に出会えた。
彼を見ていると、勇気が湧いてくる。
困難に立ち向かう勇気が湧いてくる。
船長の船で眠っていた自分を、再びこの世に連れ出してくれた彼。
同じ呪われた真の紋章を持つ、だけどテッドには決して選べない道を進む人。
希望の光。










黄昏テッドのとこの4主はエイルと言います。三番目4主。
……4主テッドごめんなさい……(アルテドの方に土下座)
黄昏本で4主書いたら、4主テドの強姦物書きたくなっちゃったんだよーうっ。ネタも思いついたしっ。
でも最後はウチらしく落としましたが。テッドが4主に対して畏怖は感じてるけども、嫌悪や憎しみは抱いていないので、こんな感じの話になりました。
4テッド祭に投稿したのですが、その際エロ描写はできるだけ削りました。

後にリノ主設定が付加されたので、少し修正。


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