いつものようにマクドール家の裏手に回ると、見事な栗毛の馬三頭、庭先に繋がれていた。
どれも一目で駿馬と判る若馬だ。ぽきりと折れそうな細い足が繰り出す力強い蹴りは、乗る者に人の限界速度を超えた世界を見せるのだろう。
「すっげー……」
思わず洩らした感嘆の声に、ぴくりと馬の耳が反応した。丸太ほどもありそうな太い首をゆっくりと回し、テッドを見やる。
「誰の馬だろ。……あ、俺は怪しい奴じゃないって。この家の坊ちゃんの友達なの。……そうそうよしよし、お前らいい体してんなあ。毛艶もいいし、肉付きもバランスが取れてる。走ったら凄い速くて気持ちいいだろうな」
「ああ、こいつらは速いぞ」
「えっ」
自分と馬以外誰も居ないと思っていた所にいきなり背後から声をかけられ、テッドが驚いて振り返る。
「アレンさん、グレンシールさん…じゃこいつらはお二人の?」
「今日は馬術訓練の日でな。彼も大分上達したから、少し遠出しようと思ってここまで馬を連れてきたんだ」
アレンと呼ばれた赤い鎧を纏う騎士が答える。
「そっかー。こいつらの足だったら、相当”遠出”が出来るな。涼しいし天気もいいし、こいつらの体調も良いみたいだし、絶好の遠乗り日和だ。あいつは今どこに?」
「グレミオに弁当を持たされている所だよ。俺たちは先に出てきたんだ」
「三人分じゃかなり大きな弁当になりそうですねー。グレミオさんの弁当豪華だからなぁ」
言葉を返しながらも、テッドの視線は馬から離れない。楽しそうに三頭のたてがみや頬を、代わる代わる撫でている。馬の方もテッドを気に入ったのか、馬からして見れば小さな懐に顔を摺り寄せていた。
「馬の扱いに慣れているな。馬には乗れるのか?」
その様子をじっと眺めていたグレンシールが訊ねる。
「前に牧場で働いてたことがあって、よく乗ってました。俺馬乗るの好きなんですよ〜。ちゃんとやり方を習った訳じゃないから全然自己流だけど」
「なら今日の遠乗りには君が行くといい」
「え?」
「俺は残る。アレンが居れば問題は無いだろう」
「グレンシールっ!?」
アレンが驚いて相方を振り返る。
「何を考えてるんだ、グレンシール!これはれっきとした軍事訓練だぞっ。それを民間人を連れて行くなんて…」
「今日の遠乗りの目的は馬に慣れることだ。俺たち二人に囲まれて行ったら、彼もやりづらいだろう。それより友達と楽しんで行く方が上達するのではないか?」
「それはそうかもしれないが…」
アレンがちらりとテッドを見る。それから再び視線を戻し、声を落して言った。
「勝手なことしてテオ様にばれたらどうするんだ。俺たち二人での任務だったはずだぞ」
「テオ様には俺から言っておく。もともと二人も行く必要のない訓練だ。あの方も人の親だったという訳だな。それに一緒に行くのは素人じゃない。足手まといにはならないさ」
「……判った。彼を連れて行こう。グレンシール、お前本当は遠乗りに行くのが面倒だったんだろう。内心しめしめとか思ってないか?」
じとーっと恨みがましい視線を向ける相方に、グレンシールはにっと笑い、
「誰かを気にしながら馬を走らせるのは好きじゃない」
「……やっぱり」
がくっと肩を落したアレンを残し、グレンシールはテッドへ向かって歩を進めた。
「えっと…マジで俺が行っていいんですか?」
目の前に来た緑の騎士を見上げ、テッドが困惑気に訊ねる。
「ああ。こいつに乗るといい。俺が乗ってきた奴だ。多少気性が荒いが大丈夫か?」
「平気ですっ。牧場には暴れ馬もいたんで。………うわぁ、お前に乗っていいってさ!よろしくなっ」
ぶるるっと鼻息荒く顔を押し付けてくる馬の首を、嬉しそうに抱きしめる。ようやく弁当を受け取って屋敷から出てきた彼は、テッドの甲高い歓声に目を見張り、事情を聞いてほんわかと笑った。





「それっ、走れー!!」
障害物の無いだだっ広い草原を、一組の馬と人間が飽きもせずに延々と走り続けている。
一緒にやってきた残りの二頭は、丘の上で休憩中の乗り手の脇でのんびりと草を食んでいた。
「タフな奴らだな。屋敷を出てからずっと休みなしだぞ」
「テッドは夢中になると止まらないからねぇ…」
草地に腰を下ろし、人馬一体になって走る様を微笑ましげに見つめている主君の息子とその親友に、アレンは顔には出さず内心舌を巻いていた。
テッドの乗馬の技術は抜群だった。自己流であるため型はなっていないが、その速度、馬の制御は見事なものだった。「鞍は慣れてないから」と鞍を外して裸馬に跨った時はどうしようかと思ったが、成る程彼には鞍など必要ないらしい。
先頭を走るテッドが飛ばすので、いつもよりハイペースになりがちだった行程に遅れることなく付いて行った彼にも驚いた。普段は殿(しんがり)はグレンシールが務めている。先頭を走るアレンには彼の様子は判らなかったのたのだが――道理でグレンシールが自分一人に任せる訳だ。アレンが思っていたより、彼の乗馬技術は上達していたということか。
鞍も付けずに走るテッドは、まさに馬と一体化していた。曲がる時は馬と同じようにテッドの体も傾く。スピードを上げるときはぴったりと馬の背に張り付く。無理矢理方向を決めるのではなく、自然に、馬の行きたい方向に自分を合わせて。
軍の洗練された騎馬の仕方とはまるで違っていたが、アレンはテッドの乗り方を美しいと思った。風を切り、馬と心を合わせ、自然に溶け込む。
同じように馬を走らせても、頬に受ける風は、テッドと自分とでは違うような気がした。
「一緒に走らないのですか?あなたの腕なら彼に充分追いつけるでしょう」
相変わらずのんびりとテッドを眺めている彼を見下ろし、声をかける。
「いや…今日は止めておくよ。邪魔をしたくはないからね…」
「邪魔にはならないと思いますが」
すると彼は、柔らかい笑みを浮かべてアレンを振り仰いだ。
「走っている彼らは美しいと思わないかい?」
「思います」
「まるで風みたいだろう?あそこに俺が入ったら、彼らは風ではなくなってしまうよ」
「………そうですね」
納得してアレンは再び視線を戻した。緑の草の海を駆け抜ける、栗色の髪と栗色の肌を持つ風に。
「でもそろそろエネルギー切れの時間だ。残念だけど彼らを一旦人間と馬に戻そう。おーい、テッドーっ。お弁当にしないかー」
立ち上がり弁当箱を掲げて彼が叫ぶ。その声に気づき、馬上のテッドが手を振って方向をこちらに向けた。小さな点だった彼らが、見る見るうちに大きくその姿をはっきりと捉えられるようになる。

それと同時に、先ほどまで草原を吹き抜けていた風が止まった。
それはまるで本当に彼らが風であったかのようだった。










らテッドと言ったら馬。しかも鞍なし!正に野生児です。
発書きアレグレ。以外に書きやすかった。やはり私はグレンが好き(笑)
ところでトランから半日で行ける草原ってどこだろう(爆)


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