「ねぇ、くれないの?」
甘えた声に続いて、背中に圧し掛かってきた重み。
「何をだい?」
回された腕をやんわりと解きながら、聞き返す。別に抱きつかれるのは嫌じゃないし、いつものことだけど、また甲板でいちゃついていたのかと言われるのは遠慮したい。
「判ってる癖に」
ああ、口を尖らせているなと思う。見えないけど、声で判る。
「今日は何日?」
問われて日付を思い浮かべて、合点が行く。今日は2月14日。バレンタインデーだ。
「道理で。女の子たちがはしゃいでいる訳だ」
「――スノウ、誰かから貰ったの?」
「今の僕にチョコをくれるような物好きな子はいないよ。君の方こそ、一杯貰ってるんだろう。わざわざ僕に強請らなくても」
「スノウからのが、欲しいんだ」
ぎゅ、と強く抱きしめられた。頬を擽る柔らかな髪。シャンプーの匂いなのか、彼の髪からはいい匂いがした。
「…用意なんてしてないよ」
「まだ今日が終わるまで時間はあるよ。その為に昨日からミドルポートに碇泊してるんだし」
――その為なんだ。
間髪入れずに浮かんだツッコミは、口には出さなかった。
「楽しみにしてるからね!」
背中の温もりが離れ、弾んだ声を残して彼が走り去っていく。
――あげるなんて一言も言ってないんだけど…
さてどうしたものかと思案して、小さく溜息を洩らした。





もう少しで時計の短針と長針が重なるという時刻。
控えめに彼の部屋の扉をノックした直後、凄い勢いで戸が開かれた。
「スノウ、待ってたよ!」
ぱあぁ、と花が咲く効果音が聞こえて来そうな満面の笑み。
どうやら扉のすぐ向こうに待機していたらしい。
期待を込めた彼の視線が僕の顔からトレイを持つ手へと移り、腰のポケットに暫く滞在して、再び顔へと戻って来た時には先ほどまでの笑顔は消えていた。
まるで捨てられた猫みたいだ。
くすりと笑って、彼の脇を通り過ぎ、トレイを机の上に置く。
夜遅くまで雑務に追われる彼への、夜のお茶の差し入れは僕の日課。
子供の頃、彼が持って来てくれる温かいミルクを飲んでから休むのが常だったように、今は僕が彼の為にお茶を淹れる。
ちょっと疲れた顔をしている時は砂糖を多めに、仕事が溜まっている時は濃いコーヒー、イライラしている時は心を静めるハーブティーを。その日の彼の体調に合わせて、お茶を選ぶ。
今の僕にはそんな些細な事しかできないけれど、お茶を口に含んだときの彼の笑顔が嬉しくて。
お陰でお茶を淹れる腕はかなり上達したと思う。
そして今日は。
急な船の揺れ対策に、マグカップは蓋付きになっている。蓋を開けるまでは、お茶の中身は判らない。普段なら猫舌の彼の為にここで蓋をずらしておくんだけれど、香りが洩れてしまうからね。
「温かいうちに飲んでね」
入り口で、ガックリと項垂れたままの彼に声をかけ、僕は部屋を後にした。
早く僕の言葉の意味に、気付いてくれるといいんだけれど。



甘えたがりな僕の黒猫への、今夜の差し入れは甘くて濃いホットチョコレート。








萌え話の中で生まれたネタです。
一応某氏のお子さんをお借りしてるんですが、スノウが違うかも…もっと可愛いよね…。日課と猫舌設定捏造しちゃってごめんなさい;
ご本人様のサイトで、同じお題で漫画がアップされています。初々しい2人にきゅんきゅんでしたv



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