「……お前何やってんだよ」
上から降ってきた低い呆れ声に、アルドがぴくりと肩を震わせる。 「ご、ごめんね、テッド君………」 しゅんと項垂れた髪から、とろりと黄金色の液体が滴り落ちる。瓶の底数センチを残して殆ど空になっているハチミツの瓶と、それをつけて食べるための食パンは、床に這い蹲るアルドの周りに散乱していた。 「あんなギャグみたいなこと、本気でする奴がいるとはな…」 机の下に転がった瓶の蓋を拾おうと屈みこんだ所で、目測を誤り額を思い切り机の角にぶつけた上、その衝撃で倒れて来たハチミツの中身を思い切り頭から被るなんて、出来の悪い三流コントのようだとテッドは思う。 それがウケ狙いでも何でもない所に、最早溜息しか出てこない。 ハチミツのシャワーを浴びたアルドは、上半身を艶やかな黄色い液体に覆われていた。今熊が目の前に居たら、間違いなく美味しく喰われてしまうだろう。 室内に広がる甘い匂いに胸焼けしそうだった。 「部屋、汚しちゃってごめんね…」 「部屋はいいから早く服脱げよ。そのままじゃ風呂にも行けないだろ」 「うん……」 ハチミツがこれ以上飛び散らないように、図体に似合わず慎重に上着を脱ぐ。 ハチミツは殆ど長い髪が吸ったようで、ズボンはそれほど被害がなかった。下は脱がずとも、このまま風呂まで行けそうだ。 アルドが脱いだ服は、ハチミツまみれの外側をひっくり返して袋に入れた。お湯である程度落としてから、洗濯を受け持ってくれている女性たちに頼まなければ。床に落ちた食パンは、拾い集めてそのままゴミ箱に放りこむ。 「勿体無かったな……本当に美味しい蜂蜜だったんだよ。ネイ島のハチミツといえば、近隣の島でも有名なんだって。テッド君に食べさせてあげたかったんだけど…」 「俺に食べさせる前に、自分が全部被ってりゃ意味ないっての」 「そうだね……」 ハチミツを被ってしまったことより、テッドに食べさせられなかったことに落ち込むアルドに、テッドは内心苦笑した。 手袋を外して、ハチミツでべたべたになった手を取る。触れてきた素手の感触にアルドが驚いたようにテッドを見た。 「テッド君……?」 「よくもまあ、これだけ見事に被ったよな。やろうと思ったって中々こうはいかないぞ」 ランプの明かりに反射して、てらてらと光る節くれだった長い指に舌を這わせると、アルドの喉から驚愕の声が上がった。 「…テ、テッド君……っ!何して…っ」 「勿体無いからここから貰う」 「ここからって……」 呆然とするアルドを無視して、舌を伸ばしてゆっくりとアルドの手についたハチミツを舐め取っていく。指先から指の付け根へ、ハチミツのたっぷり残る手の甲へ。指と指の間も丹念に。 森の中でずっと動物と暮らしていたアルド、指や顔を舐められるのには慣れていたが、人間にされるのは当然の事ながら初めてで。 しかも相手があの人嫌いのテッドである。動物よりも滑らかな舌の愛撫と、テッドにされているのだという思いに、頭がパニックに陥る。 くすぐったさに反射的に手を引こうとしたが、テッドの手にしっかり掴まれていて叶わなかった。 「あの…テッド君?くすぐったいんだけど……」 「我慢しろ」 にべも無く言い切られ、黙り込む。テッド相手に逆らおうという気は、微塵も浮かばないアルドである。 表面のハチミツがすっかり舐め取られると、今度は指を一本ずつ丁寧に含まれた。 舐め取り作業に集中しているテッドは勿論、くすぐったさを我慢しているアルドも無言だ。お陰で舐め取るときのぴちゃ…とした水音も、指を吸う時のちゅっという音も、やたらと生々しく室内に響く。 指にからみついてくる温かい舌と、指に当るテッドの歯にぎゅっと心臓を掴まれる感じがする。 「確かに美味いけど……甘いな」 右手を終え、今度は左手を舐めながらテッドが呟く。 俯いているので表情は見えないが、その声がどこか笑いを含んでいた事にまたドキリとする。 普段、拒絶や不機嫌以外の感情は滅多に見せないテッドだ。そういった感情が無いのではなく、意図的に出さないようにしているのは彼の態度からも言葉の端々からも感じ取れた。理由有っての拒絶。それはきっと彼の右手に宿る真の紋章の所為なのだろう。 だからこそ、時折ぽろりと覗かせるテッドの人間らしい部分に嬉しくなる。 「…食パンにつけて食べると丁度良かったんだろうけど…。パンも全部床に落ちちゃったし…」 「さっき饅頭食べたばかりでそんなに腹減ってないからこれでいい」 言い様テッドがぺろりとアルドの手首を舐めあげた。 今度はアルドにもテッドの表情がはっきりと見えた。上目使いに見あげてくる瞳の中に、悪戯っぽい楽しげな色が浮かんでいる。 アルドと視線が合うと、その色はますます濃くなった。反応を楽しまれているのが判ってどうしたらいいのか困惑しているアルドの手から、スッとテッドの手が離れ。 「でももう飽きた。ハチミツなんて一度にたくさん食べるものじゃないな」 そう言ったテッドの顔は、もういつもの顔に戻っていた。 「そ、そう……」 ドキドキするしくすぐったいしで、正直テッドが離れてくれてほっとしたのだけれど、ちらりと見えたテッドの素顔がまた隠れてしまったことは残念に思う。 「お湯を貰ってきてやる。それで体を拭いたら、風呂に行けよ」 「うん。ありがとう……」 パタンという軽い音と共にテッドが出て行くと、室内に一人残されたアルドは、先ほどまでテッドの舌が触れていた己が両手を見下ろした。 手を擦り合わせても、べたつきは殆どない。手についた分はテッドが綺麗に舐めとってくれたらしい。 「はああ、びっくりした……」 大きく溜息を吐き、肩の力を抜く。ここに来てようやく緊張が解けた。 「まさかテッド君があんなことしてくれるなんて……そんなにハチミツが好きだったのかな。今度またネイ島で売ってたら買ってこよう」 世間知らずなアルドは、テッドの行動を不思議には思ってもそこまでだ。 今この場に第三者がいれば、「そんな訳あるか!」とツッコミを入れてくれたであろうが、生憎とここにはアルドしかいない。 そんなアルドが、後日特大ハチミツの瓶をプレゼントした時のテッドの顔が引きつっていることに、勿論気づくはずもなかった。 あああ、とうとう書いてしまいましたよ… しかも4祭に投稿しちゃったよ。まあキリ番デーだから丁度良く埋もれるだろ…… アルド、最初は邪な気持ちありだったんですが、むしろ純朴の方が楽しかろうと! 何もしてないのにエロくさい話になりました。本当はテッドがハチミツ苦手だったらもっと面白かったのだけど、生憎とウチのテッドは甘いの好き(笑) しかし普通このパターンならハチミツ被るのはテッドだよねぇ。でも私的にはアルドの方が萌えなのです。 |