Ultimet Life/BAD STAUTS


バッドステータス。
それは戦闘時において、様々な状態異常を引き起こす。
毒、眠り、混乱と言ったHPが少ない時には致命傷になるものや、バケツや風船のようなギャグ紛いのものまである。
その中でも特に変わったバッドステータス。それは。





「女性化?」
「そう、山塊の島の奥地にいる幻のモンスターに攻撃されると、女性は何ともないんだけど、男は女性化するんだって。面白そうだと思わないか?」
「思わない」
オークがやたら上機嫌で話しかけて来たなと思ったら、やっぱり怪しげな事を企んでいる。
触らぬ神に祟りなしと、テッドはそれ以上聞く耳を持たずに身を翻して、さっさと歩き出した。
「えー?皆がどんな女性に変わるのか興味ない?リノ王とかダリオとかだと怖いけど、美青年攻撃のメンバーはいい女になると思うんだよな。テッド、美人好きだろ。ジーンさんやミレイがパーティにいる時は嬉しそうにしてるもんな」
「煩い」
図星を突かれて、つい口調が荒くなる。
例え150年生きようと、心は永遠の10代である。綺麗なお姉さんが嫌いな男などいるものか。
「テッドもさー、女になったら結構いいセン行くと思うんだ。本当はもうちょっと年齢行ってる方が、あちこち出て来ていいんだけど」
テッドのすぐ横を歩きながら、オークが値踏みするようにテッドの体を眺める。
「俺は行かないからな(トゲトゲ)」
「ふーん、じゃあいいや」
いつになくあっさり引き下がった事に、嫌な予感を覚える。あのオークがこんなに簡単に諦めるはずがない。
この船に乗って数ヶ月、既にオークの言動が読めるようになってしまった自分がちょっと悲しいテッドだった。
他の仲間たちは未だオークの本性を知らない者が殆どだというのに、何故かテッドに対しては、オークはすぐに「寛大で人当たりのいいリーダー」の皮を脱ぎ捨てた。この船でオークの本性を知る者は、テッドの他には騎士団の昔からの仲間とリノ、エレノア、そしてフレア位らしい。
軍師やリノはともかく、フレアの前でも地を曝け出しているのは不思議だったが、オーク曰く「何となく、フレアの前では嘘がつけないんだよね」という事だった。
「何企んでる?」
足を止め、低い声で振り返る。テッドが反応を返した事に、オークがにんまりした。
「企んでるなんて人聞きの悪い。テッドが行きたくないって言うんなら、別のメンバーを誘おうかなと思っただけだよ。あーあ、折角テッドにも声かけてあげたのになー」
「…………他のメンバーは誰だ」
オークの態度で大体予想はついていたが、それでも一応訊ねる。
「まだ全員は決まっていないよ。今の所アルドだけ。テッドが行かないとなると、誰を誘おうかなぁ。女性化しても見苦しくない奴って言うと…アクセルなんていいかもね」
「………」
ぴくりとテッドの眉が動き、オークの笑みがますます深くなった。
「アクセルとアルド、部屋が近いのもあってか割と仲いいし。天然同士で気が合うのかもね。後は誰にしようかなぁ。どうせなら体格いいのが女になる方が面白いよねえ。オルナンとか」
アクセルとオルナン、その人選でオークの意図はバレバレである。要はアルドに体格負けしない(それでいて見苦しくない)人物だ。
口ではこんなことを言っておきながら、きっとオークは二人が女性化するのは全力で阻止するのだ。想像するだけで苛立ちが込み上げてくる。
「……判った。行けばいいんだろう」
「えー、別に行きたくないのに無理して来てくれなくてもいいしー」
瞳をまんまるにして、舌をぺろりと出すペ○ちゃんスマイルに、怒鳴りつけたいのを必死で堪える。
「〜〜〜〜行きたいっ!是非行かせてくれ!」
「もう最初っからそう言えばいいのに。このお茶目さん♪」
「…………」
――幽霊船で、彼の瞳の中に光を見たと思ったのは間違いだったのだろうか。
本気の本気でとらばーゆを考えてしまったテッドだった。(多分人質を取られて出来ないだろうが)
「その代わり条件が一つある」
はしゃぐオークの鼻先で、人差し指を掲げる。
「いいよー♪アルドとテッドは連れて行くのは決定だけど」
「残りのもう一人はフレアにしてくれ」
「えー、折角女性化できるのに女の子連れてくのか?……まあいいや。それでも充分面白そうだし」
見慣れた仲間が女性化するなどという恐ろしい被害は、最小限に留めたい。
バッドステータス女性化は、女性には効果がない。
オークの正体を知る女性たちの中でフレアを選んだのは、協力攻撃で慣れているのと、一国の王女である彼女を信頼しているのと、オークが彼女の前では極端な無茶をしない事を知っているからだ。
「ふふふ。楽しみだねえ。美人になるといいねえ」
「………」
主語がなくても、オークが誰のことを指しているのかはよく判っている。
「じゃアルドを連れて準備をしたら作戦室まで来てくれ。フレアは俺が声かけて行くから」
「……ああ」
完全にオークに遊ばれている、逆らう術の思いつかない我が身を恨めしく思いつつ、テッドは重い足取りで自室のある第四甲板へと向かった。



そしてお約束。






豊かな髪が、肩の上ではらりと広がる。
見上げてくる、半開きの厚みのあるぽってりとした唇が艶かしい。オレンジがかったピンクの口紅など似合いそうだ。
「テッド君、僕……?」
その唇から洩れるのは、聞きなれた低い声ではなく柔らかな甘い声。
体が縮んだ所為で緩くなったシャツから覗く細い首筋に、つい視線が行ってしまう。そのラインの先には、丸いカーブを描く胸元がある。
ごくっ
思わず生唾を飲み込んでしまったり。
「ほほう、これはこれは。予想以上にいい女になったねぇ、アルド」
モンスターにトドメの一撃を浴びせて戦闘終了した後、固まったままのテッドの後ろから、大地に跪くアルドを覗き込んでオークが口笛を吹く。
「本当…アルドさん、美人だわ……」
気の強さを自覚しているフレア、自分にはないアルドのたおやかさに女として危機感を感じたらしい。
確かに今のアルドにオベル王国の王女服を着せたら、アルドとフレア、どちらが王女か判らないだろう。立てば芍薬、座れば牡丹。女になったアルドには妙な色気がある。
「え?女?」
このモンスターの攻撃で女性化現象が起きる事を、アルドだけは聞かされていない。不思議そうに三人を見渡し、立ち上がって――
「あれ、なんだか皆さん大きくなってる?」
「俺たちが大きくなったんじゃなくて、アルドが縮んだの。フレア、鏡持ってる?」
「ええ……」
フレアがポーチから手鏡を取り出して、アルドに渡す。
「それで自分の姿を見てご覧」
「姿って………………ええええっ!!!」
鏡に映った己の姿に、アルドの喉から甲高い絶叫が迸った。
「こ、これが僕ですか?何で……」
「さっきの攻撃で女性化したんだよ。バッドステータスの一種」
「バッドステータス………じゃあすぐ元に戻りますね」
ほっと胸を撫で下ろすアルドに、
「幻のモンスターだから判らないなぁ。現に戦闘終了しても回復しないし」
「そんな…………あ、テッド君!「優しさの雫」かけてくれるかな?」
水の回復魔法はステータス異常も回復する。しかし。
「……もうMPが残ってないんだ…」
「そんなあ……」
望みを断たれがっくりと肩を落とすアルドから、テッドが気まずそうに視線を逸らした。
「女性化に効く回復アイテムも判らないし、まあ暫くは辛抱しててよ。なーに、そのうち元に戻るよ。戻らなかったとしても、テッドが責任を取ってくれるだろうしさー」
「え?」
「何でそこで俺の名前が出るんだよっ!」
自分の名前に反応したテッドが、オークに食って掛かる。
「え、だって当然でしょ?」
間近に覗いたディープブルーの瞳が、意味深に輝いた。自分の襟首を掴むテッドの左手の甲を、軽くぺしぺしと叩く。
意味を悟って一気に血の気の引いたテッドの耳元に、オークは悪戯が成功した子供のように、実に楽しそうに囁いた。
「レベル1はともかく、レベル3はまだMP残ってた筈だよねえ♪」
「…………っ」
「優しさの流れ」でもステータス異常は回復する。
流石オーク。船を出てからのテッドの魔法消費数も、ちゃんとカウントしていたらしい。
「水魔法だけに気を取られて、うっかり「冥府」を使わないようにねー。バレちゃうよー」
「…………」
「お薬や特効薬と言ったアイテムはいーっぱい残ってるから、暫く船には戻らないよ。経費削減の為に宿屋にも泊まらないし。たっぷりあの姿を堪能できるよ。嬉しいだろテッド」
「…………」
すっかり石化してしまったテッドの手から逃れると、オークは嬉々としてアルドに近づき、上から下までじっくりと眺めた。
「服が緩くなっちゃってるね。ズボンがずり落ちそうだよ。帯を締め直したら?」
「あ、そうですね」
忠告に従い、アルドが何も考えずに腰の帯を解く。最後の押さえを失ったズボンが重力に従って落ち――
「オークとテッド!後ろを向きなさいっ!」
フレアの有無を言わせぬ迫力に、思わず後ろを向いてしまったオークが悔しそうに舌打ちする。
その声で石化の解けたテッドも、慌てて回れ右をした。やはりフレアが今回のメンバーで良かったと、しみじみ思うテッドである。
「アルドさん、あなたは今女性なんだから気をつけないと」
「すみません…どうも実感がわかなくて…」
背後から聞こえる女性二人の会話と、しゅるしゅると布が巻かれる音に、何だか無駄にドキドキしてしまう。
「……布がかなり余るわね…普通に巻いたら腰だけ膨らんでしまうわ…」
「女アルドのウエストはかなり細そうだな」
隣のオークがそっと耳打ちして来る。同じ事を考えていたテッドの顔が紅潮した。
「後ろで結びましょう。ズボンの裾はブーツの中に押し込んで………こんなものかしら。もう二人ともこっち向いていいわよ」
「わあ、可愛いねえ、アルド♪」
「………っ」 
落ち着いた頭で改めて見たその姿は、アルドだがアルドではなかった。
フレアの隣で、両手を重ねて恥ずかしそうに立っている長身でスレンダーな女性――むき出しの二の腕は細く、ジャストフィットの筈の篭手にはかなりの余裕があった。大きく開いてしまっている胸元からは、二つの膨らみを表す谷間が覗き、きゅっと締まった腰の布は後ろでちょうちょ結びにされ、その下に続くズボンは勿論、アンダーに履いている色の濃いズボンまでダボタボで、裾はブーツの中に押し込まれ、下半身は丁度ちょうちんのような形になっている。
「あの…テッド君?」
赤い顔で固まっているテッドに、不安そうにアルドが声をかける。自分の姿が原因だとはこれっぽっちも思っていない。
テッドに向かって歩き出そうとして靴が緩い事に気づき、ズボンをもっと押し込もうとアルドが前屈みになる。自然胸元の布地がはだけ――。
「馬鹿っ!!気をつけろっ」
素晴らしいスタートダッシュだったと、オークが惜しみない拍手を送る。アルドが完全に下を向く前にテッドの手が襟元を掴み、何とか間に合ったと思ったら。
「わっ、悪いっ!」
オーバーリアクションで慌ててその手が離れた。テッドの顔は真っ赤だ。
あれはきっと「ふにゃ」をやったに違いない。
「テッド君?」
アルドはといえば、訳が判らずきょとんとしている。
(良かったねえ、テッド)
予想以上のベタな展開に、オークはしみじみと彼らを仲間にできた幸運をかみ締めた。
(やっぱり最高だよ、君たち)
二人の協力攻撃とその後のやり取りを見た時、これだと思った。スノウの居ない心の寂しさを埋めてくれるのは、この二人しか居ない。
アルドとテッド、どちらか単体でいても意味はないのだ。二人揃っているからこそ、オークを満足させることができる。
「じゃ、さくさく宝探しの続きをしようかー♪」
弾んだオークの声が山塊の島に木霊した。


遠征中、オークは温泉のある島には決して近寄ろうとはしなかったが、「光るたまが大高騰!」の情報に釣られてうっかりネイ島に立ち寄った際、ダッシュで温泉に飛び込みMPを回復したテッドによって「優しさの雫」をかけられるまで、アルドは女性のままだった。



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