Ultimet Life/hot spring



パーティメンバーを聞いた時から、嫌な予感はしていた。
ケネスの今日の隊列は四番目、つまり一番最後に決定したメンバーである。
オークが最後の一人に何を思って自分を選んだかを考えれば、この状況は充分予想しえるものだったのだ。
「アルドの髪ってつやつやで綺麗だねえ。いつもそうやっておろしてればいいのに」
「でも戦闘中は邪魔ですから」
「アクセルやキカさんはそのままだよ」
「僕は弓なので髪がまとまっていないと、弦にひっかけてしまうんです」
「そうなんだ。まあ、おろしちゃうとアルドの綺麗なうなじが見れなくてつまらないか。うん、こうしてたまに見る方が新鮮でいいね」
「綺麗だなんてそんな……」
「…………」
セクハラ一歩手前発言の連続に、ケネスは内心溜息を吐いていた。
セクハラされている当の本人は恐らく気にしていないだろうが、問題は残りの一人。
立ち込める湯気の向こうの、栗色の髪の少年をちらりと見やる。
(………やっぱりな……)
そこに予想通りの表情を見つけ、ケネスは今度は現実にも大きな溜息を洩らした。


テッドが仲間になって少し経った頃、ケネスは暫く彼らとパーティを共にしていた。
最初は極端なほど他人と距離を取ろうとするテッドが気にはなったものの、彼が真の紋章を宿していると知り、関心を持つのを止めた。
真の紋章持ちには、一般人には判らない悩みも色々あるのだろう。オークだけで手一杯なのに、これ以上他所の問題にまで首を突っ込んではいられない。
そう口に出せば冷たいと言われるかもしれないが、ケネスがテッドの立場でも放っておいて欲しいと思う。構うなと言ってるのに、親切の押し売りは迷惑なだけだ。
だが世の中にはお節介をしなければ気がすまない人間がいて、アルドが正にそれだった。
拒まれても無視されても、諦めずに近づこうとする。そのしつこさは端から見ていてもテッドが哀れに思えるほどだったが、ある時アルドに背を向けた時のテッドの表情を見ておやっと思った。
なるほど、どうやらアルドは自分が本当に嫌われてはいないことを感じ取っていたらしい。
何かを堪えるような苦渋に充ちた顔。
本気で疎ましく思っていたら、あんな顔はしない。
二人が弓矢攻撃を獲得した後、今度はフレアを交えての乱れ打ち攻撃を覚える為に、ケネスはパーティから外れた。
その後再びこのメンバーで顔を合わせた時、ケネスはオークの変化に気づく。
オークのテッドを見る時の目。必要以上にアルドに構うその態度。
――哀れ。彼らは悪魔に魅入られてしまったのだ。


オークの素顔を一番よく知っているのは、恐らくケネスだろう。
オークは騎士団の仲間の中でも、特にケネスに対しては遠慮がない。見下しているという訳ではなく、ケネスの思慮深さや口の堅さを信頼してくれているのだろうと思う。
それは友人として嬉しいことではあったが、相手がオークに限り素直に喜ぶことは出来なかった。
何せオークが本性を晒す=尻拭いが回ってくることは必至だったからだ。
オークがスノウに反感を抱く者たちを夜道で闇討ちにした時も、スノウあてのラブレターを握りつぶした時も、後始末をオークに頼まれたわけではない。ただケネスがオークの所業に気づくように、わざと痕跡を残す。そしてオークの残したパズルを解読したケネスは現場に向かい、倒れている男たちを通報したり、一人待ち合わせ場所に佇む女の子にフォローを入れたりと駆けずり回る。
オークは本気になれば、完全犯罪もできる男だ。それが可能なだけの頭脳も度胸も腕も持ちあわせている。
それがケネスの前でだけ穴を見せるのは、彼の良心であり彼なりの信頼なのだと思う。……思いたい。
「モルド島の温泉も気持ちいいですね…。テッド君、背中流そうか?」
「いい。自分で洗う」
「アルド、俺の背中流してくれるかい」
「あ、はい。いいですよ」
「…………」
不毛な光景だ。
テッドもあんな目で睨む位なら、最初から断らなければいいものを。
オークの前であんな会話をしたら、こうなることは判りきっているのに。不器用な奴だと少し哀れになる。
「もっと力入れていいよ、アルド」
「はい。(ゴシゴシ)オークさんって肌黒いですね」
「ずっと海の上で過ごしてたからね。健康的小麦色だろ。よし、今度は俺が背中流してやるよ。後ろ向いて」
「いいんですか?……じゃあお願いします」
「アルドの筋肉の付き方綺麗だねえ。よく鍛えられてる。この背筋がまた見事で…」
「オークさん、くすぐったいです…っ…」
「アルドってくすぐったがりなんだ」
ちょっと待て、それはセクハラだ。
よく泡立てたスポンジを、擦るではなくさわさわと撫でるように滑らせる。あれじゃ誰だってくすぐったいに決まっている。
「そうなのかな……」
だが天然アルドは、オークの言葉を信じてしまっている。
二人から少し離れた所で体を洗っているテッドはと言えば、額に十字をいくつも浮かせ、やたら力を込めて背中を擦っていた。
「あの…もう少し力入れて擦ってもらっていいですか?」
「これ位?」
「はい。ありがとうございます」
「よし、じゃあ流すよー」
桶に汲んだお湯をざばーっとアルドの背中にかける。二度、三度とかけて泡をすっかり落とすと、オークはおもむろに、アルドの洗い髪をまとめていたタオルを抜き取った。
「え、オークさん?」
背中にぱらりと広がった髪を一房手に掬い、驚いて振り返るアルドを見つめて一言。
「髪を下ろしたアルド、綺麗だよ」
オーク親衛隊の女の子たちが見たら悲鳴を上げそうな流し目キラキラ効果を背負った笑顔に、ケネスは湯船の中であることも忘れて思い切り仰け反った。
確かにアルドの髪は男にしては見事だし、元々整った顔立ちの彼だ。普段髪が後ろに引っ張られている所為できつくなりがちの瞳も、今はその性格どおり優しい。「綺麗」の形容詞が絶対間違っているとは言わないが……だがしかし。
それは口説き文句だろう。
そりゃ仲間を集めるのも、一種口説きのようなものなのかもしれないが。
オークの人をたらしこむ技は、素晴らしいものだった。フレンドリーなのにやたらと迫力のある笑顔と口の上手さ、狙った相手は逃がさない根気と押しの強さに、老若男女問わず皆コロリコロリと落ちていく。最初は仲間になる事を拒んでいた相手も、結局最後には首を縦に振ってしまう。
正にキング・オブ・ザ・タラシ王。ナンパ率は今の所十割だ。
だけどそれは仲間集めの時の話。今の相手は、今更口説かなくともオークに心酔しているアルドだ。
男相手に、普通に、素面でそのセリフはどうかと思うんですが。ねえ、オークさん。
「え、ええっ」

ザッバーッ

赤くなって慌てるアルドと、アルドの髪を握っているオークに勢いよく水がぶっかけられ。
「うわあっ!」
「冷たーっ!!ひどいなぁ、何するんだよ。テッ……」
「お前ら煩い。黙れ」
「…………ハイ」
 空の桶を抱え、ゴゴゴゴという大地を震わす効果音を背負い、仁王立ちで見下ろすテッドの迫力に、流石のオークも何も言い返せなかったようだ。




「ごめんね、テッド君………すみません、オークさん…」
どさくさに紛れて、アルドがオークの手から髪を抜いて逃げ出す。
「お前、その髪鬱陶しいんだよ。さっさとまとめるか結わくかしろ」
「うんっ……」
アルドが慌てて、ゴムで髪をいつものように束ねる。髪はちゃんと乾かしてから結ばないと傷むのだが、今のアルドにはそんなことどうでもいいらしい。
テッドの言う事なら何でも従う。正に忠犬○チ公だ。
アルドが髪を結ったのを確認して、テッドは抱えていた桶を隅に重ね、脱衣所に向かって身を翻した。
「テッド君、もう上がるの?じゃ僕も……」
「……その前に一回湯船に浸かって来い」
先ほどテッドに水をかけられた所為で、温泉で温まった体はすっかり冷めている。
だがここは常夏の群島諸国だ。裸に冷水を浴びた程度で風邪を引く訳もなく、むしろ逆火照りでカッカしている事だろう。
「大丈夫だよ。寒くないし」
「いいから、入って来い。………先に行ったりしないから」
「……うん」
ああ、アルドの背後にお花が飛んでいるのが見えるようだ。(ぬるい笑顔)
素面でこんな恥ずかしい会話をしないで欲しい。セリフや表情こそぶっきらぼうなものの、会話の内容と雰囲気は点描ビシバシ、お花くるくるの少女漫画の世界だ。
テッドが頭を冷やす為の時間稼ぎをしたいのはバレバレだった。閉められた脱衣所の扉の向こうでは、今頃テッドが先ほどの己の愚行に頭を抱えている事だろう。
残されたアルドは少しでも早く体を温める為か、温泉の噴出し口近くに身を沈めた。そして急いた様子で十まで数えると、
「それじゃお先に上がりますっ」
真っ赤になった体で、体を拭くのもそこそこに脱衣所に消えた。
試しにアルドが浸かっていた辺りまで移動してみて、途中で慌てて引き返した。
モルド島の源泉は結構熱い。かなり熱い。
この湯によく十秒も我慢できたものだ。愛の力か。
「あーあ、行っちゃった」
残念そうに呟いて、オークが湯船に入ってきた。
「あんまりからかうな……可哀想だろう」
言っても無駄な事は判っていたが、一応注意はしてみる。
「可哀想って誰が?」
湯船の縁に両腕を預け、頭の上にタオルを乗せたオヤジスタイルのオークが、くすくすと楽しそうに笑う。
ずっと湯船に浸かっていたケネスは、足だけを浸した状態で風呂の縁に腰掛けた。
「………二人ともだ」
「そうかなあ。でもあれ位してやらないと、あの二人はちっとも進展しないと思わないか?テッドは自分からは動けないし、アルドは天然だし。面倒な奴らだよねえ」
「お前の場合は親切心だけじゃないから言ってるんだ」
ケネスがテッドの気持ちに気づいている事を、オークはわざわざ確認したりはしない。
ケネスなら気づいていて当然と思っているのだろう。どんな時でも、ケネスなら自分の意図を正確に感じとっていると。
オークという人間の凄さはケネスも認めている。
どんな逆境に置かれてもへこたれないしぶとさ、強さ。人を惹きつけ、従わせてしまう強烈な個性。そんな彼にそこまで評価される自分を誇らしく思う気持ちも、期待に応えたい気持ちもある。
結果、余計な苦労を背負うことになる。
「だってテッドはからかうと面白くってさ♪意地っ張りの弱味を突付くのほど楽しい事はないよ。テッドの右手に紋章がある限り、テッドが陥落する事はないだろうしね。あのオモチャは長く遊べそうだよねぇ」
「……やはり紋章の所為なのか?」
テッドには関わるまいと決めていたが、この一言は気になった。
「そ。アルドを大切に思うが故に、テッドはアルドに対する態度を変えられない。実はアルドだけじゃなくってね、船の他の皆に対してもそう。テッドが笑顔で親しげに接して来たら、それはテッドに殺されてもおかしくないくらい憎まれてるってことだよ」
「………哀れな奴だな」
オークの言葉を裏返せば、テッドは本当はとても優しい、人が好きな人間という事になる。
「幸せな奴だよ。だってあいつにはアルドがいるんだから」
「そうか…」
偏見というフィルターを持たないアルドには、冷たい態度の向こうのテッドの素顔が最初から見えていたのかもしれない。
表面の拒絶を物ともせず、見返りも求めず自身の全てを認め愛してくれる人間に、孤独に震える魂が惹かれない筈がない。
「そういう訳で、幸せなテッド君にはアルドの好意の上に胡坐をかくだけじゃなくて、ヤキモキもして貰わないとねー♪」
「………お前があいつらに構う理由が判った……」
少しだけ不思議だったのだ。この船には、他にも複雑な人間関係を抱えている奴らはたくさんいる。その中でどうしてあの二人だったのか。
「何だ、今頃気づいたのか?ケネスにしては遅いじゃないか。最近頭鈍ってきたんじゃない?」
からかうように笑って、オークが湯船から立ち上がる。
「でも俺はさ、あの二人が上手く行ったらいいなと本気で思ってるんだぜ。例えそれで結果的に泣く事になっても……それもまた幸せなんじゃないかと思う」
「オーク…」
「想いは、残るから」
支柱の向こうに広がる青い水平線に視線を向けたオークの横顔は、穏やかでどこか悲しげで、ケネスが初めて見る表情だった。
だが何と声をかけようかと悩むケネスに告げられた次の言葉は、ケネスを一気に奈落の底へと突き落とすだけの威力を持っていた。
「ところであの二人って実際くっついたらどっちがどっちだと思う?」
「……は?」
「体格的にはアルドの方がヤる方だよねえ。だけどアルドにそんな甲斐性があるかどうか……やっぱりテッドがリードして乗るのかなー」
「あの……何を言ってるんだ?」
表情は真剣ではあるが、先ほどまでのシリアスな雰囲気はすっかり吹き飛んでいる。
「あの二人が寝る時の立場の話」
「寝るって……」
ケネスの頭の中で、オークの言葉がエコーがかって繰り返される。
寝る…(眠るの意味じゃないよな)
寝る…(ヤる?乗る?何を?何処に?)
寝る……?(時の立場…?)
カチャカチャカチャ……(←ケネスの脳コンピュータが動いている音。この間約五秒)
チーン!
「あいつらの気持ちってそういう気持ちなのか!?」
「ええ、何言ってんの。どう見たって思いっきりそうじゃないか」
そんなあっけらかんと、さも当然のように言わないで下さい。ダッテ彼ラハ男同士デスヨ……。
「に、人間としてとか、友情とかじゃ……」
「それもあるけど、それ以上の感情だよ。目見れば判るだろ」
「目………」
混乱した頭で必死に思い返してみるが、元々そんなに真剣に二人を観察していたわけではないケネス、顔ではなく瞳に浮かんだ感情まで見ているはずがない。
知識としてそういう嗜好の人間がいる事は知っていたが、まさかこんな身近にいるとは思ってもいなかった。
想像して背筋が寒くなる。
「でも二人ともがそうとは限らないだろう?」
「そういう感情」を抱いているのがどちらか片方だけだったら、片思いで終わるはずだ。
「二人ともだってば。ケネス、本当に気づいてなかったんだー」
そんな「うわあ凄い意外☆」風に言われても!!(泣)
「という事は、あいつら両思いなのか……?」
「アルドは自覚ないかもだけどね。でもテッドに誘われたら絶対落ちるね」
「…………」
「俺の見たとこじゃまだまだだろうけど。うーん、早く最後の一線越えないかなー。その為にはやっぱりもっとテッドをけしかけないと」
「………なんでお前はその…男同士に関して寛大なんだ?気持ち悪いとか思わないのか?」
別にテッドやアルドがそういう性嗜好の持ち主でも軽蔑したりはしないが、(理解はきっと一生できないだろうが)オークの反応は通常とかけ離れている。
「え?………なーんだ、ケネスの頭はそっち方面には本当に鈍かったんだねえ」
一瞬きょとんとし、オークはそれからくすくすと心底おかしそうに笑った。
「気持ち悪いなんて、この俺が、思う訳ないだろ」
「この俺が」に力を込めて、意味深に微笑する。
オークはケネスに対しては、決してストレートに答えを言わない。だけどヒントはたくさん与える。その中から答えを見つけ出せという。
「…………まさか」
たっぷり五分は経った頃、ケネスの顔色が一気に青ざめた。持っていたタオルで自分の体を庇うようにして飛び退る。
「お前………まさかお前もなのかっ!?」
「男なら誰でもいいって訳じゃないから安心しろよ。男よりはナイスバディの女の子の方が好きだし♪」
「そんな……」
仲間内どころか、もっと身近にそういう趣味の人間が居たとは。
「そんなに脅えるなって。大体今更だろ。もし俺が真性だったら、騎士団の寮に居た時にとっくにお前も食ってるよ」
「……っ……」
恐ろしい発言に、ますます後退る。
ふと、ケネスはある事に気づいた。
「……スノウか?」
にこ、とオークが子供のように笑った。
「…………そうだったのか……」
「ケネスは気づいてると思ってたよ」
オークの声にしては珍しく、苦笑いの響きがある。
「そういう方面に関しては、確かに俺は疎いらしいな…」
「だね。これからは恋愛方面にもアンテナを伸ばすといいよ」
やれやれとケネスは入っていた肩の力を抜き、苦笑した。
「それじゃますますあいつらに構う訳だ。テッドとアルドの関係、あれはラズリルに居た頃のお前らと同じだからな。お前はいつもスノウの後ろをついて回って、スノウの言葉なら何でもはいはい従って……今のお前しか知らない奴が、あの頃の姿を見たら驚くだろうな」
「判ってると思うけど、俺は好きでやってたんだからな。スノウに命令される事を、嫌だなんて思ったことは一度も無い」
「ああ。お前は本当にスノウのことを慕ってた。まさかそれがそういう感情だったとは思わなかったけどな…。……一つ訊きたかったことがある。スノウがクールーク艦で攻めて来た時も、海賊になっていた時も、お前は冷静だった。今の話を聞く限り、スノウの事を見限った訳でもなさそうだ。……何でだ?」
「俺がスノウに抱きついて、もう二度と離れないって駄々こねないのが不思議だった?」
苦笑いで肯定する。
柔らかな髪を海風に靡かせ、オークが微笑んだ。
「俺もスノウも、変わらなくちゃいけない時が来たから。もう今までのままではいられない」
「オーク」
「俺は変わる。再びスノウを取り戻すために」
その笑顔は先ほど同様、子供のように素直だった。
スノウに関する時だけオークは恐ろしいほど純粋になる。まるで本当の望みはそれだけしかないかのような、一途な青く澄んだ瞳。。
「さて、そろそろ上がってあいつらの様子を見に行くかな。俺がいない間に面白いことになってないといいけど」
「俺はもう少し、ここでゆっくりしていく。色々考えたいこともあるしな」
「逆上せる前に上がれよー」
笑ってオークが脱衣所に消えた。一人残されたケネスは、ぼんやりと海を眺めながら、今日得た情報を反芻する。
テッドとアルド、オークとスノウ。
「……俺もまだまだだな」
苦い溜息をついて、一人ごちる。
彼らの気持ちは決して理解はできないけれど、(理解したいとも思わないけれど)彼らが幸せになるようにと願うケネスだった。



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