アルドにソウルイーターの性質を打ち明けた。 この船では、同じ真の紋章を持つあいつ以外の人間に話したのは初めてだ。軍師やオベル国王はあいつから聞いて知っているみたいだが、それは俺が話した訳じゃない。 直接面と向かって、「俺の傍に居たら死ぬかもしれないぞ」と言ってやった。 これでやっと付きまとわれずに済むと思う一方、アルドがどんな顔をするのか興味があった。 恐怖か、困惑か、はたまたそんな大事なことを隠していたという怒りか。 いずれにしても負の感情以外はありえないだろう。口では親切めかしたことをぬかしてても、人間誰だって我が身が可愛い。安全な所から親切ごっこをするならともかく、己の身に危険が及ぶと判って、それでも近づいて来る奴はいない。いたら只の馬鹿だ。 意地の悪い感情で、アルドの中に浮かぶ微妙な変化も見過ごすまいと切れ長の瞳に集中する。 へえ、こいつの瞳って薄い茶色だったんだ。こんな風にじっくり見たのって初めてかも。いつも目合わさないようにしてたしな。 紋章の事を聞いたときのアルドの目は大きく見開き――すぐにいつもの大きさに戻った。 だがいつまで経っても予想した感情はその瞳に浮かばない。穏やかな凪の日の海のように、何を考えているのか判らない静かな瞳で俺を見ている。 「コイツは俺の身近な人間の魂を好むんだ。定期的にモンスターの魂を食わせてやってるからそれほど飢えちゃいないけど、コイツが本気になったら俺にも止められない。初めて紋章の力を使ったときなんて、村まるまる一つ分の魂を喰らったんだぜ。今は流石にそこまで好き勝手はさせやしないけどな」 別にこんなことまで言わなくてもいいのに、口は勝手に喋り続ける。アルドの視線から逃れたくて。喋っていないと、嘘くさい笑顔を保っていられない。 何でまだここにいるんだよ。もう出てけよ。 そんな透明な瞳で俺を見るなよ…っ。 「テッド君にも抑えきれないほど強く紋章が望むのは、テッド君の近くにいる人の魂って事……?」 「……そうだけど」 「この船に一緒に乗っているだけなら、危険が及ぶことはないんだね?」 「ああ」 やっとアルドにも通じたようだ。ほっとして肩の力を抜く。 焦らせるなよ。全然表情変わらないから、またとんでもない事言い出すんじゃないかと心配し… 「良かった。だったら他の人たちには出来るだけ近づかないようにしようね。ご飯は部屋に持って来て食べればいいし。でも人と会わないようにとなると、部屋で過ごすことが多くなるから、運動不足にならないよう気をつけないと」 「おまっ…人の話聞いてなかったのかよっ!」 「聞いてたよ」 にっこりと微笑んだアルドに怒りが込み上げる。やっぱりこいつには話が通じてない! 「聞いてたんなら判るだろうがっ!死にたくないんなら俺に近寄るなって…」 「大丈夫だよ。僕はテッド君の近しい者じゃないから。テッド君は僕のこと嫌いでしょう?だから大丈夫」 「…………」 返す言葉が見つからなくて口をパクパクさせる。嫌味かこれはっ! いや、こいつに嫌味を言うなんて腹芸が出来る訳がない。本気の本気でそう思ってるんだ…見つめてくる瞳の邪気の無さがそれを語っている。 これで24だって?一体どんな環境で育ったんだ。海賊のとこのガキだってここまで純粋じゃないぞっ。 「……お前なんか嫌いだ」 何で俺が紋章のことお前に話したと思ってるんだ。ちょっとは頭働かせろよ。本気で嫌ってる相手に、一々こんなこと言う訳ないだろうが! 「うん、知ってるよ。でも僕はテッド君が好きで、テッド君と一緒にいたいんだ。たとえ嫌われてても…って嫌われてるお陰で紋章に狙われないんだから、結果的には良かったかな」 「…………」 「でも本当は、テッド君が僕を好きになってくれたら嬉しいんだけどね」 「…………」 お前、意味判って言ってるのか? 俺がお前を好きになったら、お前はコイツに喰われるんだぞ。 だけどそれを口に出して問う事はできなかった。もし「それでも後悔しないよ」なんて返されてしまったら、きっと俺が耐えられない。 俺の所為で。 俺の気持ちの所為で、コイツが死ぬなんて。 なのにそれを笑って許してくれるなんて。 カチャリ、と心の奥底で硬く錆付いた錠前が開く音が聞こえた。 「ばーか」 泣きそうな心を押し殺して、笑って見せる。 ああもう駄目だ。俺はきっとお前を殺すのだろう。 最早アルドを守る術は失った。心の扉を封じていた鍵は外れ、切ないまでの感情が溢れ出す。 「お前が悪いんだからな」 あんなことをあんな顔で言うなんて。もうどうしようもない。 「テッド君……?」 両手で襟首を掴んで引き寄せる。それでもまだ届かない。背伸びしてやっと何とかという所だ。背高すぎなんだよコイツ。 「………」 薄い唇がちょっと震えてるのがおかしい。 さっと触れただけで、唇も掴んでいた服もすぐ離して、とんっと踵を床につける。見上げると真っ赤になって唇を覆うアルドの姿。 「テッド君…今の……」 「キスがどうかしたか?」 何でもないことのようにさらりと言うと、アルドの顔がますます赤くなった。 「…何で…僕たちは男同士なのに…」 「俺とじゃ気持ち悪いか?」 ぶんぶんと勢い良く振った首に合わせて、長い尻尾が左右に跳ねる。 「そんな事ないっ!」 「じゃいいだろ別に」 「……何で僕にキスしたの、テッド君…」 「したかったから」 アルドにしてみれば当然の疑問だろう。だけど本当の理由は絶対教えてやらない。 「したかったからって……」 「嫌か?」 もう一回激しく尻尾が踊る。その先をぎゅっと掴んで。 「じゃ今度はお前からしてみろよ…」 返事を待たずに目を閉じる。アルドがパニくってるのが気配で伝わって来る。 たっぷり5分は待った後、少し渇いた唇が降りてきた。 目を閉じたまま、舌先をちょっと伸ばして唇を舐める。反射的に退きかけたアルドを、服の裾を掴んで押し留める。 恐る恐る再び触れてきた唇をこちらから求めて。舌も潜り込ませて。 やがて互いに貪るような深いキスになった。 決して好きだとは言えないけれど。 それだけはちっぽけなプライドが許さないからできないけれど。 俺の全てをお前にやるから。 だからお前の命を俺にくれ。 お前の時間を俺にくれ。 その心臓が最後の一打ちをするまでは。 *たまさんに捧ぐ* リクエストは痛くないアルテド話、でした。 |