「よおっ、遊びに行こうぜーっ」
気持ちのいい昼下がり。いつものようにマクドール家のあいつの部屋の扉を、勢いよく開けて室内に飛び込む。 ノックなんて面倒なことはしない。あいつもそれは判ってるし、咎められたこともない。 「テッド」 案の定、騒音に動じた風もなく、穏やかな笑みを浮かべて部屋の中央に立っていたあいつと目が合って。 「……ご、ごめんっ!!」 思わず視線を逸らす。男同士だし、別に謝ることでも何でもないんだけど、稽古の後で着替えている最中だったのかこいつは上半身裸で………顔が赤くなるのを止められなかった。 鍛え上げられた厚い胸板。割と着やせする性質で普段はあんまり気づかないけど、脱ぐと本当に凄いんだ、こいつは。 腕とかも凄い太いし、俺がぶる下がっても平気だし…最近益々体格に差がついて来て、2歳年下という言い訳も厳しいくらいだ。 方や16歳とは思えない体格優良児、方や12歳でも通用するやせっぽっちのガキじゃなぁ…。 って、俺が赤くなったのは、立派な体躯を見せ付けられて悔しかったからじゃなくて、まあ、なんだ。 ……要はドキっとしちまった訳。 マクドール家の人たちには勿論内緒だけど、俺とあいつはその……男同士で寝てたり、する。 だからあいつのセミヌードなんて見慣れてるんだけど、(もっと凄いこともしてるし)その分ただの男の裸を見たのとは反応が違ってしまう訳で。 あーヤバイ。マジで心臓ドキドキ言ってる。最近ご無沙汰だったから余計かも… 「テッド?」 「ひゃっ」 気がつけばすぐ目の前に立たれていて、裏返った悲鳴を上げてしまう。服もまだ着てない。少しでも動いたら触れられそうな距離にたくましい胸。その上。 「顔が赤いよ。熱でもあるのかい」 ぴと、とおでこが押し付けられて。 うわあああっ、馬鹿っ、それ逆効果!! 「うん?」 益々顔を赤くして、体を固く縮こませ、うっすら涙目にまでなっている俺の態度の理由にようやく思い当たったらしい。 「可愛いよ、テッド」 そのままふわりと抱き寄せられた。当然裸の胸だ。 「〜〜〜〜っ!」 汗のにおいにはフェロモン効果もあるって聞いたことがある。体臭と汗のにおいが混じって……まずい。本気でまずい。 何とか理性を振り絞って、両手で胸を押し返す。 「あ、汗くさいっ。着替えてるとこだったんだろ。さっさと風呂行って汗流して来いよ」 本当は臭いなんてこれっぽっちも思ってないけど。 「ああ、ごめんね……。すぐ行って来るから、待っていてくれるかい」 「そんなに急がなくていいからな」 耳元に軽いキスを残してあいつが部屋を出て行くと、詰めていた息を思い切り吐き出す。 あー…やばかった…あのままだったら「抱いてくれ」って言い出し兼ねなかったぞ、俺。 流石に昼日中からそういう行為を始めるのはどうかと思うし(かなり今更だが)、あんなことでその気になってしまう自分も恥ずかしくて…とりあえずあいつが戻ってくるまでに躰の熱を冷ましておかなきゃと、部屋を出てトイレに向かう。 何か凄く情けないかも…… あいつとは屋敷に来てすぐ親しくなった。 ほわわんとしてる癖に突飛なこと平気でやるし、真面目なのかと思いきや俺が企んだ悪戯に最初は注意するけど結局はノリノリで乗って来るし。 とにかく一緒にいて楽しかった。 好きになったのは俺の方。あいつの周りに居た友達の中から頭一つ抜きん出たくて、冗談めかして「俺たち親友だよな」って言ってみた。 実はこのセリフ言うの、かなり緊張してたんだ。あいつは貴族のお坊ちゃんで、俺はただの孤児。マクドール家では家族扱いしてもらってるけど、本当ならこんな風にタメ口きくなんて許されない身分だ。 こいつの性格なら馬鹿にしたような目で見るってことはないだろうけど…困った顔をされる覚悟は一応、していた。 だから。 「ああ。テッドは俺の一番の友達だよ」 満面の笑顔とともに返された言葉に、どれ程嬉しかったか判らない。 あいつの笑顔も声も全部好きで、一緒にいると時間を忘れるくらい楽しくて、一日が終わり、明日の朝まであいつに会えないのが寂しくて。 この気持ちが何なのかを、ある日俺は突然自覚させられる。 今日は用事があるからと言われ、だったら久しぶりに買出しをしまくるぞと気合を入れて市場に向かったあの日。 家から市場に向かう途中には、待ち合わせにもよく利用されている大きな広場がある。人待ち顔で立つ長い髪の美少女に目を奪われつつ、広場の中央を突っ切ろうとして。 見知った後姿に足が止まった。 黒髪の背の高い青年が少女に近寄る。ぱっと笑顔になる少女。二人は楽しげな会話を交しながら、俺が向かおうとしていた方向へと歩き始める。 「…………」 気がつけば、俺は家に向かって全力疾走していた。バタンっと勢いよく扉を閉めベッドに倒れこむと、もう涙が溢れて来るのを止められなかった。 楽しそうに、笑ってた。 用事があるというのは、彼女とのデートだったのか。 美男美女で二人並ぶと凄く様になってた。男で、やせっぽっちのガキの俺と並ぶよりもよっぽど。 そのうち、今日みたいなことが多くなるんだろうか。 俺と会う回数が減って、その分彼女とのデートが増えて。 嫌だ!! 取られたくないという気持ちより、あいつと過ごす時間が少なくなるのが辛い。 あいつが俺を置いていってしまうのが悲しい。 嫌だ。嫌だよ。 俺を置いていかないでくれよ。 好きなんだよ……お前のことがっ! その次の日、昼過ぎになっても屋敷に来ない俺を心配して家までやってきたあいつは、俺の態度に首を傾げた。 いつも笑顔を絶やしたことのない俺が、家の中に招き入れた後も黙りこくったままなものだから、怒ってると勘違いしたらしい。 「テッド……俺何かしたかい?」 近づいて来た手のひらが頬に添えられる。大きな温かい手。昨日はこの手が彼女の肩を抱いたのだろうか。 「何か怒らせたのならごめんね……顔、見せて?」 ふんわりと優しく上向かされると、目に飛び込んで来る大好きな顔。 昨日散々泣いた俺の瞼は、腫れて相当ひどいことになってると思う。案の定、あいつは驚いたように目を見張り、その顔が近づいて来たかと思うと――。 「泣いてたのかい…?理由、話してくれないか」 瞼に唇が触れた途端、頭の中が真っ白になった。 普通、男相手に瞼とは言えキスするものだろうか。ああ、それよりも、俺の瞼にあいつの唇が触れたなんて。触れられた場所から生まれた熱が、顔から全身に広がる。 「……テッド?」 真っ赤になってしまった俺の顔を、慌てたように覗き込んでくる。薄めの唇……あれが俺の瞼に触れたのか。 俺も……触れたい。 あの唇、に。 「………っ」 服を掴んで引き寄せて、足りない分は伸び上がるようにして。 唇を押し付けた。 あーあ、これで全部おしまい。今日にも荷物まとめて出て行かなきゃ。 親友だと思ってた相手に実は惚れられてたと知ったら、こいつもショックだろうな。 ごめん。もう二度とお前の前には姿を現さないから。 だから頼むから、俺を嫌わないで。 滲みそうになる涙を堪え、重ねるだけだった唇を離そうとして、俺は驚いて目を見開いた。 え……なんで…? 離れようにも動けない。いつの間にか背中と腰に回った腕に、しっかり抱きしめられていた。 そして僅かに開いた唇の隙間から、温かいものが差し込まれる。ぬるりとした柔らかいもの。これは…舌?………誰の? ……えええええっ!!?? 「……ん…っ……」 驚きの声は唇に吸われて、鼻にかかった声に変わった。口の中を蠢く舌に、体から力が抜けていく。 今俺…キスされてる?こいつに? キス……してる……? 唇が離れた後もぼんやりとしている俺を、少しはにかんだような顔が覗き込む。 「テッドが可愛くて、つい夢中になっちゃったよ」 「…………何で………俺…男だぞ……」 こんな展開は予想してなかった。気持ち悪い、見損なった、出て行けなどの罵声が来るはずが、どうしてこんな事に。 「テッドからキスしてくれて凄く嬉しかったよ。俺もしたいと思ってたんだ」 「…え……?」 何だよ、それ。どういう意味だよ。 「でもどうしたんだい、急に。その瞼と関係があるのか?」 急とかそういう問題ではと言いたいことは色々あったけど、とりあえず一番聞きたかったことだけ口にしてみる。 「……昨日、広場でお前が女の子と歩いてるの見た…」 「テッドもあそこにいたんだ。彼女はカイ師匠のお孫さんだよ。師匠に新しい棍をプレゼントしたいから、見立てて欲しいって以前から頼まれていてね」 「……そうなんだ」 でもそれは彼女の口実かもしれない。だってこいつはこんなに格好よくて優しい奴だから。女の子なら絶対放っておかないはずだ。 だとしても、こいつには通じてないんだろうなぁ……へんなとこ鈍いし。 「もしかして、ヤキモチ妬いてくれたのかい?」 額が触れるくらいすぐ傍に、嬉しそうなあいつの顔がある。 その癖たまにやたらと勘がいいんだよ。くそっ。 「…………悪かったな」 プイと逸らした目線の端に、くすくす笑うあいつの姿が映る。 「嬉しいよ…テッド」 伸びて来た長い指に顎をとられ。 もう一度、今度は互いに合意の上で、深く長いキスをした。 まあそんなこんなで、キスの先に進むのは時間の問題だったな。 初めての時は二人とも男同士のやり方がよく判ってなくて、半分コメディみたいな感じだったっけ。 でも凄い幸せだった。あまりの痛みに声が出ない俺の髪を、労わるように撫でてくれる手が優しくて、終わった後は結構悲惨な状態だったんだけど、それでも幸せだった。 あいつが好きだ。 300年生きてきて、こんなに誰かを好きになったのは初めてだった。 あいつと一緒にいると、紋章のことも、俺の本当の年も全部忘れてしまう。忘れさせてくれる。 ただ一緒に居られる時間が愛しくてならない。 俺がトイレから戻ってくると、あいつも部屋にいて今度はちゃんと服も着てた。 「もう風呂入ってきたのか?早かったな」 「急いだんだよ。テッドこそどこに行ってたんだい?」 「え。…トイレだよ」 俺の返事に、あいつが楽しそうに笑ってる。こりゃバレバレかな。 風呂上りの、今度は石鹸の香りが漂う腕に抱きこまれて、またもやドキリとする。 「テッドも暑かった?少し汗のにおいがするね……」 逸らしたうなじをぺろりと舐められ、全身の血が沸騰する。 こ、こらっ、折角治めて来たってのに、これじゃ意味ないじゃないかっ。 悔しいのは、その気にさせられるのがいつも俺の方だって事。俺の気持ちを煽るだけ煽って、欲しいと強請るのはいつも俺。 あーあ、こういうのはより惚れた方が負けだよな。 結局昼間からそういう事になっちまうけどまあいいやと、しっとりと濡れる髪に腕を回して抱き寄せて、柔らかい耳たぶをそっと噛んで囁く。ささやかな仕返し。 「なぁ……抱いてくれよ……ラウル」 大好きな笑顔が返って来る。 *奎さんに捧ぐ* らテッドで「友達→親友→現在」になった過程、キスありということで |