「ただいまー!」
長旅を伺わせる薄汚れたマントを羽織ったテッドに気付いて、庭先で棍の稽古をしていた黒髪の少年が駆け寄ってきた。 「お帰りテッドっ!今回はどこに行ってたんだ?」 「ちょっくら群島諸国まで。久しぶりにたんまりマグロを食ってきたぜっ」 「いいなあ、後でたっぷり土産話聞かせてねっ」 緑の瞳を好奇心で輝かせる少年の頭をぽんぽんと叩き、 「おう、ところでオヤジさんは?」 「父さんなら裏の畑だよー」 再び稽古を始めた少年に手を振って、家の裏側に周る。 麦藁帽子を被り、雑草取りに励む大きな背中に向かって、テッドは全開の笑顔で叫んだ。 「ただいま、親友!」 「テッド!!」 テオそっくりに成長したサヤが、笑顔で振り返った。 久しぶりに帰ってきたテッドを迎え、マクドール家は一気に賑やかさを増した。 家族が集まる居間のテーブルで、向かい合って座るサヤとテッドは、もう誰が見ても親友同士には見えない。 むしろテッドの隣に座る、若かりし頃のサヤそっくりの少年の友達と言った方が納得する。 サヤとテッドの年齢差は、既に親子ほどになっていた。 だが間に流れる空気は昔と少しも変わらない。こうして顔を合わせれば、いつでもあの頃に還ることができる。 二人がサヤの妻と知り合ったのは16年前のこと。豪快で明るくて芯の強い彼女は、テッドの紋章の事を知っても全く気にしなかった。 すっかり意気投合し、彼女も旅の同行者となったが、やがて二人の間に恋愛感情が芽生え、続いて彼女の妊娠が発覚した事をきっかけに、サヤは放浪の旅に終止符を打った。 グラスランドの雄大な草原にはほど遠いが、自然の溢れるこの村に居を構え、旅から旅への根無し草生活ではなく、地に足をついて生きる道を選んだのだ。 家が決まった後、テッドは一人で旅立った。 彼女はせめて子供が生まれるまでいて欲しいと頼んだが、テッドは笑って首を振った。新婚さんの家にいつまでも居る訳にはいかねえし、一箇所に落ち着くより旅生活の方が性にあってるからと。 テッドにしてみれば、紋章の事も気がかりだったのだ。宿主に近しい者の魂を喰らう己の紋章。武人であるサヤはともかく、彼女や生まれたばかりの子供の側に居るのは不安だった。 数年に一度は顔を出すと約束して、ようやく彼女も引き下がった。以来約束どおり、テッドは2、3年に一度はこの家にやってくる。 「暫く見ないうちにすっかりでかくなって。サヤ、こいつら幾つになった?」 「上は15だ。テッドと旅に出た時の俺と同じ年になった」 「そっか。他所の子供が成長するのって早いもんだなあ」 「今度テッドが来たら言おうと思っていたんだ。テッド、次の旅にこいつを連れて行ってくれないか?」 「よろしくテッド!」 父親ゆずりの緑の瞳を輝かせている少年を見やり、テッドがニヤリと笑う。 「大丈夫か?途中でへばったら置いてくぞ」 「平気だよ!テッドがいない間、しっかり稽古したんだからねっ」 「そりゃ頼もしいな〜」 「………」 サヤの膝の上に座っていた下の息子が、羨ましげに兄を見つめている。兄と十も年が離れた弟は、外見だけでなく人見知りの性格まで父親から受け継いでしまったらしい。 「お前も大きくなったら、一緒に行こうな」 視線に気づいて、テッドが手を伸ばしてくしゃりと弟の髪を撫でると、みるみるその顔が輝いた。 旅装束のテッドの隣の場所は、サヤからその息子へと明け渡された。 やがて上の息子から、下の息子へ、更にその子供へと受け継がれていく事だろう。 (約束するよ、テッド) 故郷を旅立った時と同じ顔で、サヤはテッドに微笑みかける。 (この先もずっと、君を一人にはしないと) これがサヤの選んだ道だった。守りたい人が出来た時、サヤはずっとテッドと一緒に歩いてきた道から離れる決意をした。 時間はテッドを残して確実に過ぎていく。真の紋章を持たないサヤが共有できる時間は、彼の長い人生のほんの一部でしかない。 妻を家に残し、命尽きるまでテッドと共に行く事も出来た。 だがそれでは自分が死ねば終わってしまう。テッドを一人残すことになる。愛する人をも悲しませてしまう。 サヤはテッドの帰る家を作る事を選んだ。 故郷を失ったテッドが、いつでも帰れる場所となるように。サヤが死んでも、血を分けた息子が、孫たちが、いつまでもこの家にテッドを迎え、共に旅立てるように。 彼らはかつてのサヤのように、笑い、夢を語り、広い世界に羽ばたいて行くだろう。テッドと手を繋いで行ける彼らへの微かな羨望を胸に秘め、子孫へと恒久を託す。 何代も何代も。テッドの命が続く限り。サヤの血が残る限り。 (俺たちはずっと一緒だ) いつまでも、どこまでも。 サヤとテッドの旅は、そうして永遠に続くのだ。 完売した同人誌「風紡ぐ」を修正、編集して部分再録。 |