まどろみの中で



”どちらかしか生きられないなら、君が生きて。ジョウイ……”
何度も何度も、繰り返しあの日の夢を見る。
命のすべてを僕に与え、弱々しく微笑みながら、消えようとする命を振り絞って僕に生きろと言った君。
腕の中の温もりが徐々に失われていく、あの恐怖。
スローモーションでゆっくりとコウリの手が地に落ち。
絶望で声にならない絶叫を上げる自分。

………狂ってしまいたい





「おはよう。よく眠れたかい」
カーテンを全開に引かれた窓から差し込む光の眩しさで目が覚めた。まだ目が開ききらないジョウイに、声の主はくすくす笑いながらカーテンフックに持っていたそれを引っ掛ける。
「相変わらず寝起きが悪いね。昨日は疲れるような事してないのにな」
「…………」
意味ありげな笑みを浮かべ、シオンがジョウイの横に座った。ベッドの上に落ちる朝日は長い。その長さからおおよその時間を把握し、ジョウイが大きく溜息をつく。
「……シオン、随分早起きだね」
「そうかな。早く起きた方が一日を有効に使えるだろう?」
どうやら今日は甘えん坊モードに入っているらしい。寝起きでまだ結わかれていないジョウイの髪を一房取り、上目使いに見上げながら口付ける。さらさらと指の間を流れる髪が心地よいのか、掬っては流し、流しては掬うという行為を繰り返している。
寝起きの悪いジョウイと違って、シオンは早起きだ。ジョウイはシオンの眠っている姿を見たことがなかった。朝は当然見れないし、寝るときは部屋が別だからわざわざ行かない限り見れない。夜を共にする時は大抵ジョウイが疲れてすぐに寝入ってしまうので、彼と生活を始めたこの半年間、まだ一度もその機会に恵まれなかった。
一度だけ、夢にうなされて夜中に目を覚まし、水でも飲もうと台所に向かう途中シオンの部屋の前を通った時に、押し殺した声を聞いたことがあった。苦しそうな、嗚咽にも似たその声に、思わず扉を開けようとして…くるりと背を向けた。自分があの夢を見るように、シオンも悪夢に囚われているのかもしれない。彼の傍にいることで彼が救えるのならいくらでも傍にいるが、それが無意味である事は誰よりもジョウイが知っている。自分の中の闇は自分で乗り越えるしかない。ジョウイに出来ることは、せいぜい限界を超えたシオンの狂気を受け止めてやること位だ。……だから自分も限界を超えるまではシオンに助けを求めはしない。助けを求めて来ないという事は、まだ大丈夫なのだろう。
台所で水代わりにワインを飲み干し、自分の部屋に戻った。シオンの部屋からあの声はもう聞こえなかった。
「確かにそうだけど……僕まで巻き込まないでくれ。僕はまだ眠いんだ」
ジョウイが再びベッドに潜り込む。もうすっかり目は覚めていたのだけれど、シオンの思惑通りになるのは癪なので眠いフリをする。布団からはみ出したジョウイの髪で遊びながら、シオンはその耳を軽く引っ張った。
「折角起きたんだから、また寝ちゃ駄目だよ。今日の朝食当番はジョウイだろ。僕は御腹が空いてるんだ。ご飯作ってよ」
「……まだ朝ごはんには早いよ。食べたいんなら自分で作れば」
「ふうん。いいの?………じゃ勝手に食べるからね」
シオンの声が楽しげなものに変わり、嫌な予感に襲われたジョウイが慌てて起きようとしたが遅かった。
「………なっ!!」
今までジョウイがかけていた布団が顔の上に覆い被さってくる。シオンが足元から半分に捲りあげたのだ。
息苦しさに布団を跳ね除けようとするが、それより早くシオンがジョウイの胸の上に逆に跨り、それ以上布団を元の位置に戻せないようにする。よって布団はジョウイの首から上に丸まっていた。
戻せないなら横に跳ね除けようとするが、布団の一部をシオンがお尻で踏んでいるのでそれも叶わなかった。
「シオン!何をするんだっ。さっさと退いてくれよ、重いっ」
自由な足でバタバタと暴れるジョウイに、シオンは振り返ってにっこりと笑った。
「勝手に食べていいっていったろ。だから好きにさせてもらう」
「………えっ…?………」
言うが早いかシオンはジョウイの下半身につけていたものをすべて取り去った。何を言われたのか判らず呆けていたジョウイが、その言葉の意味を理解して一気に青ざめる。
「……まさか……やるつもりなのか?」
「うん。もう僕お腹ぺこぺこだし」
状態を屈め、剥き出しのジョウイ自身をそっと手に取る。そのまま口に含むとジョウイの抵抗はますます大きくなった。
「こらっ、離せってば!僕は食べ物じゃないっ。こんなことしたって……お腹はふくれな……んんっ……」
「食べ物だよ。ほら……これ、食べ応えありそうだよね。ちょうどいい太さで…固さだ」
喉の奥で笑いながら、舌でつつっと辿る。軽く歯を立てると、噛まれるのではないかという恐怖でジョウイの体がびくんと竦んだ。
「や……そういう事いうな……ん、んっ…離せ……」
「だーめ。これは僕の朝ごはんなんだからさ」
暴れる足を片腕で難なく押さえつけ、熱心に舌を絡ませる。巧みなシオンの舌技にジョウイ自身はすぐに硬度を増していく。
あられもない声を上げそうになって、ジョウイは顔の上にある布団に顔を埋めた。
やがてびくびくっとジョウイの体が痙攣し、シオンが体を起こした。口元を拭いながら、微かに振り返る。
「ご馳走様、ジョウイ」
「……………」
された行為よりも、言われたことの方が恥ずかしくて、キッとシオンを睨みつける。赤い顔で、潤んだ目で睨まれても迫力は無かったが。
「さっさと退いてくれっ!もういいだろうっ!」
「ん〜、ジョウイがカワイイ声を出してくれるから、止まらなくなった。このまま朝の一戦と行こう」
「あっ…どこ触って……んっ…」
「ほら、躯はもう感じてる……君だってあれだけじゃ満足できないだろ……」
ゆるゆると再び刺激を与えられ、ジョウイ自身が反応を返し始める。シオンの言うとおり、慣れた躯は次にくる快楽を覚えていて、与えられる刺激を貪欲に取り込もうとする。
「…………シオン、これ退かして」
「諦めたかい?」
くすくす笑いながら顔を覆っている布団を取り去ってやると、ふてくされた顔が姿を現した。
「一度いいだしたら君がやめないのは判ってるさ…」
「だったらもっと早く観念しなよ」
「一応嫌なことは嫌だって言っておかないとね」
「無駄だと思うけどな」
笑みと共に軽い口付けが下りてくる。悪戯が成功した子供みたいな無邪気な顔に、怒る気力も失せて苦笑する。
この笑顔が曲者なんだ、と頭では判っているのだけれど、どうも自分はこの顔に弱いらしい。
「やるんならさっさとやろう。今日は午前中に用事があるんだ、ゆっくりしてられない」
「はいはい、じゃさっさと済ませて本当のご飯食べさせてよね」
「要らないんじゃなかったのかい…?」
こんな風に笑いながらセックスする事もある。本当の恋人たちのように、幸せに、戯れるように。
自分たちの関係は一体何なんだろう。この関係は決して愛ではないけれど、躯だけの関係というにはその距離が近すぎる。
そう、敢えて名前をつけるとするなら”共犯者”だろうか。
互いの胸のうちに別の人間が住んでいることを知りながら、その人の代わりに相手を抱く、抱かれる。ジョウイはコウリをそういう意味で好きだったかどうか自分でも判らないのだが、シオンがジョウイに彼の親友を重ねているときに、ジョウイはシオンにコウリの影を重ねている。自分を抱く腕が、コウリのものであったらいいと思うことがある。
…それが現実になることはもう決してないけれど。





窓から差し込む光がベッドに届かなくなり、遅い朝食をとった二人はようやく一日の活動を始めた。ジョウイは道具屋に注文しておいた品を取りに行き、シオンは裏の湖に釣りに出かける。
静かな湖面に釣り糸を垂らしながら、反射する光に目を細める。
その目は先ほどまでとは違って、冥く淀んでいた。
ジョウイは気づいてはいない。朝の行動はいつもの気まぐれなおふざけだと思っている。
本当は狂気に飲まれそうになるのを必死に抑えていたのだ。目を見られないように、布団で視界を覆った。ジョウイの鋭い観察眼に見つめられたら、どんなに上手に隠していても気づかれてしまう可能性があったから。
最近おかしくなる間隔が短くなっている。すべてを滅茶苦茶に引き裂いてしまいたい、傷つけたいという激しい破壊願望。今はまだなんとか抑え込めるが、そのうち本当にジョウイを壊してしまうかもしれない。
大切な人を戦争ですべて失った自分とジョウイ。最初は互いに傷を嘗めあうだけの関係だった。シオンの中でそれが変化し始めたのはいつだったのか。テッドを想う気持ちの隣で、少しずつ大きくなりだしたジョウイの存在。
傷つけたいと思うのと同じ位、守りたいと思う。
かつてテッドを愛した〈傷つけた〉ように。

――そろそろ潮時かもしれない

いつまでも続けるつもりも無かった関係だ。ハイランドの国境近くの町で、精気のない生きた屍のようなジョウイを見つけたとき、シオンはすべてを悟った。コウリは自分の信念を貫いたのだと。


――僕はジョウイとは絶対に戦わないって決めたんです。もしどうしてもジョウイが戦うことを望むなら、僕はこの命を差し出します。ジョウイが僕を傷つける事はあっても、僕がジョウイを傷つける事は絶対に有り得ない。ジョウイの手にかかるんなら本望だ。……それにね、もし僕が彼に殺されたなら…彼にとって僕は絶対に忘れられない存在になるでしょう?ナナミを失った今、どんな形であれ彼の一番になれるんなら…この命は惜しくない


ジョウイに親友以上の想いを抱いていたコウリ。ジョウイがその想いを受け入れてくれるか判らなかった彼は、「ジョウイを傷つけない」という信念を貫き、命を落としたが…生きていて欲しかったと思う。ジョウイはコウリを受け入れただろう。今自分を受け入れてくれたように、いやそれ以上にコウリを包みこんでくれただろう。彼の心にコウリがいるのは明白なのだから。
こんなただ生きているだけの自分より、よっぽど生きていて欲しかった。
あの場に自分がいたら、死に行くコウリに自分の命を渡すことが出来たのではないだろうか。
この生と死を司る紋章、ソウルイーターがあれば。
……だがすべてはもう遅い。


――ごめん、コウリ……。もう少しだけジョウイを貸してくれるかい?あと少ししたら、きっと彼を解放するから…

瞼を閉じる。もう少しだけこの優しい時間に浸っていたい。互いを思いやる、ぬるま湯のような関係に。
長い時間が流れ、日が傾き始める。閉じられていた瞳がゆっくりと開いた。
そこにはもう狂気の色は無かった。









END

 


「約束の地」でコウリが死んだバージョンです。なんだかんだいって坊ジョも甘くなりそうな予感……。


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