謎のアルバイト


「さて仕事に行ってくるか」
残っていたお茶を飲み干し、テッドが椅子から立ち上がった。
「え、これから仕事?」
冬の一日は短い。もう数ヶ月も後ならともかく、午後のお茶を終えた後からというのは、子供が働くにしては少々遅い時間である。
「ああ、先方さんの都合でさ。できるだけ夜来てほしいって言われてるんだ。向こうが帰宅してからの仕事だから、仕方ないんだよな。今月から始めたんだけど、これが割りのいいバイトで。楽な上に給料がいいんだ」
「ちぇっ、面白い本を手に入れたから、一緒に見ようと思ってたのに」
「悪い。また今度な」
申し訳なさそうに片手を挙げ、テッドは自分の分のカップと皿をトレイに乗せ、台所経由で屋敷を出て行った。
そんなことが数回続いても、最初のうちはそれ程気にはならなかったのだが。



……怪しい。


一ヶ月も経つと、いい加減疑い始める。
幾ら割がいいバイトだからと言って、毎日働くものだろうか。
普段の日はともかく、休みの日もばっちりだ。それこそ一日も休まず、テッドは「バイト」に明け暮れている。
平日は、夕食の時間帯辺りから夜まで。休みの日は、朝からだったり昼からだったりまちまちだ。お陰でここ1ヵ月、テッドと平日の昼間以外遊べた試しがない。
何のバイトをしているのかと問えば、モデルだよ、と返事が返ってきた。
モデル?テッドがモデル?
疑いは益々濃くなった。
悪いけど、テッドをモデルに絵を描くような物好きな画家がいるとは思えない。
モデル料を払えるような画家だったら、テッドのような子供よりも、若くて綺麗な女の人を選ぶはずだ。
プロのモデルを雇うほどのお金が無いからテッドなのかもしれないが、テッドは給料がいいと言っている。しかも毎日だ。この一ヶ月で金額はかなりの額になっているだろう。
本当にテッドがモデルをしているなら、やはりその画家はそこそこ売れている画家という訳で。
(もしかして、モデルだけじゃなくて変なこともしてたりとか…)
慌てて頭を振って、浮かんだ考えを振り払う。そんな事ある訳ない!テッドに限ってそんな!
……でもやっぱり怪しい。
取り合えずテッドに怪しまれないよう、さり気なくバイト先の情報を聞き出してみた。

・仕事はほぼ毎日。一日3、4時間。その日によって短くなったりもする。
・時給はかなりいいらしい。(テッドはこのバイトを始めてから、他のバイトを全部辞めた。掛け持ちが大変ってこともあるんだろうけど)食事付き。
・仕事内容は絵のモデルである。
・勤務先は毎日変わる。

勤務先が毎日変わるってのが不思議だったが、どうやらテッドをモデルにしている画家は一人じゃないらしい。それどころか、信じられないけどかなりの人数いるんじゃないかと思う。
何故なら、訊く度に行き先が違うのだ。
この町にそんなに画家が居たっけ!?と叫びたくなる人数だ。
基本的に同じ画家の所に行くのは、一ヶ月に一回なんだそうだ。そういう約束になっているらしい。
聞けば聞くほど判らなくなってくる。一体テッドはどんなところでバイトしてるんだっ。



「え、俺のバイトの様子を見たい?見ても面白くないと思うぞ。じっと座ってるだけだしさ」
三ヶ月が過ぎた頃。とうとう我慢しきれなくなって、テッドに頼み込んだ。
テッドを疑うつもりはないが、この謎が解けない限り気になって勉強も手につきやしない。(言い訳だ)
「じゃあこれから一緒に行くか?今日の人は一般参加者じゃないから、頼めばいいって言ってくれると思うぜ」
(一般参加者?)
テッドの後について歩きながら、新たな謎の言葉に頭を傾げる。
「俺もあの家は三回目なんだ。主催の協力者だから、多分毎月お世話になると思う。まだ絵を描き始めたばっかりらしくて、バイトの時間内に絵が描きあがったことは無いけどな」
「主催?協力者?描き始めたばっかりって…素人なの?」
「あ、もしかしてプロの画家のモデルだと思ってたのか?俺みたいなガキをプロが使うわけないだろ。絵の好きな人たちが集まってる会の、専属モデルなんだ、俺。」
「専属モデル……」
何だかプロのモデルをしていると言うよりショッキングな事を聞かされたような気がするのは、気のせいだろうか。
「その人たちはみんなテッドを描いてるの?」
「ああ、一年間の契約で、一日一枚ずつ絵を展示して行くんだってさ。画廊に行けば見れるぜ。俺の絵ばっかりだから、ちょっと恥ずかしいけどな」
「一日一枚ずつ!?テッドの絵ばっかりの画廊!?」
一体どんな団体なんだ、それはっ!
「さあ着いたぜ。こんばんはー」
勝手知ったるなんとやらで、テッドは返事も待たずにさっさと家の中に入って行く。慌てて後を追うと、テッドが家主とにこやかに話をしていた。
「俺の友達が見たいって言うから連れてきたんですけど、いいですか?」
「勿論よ。ゆっくりして行ってね」
「どうも…」
普通の女の人である。ベレー帽を被り、油絵の具の臭いをぷんぷんさせているといった、イメージしていた画家とは全然違う。
「じゃ早速そこに座ってくれる?テッド。お友達さんはこちらへどうぞ」
「暇だろうけど大人しくしてろよー」
軽く頷き、家主の横に置かれた椅子に腰を下ろした。椅子に座ってポーズを取るテッドと、それを描いている女の人のキャンバスを交互に見る。
……うーん、確かにあんまり上手くないや。
「下手だから傍で見られてると恥ずかしいわ。もう少し離れてくれるかしら」
「あ、すみません…」
椅子を持って彼女とテッドの中間点にまで移動する。
本当にモデルやってるんだ…

4時間後、彼女の絵はやっぱり完成しなかった。



その帰り道。
「一年契約って言ってたよね。つまり一年間はテッドは毎日誰かの所でモデルをやるわけ?」
「数人一度に描く日もあるから毎日って訳じゃないけど、大体な」
「ふーん…」
声に出さない不満が伝わったのか、くしゃりと頭を撫でられた。
「今年一杯だから我慢してくれよ。今度一緒に画廊見に行こうぜ。いい男に描かれててモデル冥利に尽きるってもんだ。画家さんたちはみんな美人だしな〜」
「え、女の人ばっかりなの?」
「男の人も居るけど、殆ど女の人だな。そういう会みたいだぜ」
「ふーん……その会何て名前?」
「日めくりテッドカレンダー」








翌年。



「……一年契約なんじゃなかったっけ?」
「いやー、俺のファンが多くて一年だけじゃ足りないから是非もう一年!って頼みこまれちゃってさー。皆さんいい人だし、断りきれなくって、つい」
何がついだ。嬉しそうに鼻の下伸ばして。画家さんたちと会えるのが嬉しいんだろう。
「でも去年と違って毎日じゃないから。週に2、3回なんだよ。今年はそういう契約なんだ」
「ふーん」
必死に言い訳しているテッドを斜め視線で見ながら、画廊に並んでいた絵を思い出す。
一日一枚ずつ増えていく絵の数々は、お世辞にも上手いと言えないものもあったが、どの絵のテッドも凄く生き生きとしていて。
画家たちの、想いの深さが伝わってくる作品ばかりだった。
どの人も、みんなテッドの事が好きで描いている。それが良く判った。
実は毎日画廊に通っていたことは、テッドには内緒だ。
悔しいから絶対教えてやるものか。
「そろそろテッド描くの飽きられたんじゃないの。去年一年描いたわけだしさ」
「そんな事ないって!…と言いたいとこだけど、そうなのかもなあ……最近画家さんたちも忙しいらしくて、中々お呼びがかからなくってさぁ…」
がっくり肩を落としているテッドを見ていたら、哀れになった。
「大丈夫だよ。5月になったし、きっとまた皆さん描いてくれるよ。元気出して」
「そうだよな……うん。くよくよ悩んでも仕方ないよな!…って5月になったらって何なんだ?」
「4月は年度始めで忙しいからね。5月の半ばになったら落ち着くだろ」
「年度始め?え?」












テッド尽くし5月投稿作品。
昨年もそうでしたが、4月5月は投稿が少ないらしい。新年度は生活が変わるから、仕方ないんでしょうね。
てな訳で、投稿を推奨する為に書いてみました。
こういうお遊び的な話書くの大好き。日めくりでも反響があって嬉しかったです。

坊が画家の所に一緒に行ったら、坊もモデルにしない訳がない!と赤井さんに突っこまれました(笑)
モデルにした人もいるでしょう。坊とテッドの両方が描かれている絵の時は、坊ちゃんも一緒だったんですね。
でもこの話の彼が坊だとは、
一言も言ってません。
坊かもしれないし、坊じゃないかも。敢えて一人称(僕、俺)は書きませんでしたので、お好きなように受け取って下さい。

ちなみに話に出てきた画家は、主催の協力者=共同管理人、自分です(笑)
最近は4時間あれば描けるようになりましたが、去年の三月なんて一体何時間かかっていたのやら。

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