喪失への予感



誘うのはいつも僕の方から。

何気ない会話の間に、時々ふっと訪れる静寂。
それまでの楽しい雰囲気が嘘のように、目と目があった瞬間僕たちの間に流れる空気がぴんと張り詰める。
一瞬とも永遠ともつかない、その息苦しい空気を一掃するのはいつもテッドの声だ。
彼のやや低めの、かすれた感じの甘い声がたてる笑い声に、張り詰めた空気は大抵溶かされていくのだけれど。
何回かに一回は、空気が変わらない時がある。
それは。
「テッド」
彼の名を呼ぶ、いつもより低い僕の声に、テッドの笑顔が強張った。
僕と視線が合うと、すっと逸らされる。まるで怯えている小動物のような目。
・・・・違う、まるでじゃない。怯えているんだ。
こういう時の僕が言うであろう一言を聞くことに、テッドは怯えている。
「俺のど渇いたから、水飲んでくる」
そういってさり気なく僕から逃げようとするけれど。
逃がすわけないじゃないか。僕は今そういう気分なんだ。
立ち上がろうとするテッドの腕を掴んで引き寄せると、すっぽりと彼の体は腕の中に収まった。
僕と同じくらいの体格なのに、不思議だね。こういうときのテッドは僕よりも小さく感じる。
「おい、シオン・・・・っ」
「黙って・・・・・」
慌てて逃れようとするテッドの耳元に、掠れた声で囁くと目の前の肩がびくりと震える。
厚めの耳たぶをそっとあま噛みして、耳の中に舌を差し入れる。直接注ぎ込まれる濡れた音と、ざらざらとした舌の感触に耐え切れずに、テッドが小さな喘ぎを洩らす。
「・・・・んっ・・・・・」
切れ切れの呼吸の合間に漏れるその声はひどく悩ましくて、益々僕の性感を刺激する。
「テッド・・・・・」
名前を呼ぶとテッドが嫌々するように首を振る。
僕は小さく笑んで、テッドが聞きたくなくて逃げていた言葉を口にした。
「君が欲しい・・・」
「・・・・・・・・」
ぎゅっと強く閉じられる瞳がテッドの心情を物語っている。
僕たちを親友以上のものに貶めるその言葉を、僕が初めて口にしたのはいつだったろう。
彼といると楽しくて、ドキドキした。自分では想像もつかないテッドの行動から目が離せなくて、一日中彼の後をくっついて回っていた。たまに彼が何かの用事で会えないときは、ひどくイライラして周りの者たちに当り散らしたりもしていた。
テッドの事を親友としてだけではなく、恋愛対象としてみていることに気づくまでは。
珍しく1人で買い物をしていたある日、偶然近所に住む一つ年下の少女とテッドがキスしているのを目撃して頭の中が真っ白になった。
一刻も早くその場を離れたいのに、体は動いてくれなくて。
結局テッドたちがその場を立ち去るまで、動けなかった。
その後さり気なさを装って少女の事を尋ねてみると、テッドは照れくさそうに笑った。
「見てたのか。彼女ずっと俺のことが好きだったって・・・。今度セイカに引っ越すんだそうだ。それで最後の思い出にってな」
テッドは、その子のことが好きなの?
「嫌いじゃないよ。いい子だし」
嫌いじゃなかったら、キスできるの?
「そんなに大げさなものじゃないさ。親愛の証だよ」
あの子はそう思ってないよ。あの子の目は、真剣に恋する少女の目だった。
「やけに絡むな。お前にとっちゃあ、好きでもない子とキスするなんて不純ってことになるんだろうが、俺の育ったあたりではマウストゥマウスのキスなんて日常茶飯事だったんだぜ」
だったら僕にもしてよ。
「え・・・・・?」
日常茶飯事だったんだろ。親愛の証なんだろ。僕にもキスしてよ。
僕の真剣な目にテッドは驚いていたけど、やがて。
「目、閉じろよ・・・・」
言われるまま目を閉じると、微かに触れた唇。
風が通り抜けたような微かな口付けに、脳が融けそうになる。
テッドは親友だとか、男だとか、そういった理性は一気に本能に侵食されて。
「これでいいか。何ぴりぴりしてるんだよ、お前・・・・」
口付けを終えて、離れていこうとする体を抱き寄せた。
「シオンっ・・・・・!?」
暴れる体を、少し前までは親友だったその体を、
無理矢理抱いた。


以来時々襲ってくるテッドに対する押さえがたい欲望が限界を超えると、僕はテッドを抱いた。
普段は普通なのに、何かの拍子でにそれは急激に堰を切って溢れてくる。
そんなときの僕の目には冥い光が宿り、声はいつもよりも低くなる。自分でもおかしいという自覚はある。ただ、今抱かなければ、手に入れなければという焦燥感に追い立てられて、嫌がるテッドを抱く。テッドにしてみれば、親友と思っていた相手に裏切られ、逃げ出そうにも逃げ出せない今の状況は苦痛以外の何ものでもないだろう。
テッドが逃げ出せないように、最初に打った手が功を成している。
君が逃げたら、僕は死ぬよ?
初めて彼を抱いた夜、身支度を整えて出て行こうとしたテッドに見せ付けるように、側にあった果物ナイフで手首を切った。
躊躇わずにすっぱりと切りつけた手首からは、真っ赤な鮮血が溢れ出す。
逃げるのも忘れて、慌てて僕の手の止血をするテッドを見て、手に入れたと思った。
ずっと欲しかったもの、飢えていたものを手に入れた。

「本気で嫌なら、逃げて。でないと僕は自分では止められないから。僕を殴ってでも、怪我させてでもいいから、僕から逃げてよ」
「シオン・・・・・」
腕の中のテッドが、僕を見返してくる。
「逃げないの・・・・?」
「そんな顔したお前から、逃げれるわけないだろうが」
抱きしめられていて動かせない両手をなんとか伸ばして、テッドが僕を抱きしめ返してくれた。
「そんな、泣きそうな顔するなよ」
ふんわりと目の前でテッドが微笑う。自分のほうが泣きそうな顔をしているくせに。
僕がおかしくなっていくのが辛くて浮かべる切ない笑顔が、僕の胸を締め付ける。
「俺はここにいるからさ」
結局俺ってお前に甘いよなあ、と呟きながらテッドが触れるだけのやさしいキスをくれた。
おでこに、頬に、唇に、母親が子供に与えるようなキスに、壊れかけていた僕の心が癒されていく。
いつまにか僕は、テッドの唇を激しく貪っていた。
自由になったテッドの両手が僕の頭を抱えるように伸ばされる。
シュッと乾いた音を立ててバンダナが解かれた。
「テッド・・・・?」
普段はバンダナで覆い隠されている僕の髪に指を絡ませ、何度も漉く。髪の間に送り込まれた空気が、うっすらと汗ばんでいた僕の髪を冷やしていく。
「頭冷えたか。いつもバンダナで覆ってて風通しが悪いから、煮詰まっちまうんだぜ」
からかうようなテッドの物言いに、失礼なと思ったが実際はテッドの言うとおりだった。
テッドの指が髪を漉いていく度に、呼吸が楽になった。何かに追い詰められるような危機感が薄らいでいく。
いつのまにか僕はテッドの肩に頭をもたれさせ、与えられる心地よさに酔っていた。
長い間テッドは僕の髪を漉いたり撫でたりしていた。手慰みにしていると思われるその行為に、心が癒される。
「・・・・・ごめん」
口を吐いてでた謝罪の言葉に、テッドが小さく笑った。
「何で謝るんだ?」
「何ででも。今は謝りたい気分なんだ」
「変なヤツ」
僕がいいたいことに気づいていて、それでも気がつかないフリをしてくれる、やさしいテッド。
テッドの行為で今は衝動が収まったけれど、またいつ爆発するかわからない。
その度に、僕は君を傷つけてしまうのだろう。なのに君はずっと僕のそばにいてくれる。僕を癒してくれる。
本当は手首なんか切らなくったって、君は僕の側にいてくれたんだよね。
愛してる。陳腐な言葉だけど、この言葉でしか僕の気持ちを表現できない。
「ずっと・・・僕の側にいて。僕を見捨てないで」
応えは口付けで返された。
しっとりと包み込むようなキスが、言葉以上にテッドの気持ちを伝えてくる。
―――側にいるよ。
―――ずっと、ずっとお前のそばにいるから。
―――たとえそれがどんな形でも。
予感がするんだ。僕の勘なんて当てにならないけど、でもこれだけは確実になりそうな気がする。
 テ ッ ド を 失 う
彼という存在を永遠に失ってしまいそうな、予感。
その予感を払拭する為に、がむしゃらにテッドを抱いても。
不安は消えない。それどころか日一日と激しくなっていく。
 テ ッ ド を 失 う
それはきっと近いうちに起こる現実。
変えられない、未来。

「これだけは忘れないで。この世で一番大切なのはテッドだから」
だから伝えておきたい。僕の今の気持ち。
いつか離れてしまうことがあっても、彼が一人ぼっちになっても、テッドには僕がいるんだって事を覚えていて欲しいから。
「俺も・・・お前が一番大事だよ」
だから・・・という続きは唇が動いただけで、音にはならなかった。




「・・・・俺がオトリになる・・・・そのあいだに・・・逃げてくれ・・・」
迫り来る別離の始まり。




「今度は俺の魂を盗み取るがいい!」
永遠の、別れ。


「お前がいたから・・・耐えられた」
ウィンディに捕まっていた間、お前の言葉を思い出したから。
俺はこうして笑って死んでいける。



「ずっと・・・・そばにいる・・・から・・・・・」










「テッド・・・・・・・・!!!!!」










*HANAさんに捧ぐ*

リク内容と違うものになったような気がする・・・・。ごめんなさい・・・・。
グレッグミンスターですでにやっている二人です。年も表より上で16歳くらいかな。
坊ちゃんすでに壊れ始めてるし(笑)基本的には表と同じ性格なんですけどね。
経験があったか無かったかの違い(笑)


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