The drop of affection



俺の生まれた村では、キスは親愛の証として日常的にするものだった。
親子、兄弟、同性同士、なんでもありだ。恋人や夫婦のキスのようにぶっちゅり舌を入れてってのは流石にしないけど、唇の端や先端を軽く触れさせるキスは挨拶と同じ扱いだ。グレッグミンスターなら握手ってとこかな。
結界によって閉ざされた小さな村で、他所者が来なかった所為もあるんだろうな。とにかく村人みんなが仲良くて、朗らかで、お人よしが多かったように思う。
他所ではこの習慣が通用しないという事は、故郷を出て数ヶ月が過ぎた頃には気づいていた。町中では誰もキスをしていなかったし、むしろ人と直に触れ合う事自体避けている節があった。
今いる場所が故郷であると錯覚すらできない、乾いた人間関係しかない現実は、家族も故郷も失った俺を更に寂しさに追いこんだ。
村を出て半年目に養い親に拾われた時、俺は彼らにキスを求めた。
村でのように唇にじゃなくてもいい。頬に、額に、手に、キスを。
老夫婦はそんな俺の気持ちを汲んで、それから毎朝、毎晩キスをくれた。
泣きたいほど幸せだった。
彼らの魂は紋章に喰われてしまったけれど、彼らがくれた温かさは一生忘れない。



「テッーっド」
何だ?と振り返った途端、唇に感じた柔らかいもの。
「……シオン」
がっくりと肩を落とす。確かにこういうコト(要はキスだな、うん…)を教えたのは俺だけど、だからってこう頻繁にするようになるなんて普通は思わないだろっ!
キスの練習台になってやって以来、シオンは時々俺にキスをしてくる。
勿論恋人同士がするような熱い奴じゃなくて、俺が村でしていたような軽いキスだ。
キスされる事自体は別にどうでもいいんだけど…シオンが男にしているのをみつかるのは困る。
マクドール家のお坊ちゃんが男色趣味なんて噂が立ったら、俺を拾ってくれたテオ様に申し訳なさ過ぎる。
「あのなぁ、キスしたいんなら可愛い彼女作ってその子としろよ。例のラブレターくれた女の子はどうしたんだ?」
「断っちゃった。だって付き合うことになったら、テッドと遊ぶ時間がなくなるだろ」
さらりと明るく返ってきた返事に苦笑いする。
彼女と過ごすより友達と一緒の方がいいなんて、まだまだシオンは子供なんだ。
「とにかく俺にキスするのはやめろよな。人に見られたらどうすんだ」
「人がいるとこではしないよ。今は僕とテッドの二人っきりでしょ」
「そういう問題じゃなくてな……」
ううむ、どうしたものやら。話の基本的な部分がシオンに通じていない。
「テッドは僕がキスするの嫌なの?」
「嫌な訳じゃないけど…」
キスが挨拶だった俺の村とは違い、グレッグミンスターでは唇を重ねるキスは男女間でのみ行われる愛情行為だ。男同士のキスは、同性愛者として侮蔑の視線に晒される。
そこら辺はシオンだって判ってると思うんだけどなあ。
「なら人に見られなきゃ問題ないよね」
にこっと笑って、目の前の顔がもう一度近づいて来る。今度は唇の端ギリギリに口付けられた。
確かに人に見られなきゃ問題はないけどさ…でも。
「何で俺にキスするんだよ」
疑問は残る。興味本位でしているというには、シオンのキスには生々しさはない。小さな頃、祖父や村の人がくれたのと同じ好意を伝える優しいキスだ。
どうせ「したいから」とか訳の判らない返事が返って来るんだろうなという俺の予想は、大きく裏切られた。
「テッドがして欲しそうだったから」
「……はぁっ!?」
どこをどう見たらそんな事になる!
「えっとね、二度目にキスしたときかな。その時は冗談のつもりだったんだけど、テッド、キスした後凄く安心したような顔したんだ。あれっと思ったから暫くしてまたキスしてみたら、やっぱりその後テッドの雰囲気が柔らかくなったんだ。自覚なかったんだね」
「マジかよ……」
俺に自覚なんてある訳なかった。二度目にキスされた時ってどんなだったっけ?
……駄目だ、覚えてない。
「本当だよ。だからイライラしてる時や辛そうにしてる時に、キスするようにしたんだ。気持ち楽にならなかった?」
「…楽にって…」
シオンのキスはいつも不意打ちだったので、その前後の事はあんまり覚えてない。ないけど…そう言われてみればそうだったような気がして来る。
「じゃあ今は何でだよ。別にイライラはしてなかったぞ」
「でも寂しそうにしてたから」
「…………」
まいった。
何て言い返したらいい?
そんな事ないって、お前の気のせいだよ。
ちょっと考え事してたから、それがそういう風に見えたんだろ。
心配してくれたのは有り難いけど、お前の勘違いだって。
誤魔化す言葉は幾らでも思いつくのに、それを声に出すことが出来ない。
そうだよ。
シオンの洞察は当ってる。
俺は今300年近くも昔のことを思い出して、切ない気持ちになってた。
もう一度、彼らにキスして貰いたいと思ってた。
そしてシオンにキスされた今は――その気持ちがなくなってる。
「違った?」
首を傾げて覗き込んでくるシオンの裏のない素直な顔に、俺は自分の敗北を認めた。
「違ってない。………サンキュな」
くしゃりと柔らかい黒髪をかき上げてやる。シオンがにっこり笑った。
「良かった。これからもまた時々キスしてあげるね。ちゃんと人がいないとこでするから大丈夫!」
大義名分を与えてしまった俺は、苦笑しか出てこない。
「でもさ…前も言ったけど、お前男にキスして平気なのか?」
これがきっかけで、男でもいい嗜好の持ち主にしてしまったらまずい。
「僕も前に言ったよ。テッドだからいいって。他の男にはしないよー」
僕そろそろ稽古の時間だから行くねっ、とシオンは俺の返事も聞かずに部屋を飛び出して行った。
取り残された俺はといえば、意味深なセリフに益々頭を抱えるばかりだ。
「どういう意味なんだよ、それ……」





その日、懐かしい夢を見た。
まだ何も知らないガキだった頃の夢だ。全てを失った日。じいちゃんと村と、俺自身の時間を奪われた日の夢。
未だぶすぶすと燻る崩れた家屋を背景に、突然の出来事に訳が判らず泣きじゃくる俺を、「あの人」が抱きしめてくれている。
顔は見えているけど見えない。俺が覚えていないからだ。
彼は小さな俺を、後ろにいる同行者たちに見えないよう自分の腕の中に抱き込むと、そっとキスしてくれた。頬や額にではなく唇に。
そのお陰で、俺の涙は止まった。
優しい、優しいキスだった。











*三笠さんに捧ぐ*


坊とテッドが初めて会った時の話でレベル2(キス)という事で、初めてを坊ではなくテッドサイドで捉えてみました。
出会ってすぐキスっていうのは裏シオンでもできそうになかったので苦肉の策ですが、結構上手くまとめられたなと思ってます♪
前に書いた話との辻褄合わせが楽しかったり。
この話は「第一次接近」と「再会のメビウス」にリンクしています。メビウスではキスシーンはないですが、そこは書かなかっただけであったんだと思ってください(笑)
養い親の老夫婦の事は、同人誌「闇の中の腕」の書き下ろしで書いています。
ちなみに過去の紋章の村の時点では、坊はまだテッドに恋してませんので友愛のキスです。

長らくお待たせいたしました。三笠様、リクエストありがとうございました!




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