君といた冬


「テ―――――ッドっ」
どすん
「ぐぇっ」
名を呼ぶ声と共に、何か重たいものが圧し掛かってきて、目が覚めた。
顔は見なくても、その重圧の原因は判っている。こんなことやるのはあいつしかいない。
「シオンッ!!何しやがるっ、朝っぱらから俺を殺す気かっ!!」
布団ごと重石であるシオンの体を撥ね退けると、全く邪気のない顔と目が合った。瞳は興奮してきらきらしている。
「起きてよ、テッド。凄いんだってばっ」
「あんな起こし方しなくても、起きるよ。あーあ、くそー、いい夢見てたのにな……」
しぶしぶベッドから降りると、冷やりとした冷たい空気に身を奮わせる。なんだかえらく寒いな。
シオンも俺の家に来るだけにしては、マフラーに帽子に手袋にと完全防備だ。
「早く、早くっ。朝ごはんはうちで食べればいいからさ。着替えてよ」
「ちょっと待てって……何そんなに急いでるんだよ」
なんとなく想像はついたけど、一応聞いてみた。この気温にシオンの格好、それにこの嬉しそうな顔と言えば………
「雪だよ、雪っ。凄いんだ。昨日の夜から降ったみたいで結構積もってるんだよ。グレッグミンスターに雪が降って、しかも積もるなんて何年ぶりだろうっ。だから早く行こうよっ」
やっぱり……俺は密かに溜息を吐いた。
雪が嬉しいのは子供の証拠だ。大人にしてみれば、雪かきはしなくちゃならないわ、凍って危ないわ、何より寒いわで嬉しくもなんともない。
例に洩れず、俺も雪を喜べなって数百年経つ。こんなナリだから子供がいる家ではよく雪遊びに誘われたが、本当はご遠慮願いたかった。
雪の日は暖かい部屋でごろごろする。それが一番だ。
だがシオンのこの嬉しそうな顔。これは雪遊びに付き合わなくちゃならないだろうなぁ……。ここらはあんまり雪が降らないからなあ………。
諦めて俺は着替えを始めた。できるだけ暖かそうな服を選ぶ。
着替え終わると同時に、待ち侘びていたシオンが俺の腕を掴んだ。
「行くよっテッド!!」
「わかったから、そんなに引っ張るなよ〜〜」
引きずられるようにして、俺たちは白銀の世界に飛び出した。




「グレミオ〜〜手と足が痒い〜〜」
「濡れた手袋で一日中雪遊びしていれば、霜焼けになるに決まってます。ほら、薬を塗りますから手を出してください」
シオンが霜焼けで真っ赤になった手を差し出す。朝から一日中休みなしに遊んでいたシオンの手と足には、見事な霜焼けが出来ていた。
俺は時々暖かい部屋に戻っていたし、シオンのように考えなしに雪を触っていなかったから綺麗な手のままだ。
雪に浮かれたシオンは「雪の妖精〜」といって雪に寝転んでばたばたしたり、雪だるまを何個も作ったり、手袋を外して手の熱で雪玉の表面を溶かして固い玉を作ったり、雪溜まりにわざと足を突っ込んだりと、雪を満喫しまくっていたので、こうなることは想像がついていたのだが。
「まだ痒いよ〜」
「そんなにすぐには治りませんよ。痒いからといって、掻かないでくださいね」
痒い〜と喚くシオンを残して、グレミオさんは部屋を出て行った。だーから時々休憩しろっていったのに。グレミオさんにも散々言われてたのに聞かなかったシオンが悪い。
とは思いつつも、痒さにのた打ち回っているシオンを見ていたら哀れになった。
俺は血行がいい方なので、霜焼けを作ったのはまだ俺が紋章を受け継いでいない、本当に小さな子供だった頃一回だけだ。その一回も今のシオンのように、夢中になって雪遊びした時に出来たものだった。
あの時はほんとに痒くて辛かったっけ。ええと、どうしたら楽になるんだったかな。
「……テッド?」
「じっとしてろよ。マッサージすると血行が良くなるから」
シオンの手をとって、ゆっくりと摩ってやる。指先の一本一本を揉むようにして、マッサージする。
「それ、痛いよ」
「我慢しろ。揉まなきゃよくならないぞ」
喚いていたシオンが大人しくなり、じっと俺の手元を見詰めている。俺は丹念に冷えた手を揉み解していった。
「ほら、今度は足」
「足はいいよ。そんなにひどくないから」
「いいから足出せって。今だけだからな。明日はやってくれっていってもやってやんない」
「う―――」
唸り声を上げシオンが足を差し出す。手ほどではないが足も大変なことになっている。
足をとって摩ってやると、指先がぴくりと震えた。ゆっくりと時間をかけて凍えた足を解してやる。
「なんか王様になった気分」
「俺は従者かよ。……王様、いかがでございますか」
「うむ、苦しゅうない」
王様ごっこをしながらも、手は休めない。
「テッド……」
「何だよ」
「ありがとう………」
蚊の鳴くような声が頭上から降って来て、俺は俯いたまま小さく笑った。
見なくても今のシオンの表情は判る。だったら見ないでやるのが親切だよな。
「気にすんなよ。早く直して、また遊ぼうぜ」
「うん」
その後俺はマッサージに専念し、シオンは黙って足を任せていた。


一ヶ月後。
「テ――――ッドっ」
どすん
「またかっ!!その起こし方はやめろ―――っ」
「また雪降ったんだよ―――っ。遊びに行こうよ――っ」
「俺は寒いのは嫌なんだっ。お前一人で行けっ」
「一人じゃつまんないよ。ついて来てくれるだけでいいからっ」
「また霜焼けになるぞ」
「大丈夫。今度はグレミオに濡れても平気な手袋買って貰ったから。だ―か―ら行こ――。一緒に遊ぶって言ったじゃないか―」
「それは普通の遊びのことで……ああもう、判ったよっ。お前本当に雪好きだなあ」
「僕寒いの平気なんだ。冬生まれだからね。ほら早く着替えてよ―」
「……雪なんて嫌いだ……」

その年例年にない寒波のおかげで、グレッグミンスターでは数回雪遊びをする子供たちの姿が見られたという。





*さくやさんに捧ぐ*

朝起きたら雪が積もっていたので思いついたネタ。子供のときは雪好きだったのにね。私も血行がいいほうなので、しもやけの辛さがわからなくて、周りの人に聞き込みしました(笑)


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