砕け落ちた欠片
……バタンっ 古びた木の扉が重い音を立てて閉じられる。 「…………っ……」 安全地帯である自分の家と下界を遮断する扉に背を預け、大きく息を吸う。 ―――苦しい。 何故こんなにも。 息が出来ない。 胸が。 心が。 締め付けられる。 こんなことは今までだって何度もあった。初めてじゃないのに。 悪気があって言った言葉じゃないって判ってる。 あいつが俺の事情を知ってる訳はないのだし。 ……何でもない事だろう? いつものように笑って流せばいい。 そうやってずっと生きてきたじゃないか。 だけど。 あいつの言葉だけは、小さな刺のように胸に突き刺さって抜けない。 300年も生きてれば、どんな奴でも大概「悟って」しまうんじゃないかと思う。 全てを割り切って、諦めて、最初から望みを持たなくなる。始まる前から既に心は終末を見ている。期待しなければ失望することもないからだ。 愛想のいい笑顔を振りまいて、誰とでも親しく接し、特定の人間を作らない。 「大切な誰か」を作ってしまったら、きっと俺は弱くなる。今まで抱えてきた全てを曝け出したくなる。そんなのは紋章を喜ばせるだけだ。 傷つかないように、誰も求めないように、弱い心を幾重もの固い殻で覆って、そうやって俺は だがあいつの前ではこの殻が簡単に砕け散ってしまう。 「……は、はは……」 唇から自嘲にも似た乾いた笑いが洩れる。 目頭がじんわりと熱くなり、誤魔化すように手の平で覆う。 いつの間に、こんなに受け入れていたのだろう。 明るい笑顔が、俺を呼ぶ声が、長年かけて培ってきた固い殻を解かしていく。 気がつけば、あいつの前では心が剥き出し状態になっていた。 驚いた。 外見と実年齢がまだそんなに離れていない頃のように、再び誰かに心を許す日が来るなんて思いもしなかった。 あいつといると紋章の存在を忘れた。 俺は300歳なんかじゃなくて、あいつと同じ14歳で。 明日も明後日もこの先ずっと、同じ時を歩んで行けるんだと、そう錯覚した。 お前が俺に本当の笑顔を取り戻させてくれたんだよ。 お前が俺に生きている事が嬉しいと思わせてくれたんだよ。 俺の長い人生で、お前だけが俺の心の中に飛び込んできてくれたんだよ。 だから。 何気ない言葉も、お前の言葉ならそれは鋭い刃となる。 ……苦しい。 他の誰でもないお前の言葉だからこそ、心が痛む。 「…………う、わああああっ……」 耐え切れずにその場にうずくまって号泣する。 200年ぶりに、こんなに泣いた。 「おはよう、テッドっ。ねぇねぇ、今日は釣りに行こうよっ。お弁当持ってさ」 「いいな。弁当はグレミオさんの特製か?デザートを賭けて、どっちがより多く釣れるか競争しようぜ」 「よーしっ。いいよ、絶対負けないからねっ」 いつもと変わらない態度でにっこりと笑いかける。 よし、ちゃんと笑える。大丈夫だ。 お前には、絶対にあんな俺は見せないよ。 弱い俺を見せて、悩んだり心配したりして欲しくないから。 お前にはいつも笑っていて欲しいんだ。 テッドの持つ心の闇部分を表現してみました。 テッドがシオンに何を言われて傷ついたのかは想像にお任せV っていうか……思いつかなかったのです、実は(苦笑) 戻る |