風音




もう幾つの季節を越えたのだろう。


春が来て夏が来て、秋になってそして冬が来る。単調な繰り返し。
老いることの無い体は、時間の感覚を麻痺させていく。
何も感じなくなった心が熱を取り戻すのは、何年経っても色褪せない彼の人を思い浮かべる時だけだ。
彼の笑顔。
記憶の中の彼は、いつも笑っていた。
戦災孤児だと言っていたけれど、彼の顔には悲壮感などかけらも無くて。
どうしていつも笑っていられるのか、不思議だった。
その事を尋ねると、彼は満面の笑みを浮かべて答えた。
『だって、俺は幸せだから』
お腹いっぱい食べられて、暖かいベッドに寝れて、明日の事を心配する必要が無くて。
幸せだ、と。
『それに今はお前がいる』
お前がいるから。俺は1人じゃないから。
だから笑っていられるのだと。
あの頃は、彼のその言葉を言葉どおりに受け取って、単純に喜んでいた。
自分の存在が、彼を幸せに出来たのなら嬉しい。
だがこうしてかつての彼と同じ立場になって、今の自分にあの時の彼と同じセリフが言えるだろうか。
――――言えない。
どこかの街に住み着いて心を許せる人が出来ても、彼らと違う時の流れは容赦なく自分を置いていく。
大人になる彼ら、変わらない自分。
辛い。
心が悲鳴をあげる。
寂しい。
寂しい。
サビシイ。
こんな風に置いていかれるのなら、いっそ出会わなければよかった。
最初から1人になら、苦しまずに済んだ。
そう思って、人との関わりを絶ってから随分経つけれど。
寂しい。
1人で生きるのはもっと寂しい。

どうして彼は笑っていられたのだろう。
300年も生きてきて、数々の別れと出会いを繰り返して、どうして心を閉ざさずに笑っていられたんだろう。
あんな、人を包み込むような笑みを浮かべてられたのだろう。
どうして人の中に交わろうとしたのだろう。どうせすぐに置いていかれてしまうのに。

風が吹いた。
吹き飛ばされそうな強い風が、バンダナをはためかせていく。
まるで弱気になった自分を叱咤するように。
『しっかりしろよ』
風のうねりの中に、彼の声を聞いた。
『お前は1人じゃない』
『ここに』
『俺が、いる』


「テッド・・・・・・・・」

手袋の下にある紋章が、名を呼ぶ声に答えてちりりと痛んだ。



風は吹いたとき同様、唐突に去ってゆき。
後にはただ静寂が残る。
右手の項にそっと触れると、それは僅かに熱を帯びていた。
凍てついた自分の心を溶かすように、じんわりと熱を伝えてくる、それ。
唇が自然に笑んだ。



そうだね。
君はずっと僕の側にいてくれてるんだね。
でもまだ僕は君のように笑うことは出来ないよ。
君と出会った頃のように笑えるには、もう少し時間がかかりそうだ。
いつかはきっと、君のように笑って見せるから。
だからもう少しだけ・・・・今は。

君を悼んで泣く事を許して。







坊テッド推奨軍に捧げたお話です。なんか・・・めめしい坊ちゃん。


戻る