テッドはあんまり自分のことを話したがらない。 旅の話を聞かせてっていっても、どこどこの町は大きくて交易も盛んだとか、川や湖の傍は新鮮な魚が食べられるからお勧めだとかそんな話ばっかりで、テッド自身のことはほとんど聞かせてくれない。 まあ、戦災孤児で一人で旅をしていたんだから、楽しい思い出ばかりじゃないってことはわかるけどさ。むしろ辛い思い出の方が多いんだろうけど。 僕が知っているテッドのことは、両親は彼が物心ついた時にはもういなく、お祖父さんと二人で暮らしていたこと。 住んでいた村が焼け出されテッド一人が生き延びたこと。 その時の火事が原因で右手を火傷したこと。 お祖父さんを亡くしたときにテッドを支えてくれた人に、もう一度会いたがっているということだけだった。 自分のことをいわないテッドの口に上る二人の人物。 一人は勿論お祖父さんだ。お祖父さんに関する思い出話はテッドもよくしてくれる。 「じいちゃんは普段は厳しかったけど、本当はすごく優しいんだ。暑くて眠れない夜に俺が寝付くまで団扇で扇いでくれたり、俺が熱を出したときは一晩中寝ないで看病してくれた。……大好きだったよ。両親がいなくても、じいちゃんがいてくれたから、俺は幸せだった」 そういって笑うテッドの顔は、いつもと違ってすごく子供っぽくて、見ていて僕も幸せな気分になる。僕が父さんのことを語るときも、こんな顔してるのかな。 そしてもう一人、テッドが「あの人」と呼んでいる、テッドの命の恩人。 ……この人のことは、実はあんまり聞きたい話じゃない。 「あの人と一緒にいたのはほんの僅かな時間だったんだ。でもどうしてだろうな、何故か忘れられない。じいちゃんを失った時、俺は怖くて、悲しくて震えてて…そしたらあの人がぎゅっと抱き締めてくれた。あの人が抱き締めてくれたら、体の震えが止まったんだ。暖かくてすごく安心した。…お前、あの人とちょっと似てるよ、雰囲気とか。ガキだったからもう顔は覚えていないけど」 傷ついたテッドの支えになったという人物に、似てるって言われても嬉しくなかった。むしろムカムカした。まるで「あの人」の代わりにされているようで。 僕がぶすっと黙り込むと、テッドが不思議そうに僕の顔を覗き込み、それからにやあと笑った。 「…もしかして、お前妬いてる?」 「なっ……なんで僕がヤキモチ妬かなくっちゃいけないのさっ」 図星を指されて慌てて反論すると、テッドがますますニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。 「そうか?違ったんなら悪かったな。とにかく、俺はあの人にもう一度会いたいんだ。……会ってお礼がいいたい。あなたがいたから、俺は生き延びることが出来たんだって」 だんだん静かなしんみりとした口調になったテッドに、僕ももう何も言えなくなる。そうだよね。テッドが辛いときに、彼に生きる力を与えてくれた人にヤキモチ妬くなんておかしいんだ。でも人にも物にも執着しないテッドにこんな顔をさせる人物に、やっぱり嫉妬してしまう。 「あの人」と同じくらい、僕にも執着して欲しい。 でなきゃずるいじゃないか。僕だけこんなにこだわってて。 僕の唯一の親友。やっぱり君にとっては、僕は今まで出会ってきた友達の一人に過ぎないんだろうか。僕は友達といったらテッドしかいないのに。 僕はテッドの一番の親友になれないのかな。 しゅんとしてしまった僕に気付いて、テッドがおやっという顔をした。しばらく僕の顔を見つめ、それからにっこりと笑って宥めるように優しく僕の頭を叩く。 「ま、でもどうせ俺の望みは叶わないんだ。きっとあの人には会えないし。……もう生きてはいないだろうから」 「……お年寄りだったの?」 幼いテッドを助けたというのならまだ数年しか経っていないはずだ。それで死んでるということは、相当年をとった人だったのか。 「いや、若かったよ。今の俺と同じか、ちょっと上くらいかな。……でも会えないんだ。それは判る」 「何でそんなことが判るのさ。…諦めなきゃいつか会えるよ。諦めたらどんな願いも叶わないよ」 ああ、なんで僕はこんなことを言ってるんだろう。こんなこと言って、テッドが「あの人」を探す旅に出ちゃったらどうするんだよ。 でもテッドの寂しそうな顔見てたら、どうしても言いたくなったんだ。諦めるのは嫌だ。諦めて立ち止まってしまったら、欲しいものは何も手に入れられない。 「……そうだな、うん。ありがとう。諦めないよ。いつかきっとあの人を探し出して、お礼を言わなきゃな」 「そうだよ。でもその時は僕も一緒だよ。二人でその人を探しに行こうね」 さりげなく、僕を置いて一人で出て行くなと匂わせたのだけど、気付いたかな。 にっこり笑って言った僕に、テッドがちょっと困ったような、でも嬉しそうな複雑な顔をする。 「……僕が一緒は嫌?」 一緒に行こうなんて、やっぱり僕の我儘かな。 不安げな顔で覗き込む僕にテッドは苦笑して、 「嫌じゃないよ。………ありがとうな。そういってくれて凄く嬉しい。俺の大事な親友」 「……僕のこと、どれくらい大事?」 テッドが「あの人」を大事に思うのは当たり前だ。じゃあ、僕は? テッドの中でどれくらいの位置を占めてる? 聞くのは凄く怖いけど、でもどうしても聞いてみたい。 僕の真剣な眼差しに、テッドがふんわりと優しく微笑んで、そして。 「今生きてる人の中で、一番大事」 「………………ありがと」 最高の殺し文句に、顔がにやけてしまってテッドの方を見れない。 テッドがくすくす笑って僕の頭を抱きこむ。僕が顔を上げなくていいように。 「だからさ、ヤキモチなんか妬くなよな。意味ないから」 「妬いてなんかいないったら!」 「ああ、そうだったな。ごめんごめん」 全部判ってて優しく髪を撫でてくれる、僕の親友。 「……テッドの命の恩人、いつか絶対一緒に探しにいこうね。約束だよ」 「…………ああ」 一番大事と言われて浮かれてた上に、頭を抱えられていた僕には、その時のテッドの声がどこか寂しげだったのに気付くことができなかった。 「おじいちゃんはどうなったの?」 不安げな顔で見上げてくる、僕の知っている彼よりもずっと幼いテッド。 この村に来て彼に会って以来、もしかしたらと思っていた考えは確信に変わる。 テッドの言っていた「あの人」……それは僕じゃないのか? 「シオン、そのテッドとかいうガキはどうするんだ?」 「連れてはいけない……」 ビクトールの言葉に、ぎゅっと拳を握り締める。ここが過去なら、このテッドを僕たちの世界に連れて行ったら歴史が変わってしまう。 ……僕の知っている彼が、存在しなくなる。 「行っちゃうの?ぼくはどうすれば…ねえ、一生のお願いだよ、ぼくも連れていってよ」 縋るように見上げてくるテッドを、堪らなくなって抱き締めた。 「ごめん…君を連れて行くことは出来ないんだ。でも僕たちは必ずまた会えるから。時間はかかるけど絶対に会えるから」 「……本当?本当にまた会える?おにいちゃん」 「ああ。今度会うときは僕たちは親友だよ…。だから頑張って生き抜いてきて」 抱き締めていた体の震えがだんだん収まってきて、安心したように力が抜ける。 「うん、わかった。ぼくがんばるね」 「おい、そろそろ行こうぜ。いつこの光が消えちまうかわからないからな」 ビクトールに急かされ、僕はしぶしぶテッドの体を離した。 幼いテッドがまだどこか不安げな表情で僕たちを見送る。家族も住んでいた村も失い、これから彼は一人で生きていくのだ。呪われた紋章をその手に宿して。 この僅かな時が、抱擁が彼の支えになったのか。300年経っても忘れずにいてくれたのか。 「さよなら、テッド…………ありがとう」 後ろ髪引かれる思いで、祠に飛び込む。この後彼は300年の旅を続け、グレッグミンスターで僕に会う。そして僕にこのことを話して聞かせ、昔の僕は自分に嫉妬する。 ありがとう、テッド。僕のことをそこまで大事に想ってくれて。 今度君に会ったら、僕が「あの人」だったってことを教えてあげなきゃ。きっとびっくりして、それから照れまくってくれるんだろうな。 その為にも必ず助け出すよ。ウィンディのとこに捕まっている君を。 そして二人で一緒に戦おう。この戦争を終わらせよう。 あの日の幼い君のように、もう誰も大事な人を失わなくてすむように。 *深海聖さんに捧ぐ* いつもお世話になってる深海さんのお誕生日に、ダブルキリリクアップを狙ったんですが間に合わず(爆)片方は一日遅れとなりました。しかもリクエストのキスは入れられなかったし…。だって嫉妬する坊って聞いた瞬間このネタ浮かんだんだもん。この時期の坊じゃキスは出来ないんだもん。まだ親友だから。 もう一本の方がアレだったんだから、こっちはこれで許して?ね?(笑) お誕生日おめでと―vv |
戻る