第一次接近




「ねえ、テッド。好きな人いる?」
問いかけに読みかけの本から顔を上げて振り返ると、いつになく思いつめた顔をしたシオンがベッドに座って俺のほうを見ていた。
脚をぶらぶらさせて不安げに見詰めてくる様子に、悪いと思いつつも思わず笑みがこぼれる。
「笑わないでよ。真剣に聞いてるんだからさ」
ぷうっと頬を膨らませる様が、子供っぽくて益々笑ってしまう。
俺は読んでいた本を閉じてイスを回転させ、シオンに向き直った。
「悪い悪い。で、お前が急にそんなことを言い出したのは、昨日貰ったラブレターのせいか?」
「何で知ってるの!?」
誰にも言ってないのに、とおたおたするシオン。ホント、初心な反応だ。
実は昨日、シオンが街の女の子から告白を受けているその現場を丁度見てしまっていた。マクドール家に来て一年。1人息子のシオンは付き人であるグレミオが過保護なせいか、この年の子供にしてはスレていなかった。女の子と付き合ったことも無ければ、自分がこの家に来るまで同年代の子供と遊んだことも無かったという。そんな異性経験のまったく無いシオンが、真っ赤になってラブレターを受け取っている姿はなんともほほえましく、気づかれないようそっとその場を後にしたのだが。
俺は人差し指をチッチッと振って胸を張った。
「ふっふっふ、テッド様は何でもお見通しなのさ。で、どうするんだ。あの子と付き合うのか」
「わかんないよ・・・初めてあった子だし。女の子と付き合うなんて考えたこともなかったから。テッドはどう思う?」
俺はイスから立ち上がってシオンの横に座った。シオンの目は真剣だ。ここは年長者としていろいろ助言してやらなきゃな。
俺はシオン以上に真っ赤な顔をしてラブレターを渡していた少女を思い出した。ふんわりとした柔らかそうな長い髪と、ほっそりとした手足。小柄なその体はシオンの肩までしかなくて、ちょっとの風でも倒れそうな儚げな美少女だった。そんな子がラブレターを渡すなんて、よっぽど思いつめてのことなのだろう。
あの子なら、シオンともお似合いだと思う。
「かわいい子だったじゃないか。いいんじゃないの。付き合ってみて、そのうち好きになるかも知れないし。駄目でもお前にはいい経験になると思うぜ。何事も経験さ」
「テッドって時々じじむさいよね」
何気ないシオンの一言にこめかみがピクリと引きつる。
ぐっ・・・・むかつく奴だ。
本人嫌味のつもりじゃないのが余計に腹が立つ。
まあ冷静になれ俺。相手は13のガキだ。ガキの言うことなんか気にするな。
気を取り直してにっこり笑う。額に十字が浮かんでいたのはご愛嬌だ。
「俺はいろいろ経験豊富だからな」
「じゃあキスしたことある?」
無邪気な顔して聞くなよ。
「あるけど・・・」
外見はこれでも300年生きてるんだ。経験ないほうが嫌だろうが。
「あるんだ!へえ、テッドって進んでるんだね。ねえねえキスってどんな感じ?」
好奇心一杯の瞳で身を乗り出して聞いてくるシオン。
おいおい、女の子じゃないんだからそういう質問は止めてくれってば。俺だってここ数年はご無沙汰なんだからな。
「どんなって・・・別に」
「別にじゃわかんないよ。もっと具体的に教えてよ」
だから無邪気な顔で聞くなって!キスどころか一応一通りのことを経験済みの俺としては、その無邪気な視線が痛いんだよ・・・。
大体具体的にってどうしろって言うんだ。実践しろってか。
「おでこやほっぺのキスとは違うんでしょ。やっぱりレモンの味なの?」
「何だよ、そのレモンの味って」
「ファーストキスはレモンの味って言うでしょ」
「あのなあ・・・・」
俺は本気で頭を抱えた。グレミオさん、なんでこんな風に育てちゃったんだよ――!!箱入りにも程があるよ――!!。今時ファーストキスはレモンの味、なんて信じてる13の男がいるとは、ある意味希少価値だぜ。
やっぱり少し女性経験を持ったほうがいいかもなあ。庶民のガキならともかく、マクドール家の坊ちゃんがこんなに初心じゃ、社交界デビューする時どうするんだよ。マダムたちの格好の餌食だぞ。
こりゃ少しその手の教育をする必要があるな。
俺はシオンの両肩をポンと叩いてじっとその目を覗き込んだ。
「いいか、シオン。キスは別にレモンの味に限ったわけじゃない。キスする少し前に食べたもんの味がするだけだよ。何も食べてなきゃ何の味もしない」
「ふうん。それでどうしたらいいの」
「まずムード作りが大切だ。相手を驚かせないように、自然にキスに持っていくのがベストだな。目は閉じて、こう顔を少し傾けて鼻にぶつからないようにして・・・」
熱心に話を聞いているシオンに説明するのに、シオンの体を抱き寄せて顔を近づける。唇が触れそうな距離まで近づいた所で、はっと我に返った。
何をやってるんだ、俺は!!
慌てて、シオンの体を離す。ヤバイヤバイ。いたいけな青少年をそっちの道に行かせちゃうとこだったぜ。男とキスすることにためらい無くって、尚且つそんなことを考える辺り俺ってオヤジだよな・・・。
大丈夫かな、気持ち悪いとか思われてないといいけど。
恐る恐るシオンを見やると、嫌がるどころか不満そうな顔をしたシオンがいた。
「・・・シオン?」
「今、キスしようとしたよね?何で途中でやめたの。キスしたかったのに」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「僕キスの経験もないんだからさ、初めてで失敗したくないもん。男だけどテッドならいいと思ったのに」
「お前・・・・・・」
ああもう、大物だよ、こいつは!!
俺はがっくりとうなだれて頭を押さえた。頭痛いぜホント。
「だからさ、キスしようよ。テッドがしないなら僕からしてもいい?」
人差し指で唇を押さえて、かわいく小首をかしげるシオンに、もう逆らう気力もない。
「好きにしろよ・・・」
「じゃあ、僕からね。テッド、目閉じて・・・・」
言われるまま目を閉じる。両手で頬を包み込まれ、ゆっくりとシオンの顔が近づいてくる気配。
そっと唇が触れた。
触れてすぐに離れた唇は、冷たくもなく、温かくもなかった。
今までしたどんなキスとも違う、不思議な感じ。
・・・・・心臓がどきどきした。
「こんな感じでいい?」
「・・・・最初はこんなもんだろ」
ばっくんばっくんいっている心臓を隠して、ぶっきらぼうに言う。
こんなお子様のキスで、何どきどきしてるんだよ。ファーストキスの時ですら、こんなに緊張しなかったぞ!
顔赤くなってないだろうな。なってたら恥ずかしすぎる。
そおっとシオンの方を見ると、きょとんとした瞳とぶつかった。俺がシオンと視線を合わせようとしないから不思議って顔をしている。彼にとっては深い意味は無く本当にただの練習だったのだろう。
でも男とキスして平気な顔してるってのもどうかと思うぞ・・・。
「彼女と付き合うのか?」
顔が赤くなっているとまずいので、視線は合わせずうつむいたまま尋ねる。いいながら胸の奥がちくんと痛んだのを感じて、顔をしかめた。
シオンが女の子と付き合うのは、彼のためにいいことだと思う。
だったら何でこんな風に胸が痛むんだ?
これではまるで、嫉妬しているみたいじゃないか。・・・・・・誰に?
シオンに?普通に恋をして、大人になれる彼に?
・・・・・シオンを連れて行ってしまう、彼女に?
「うーん、どうしようかな。明日返事聞かせて欲しいって言われてるから、一晩よく考えるよ」
「そっか・・・、そうだな。俺もう帰るよ」
自分の考えに青ざめる。何だよ、何考えてるんだよ俺!
手のひらで唇を覆うと、俺は立ちあがってシオンに背を向けた。
「ええっ夕食食べていかないの。グレミオ、テッドの分も用意してると思うけど。具合でも悪いの?」
「いや、何でもない。また今度ご馳走になるから。じゃあシオン、また明日な」
グレミオさんの夕食は捨てがたいが、今は一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
「うん・・・・おやすみ、テッド」
残念そうなシオンの声は、だがそれ以上強く言うことは無かった。シオンにしては珍しい。いつもは絶対夕食まで食べていけって食い下がるのに。俺は助かったけど。
今はちょっとシオンの顔が見れなかった。
自分の中の感情が整理できないでいる今は。
ドアの向こうに半分体が隠れたところで、振り返らずにひらひらと手だけ振る。
だからドアが閉まるのと同時にシオンの顔が真っ赤になったのを、俺が見ることはなかった。



                        
 END




*深海聖さんに捧ぐ*

そこはかとなくテッド坊・・・?書ききれませんでしたが、坊ちゃんもかなり平気なふりをしてたんですよ。この頃はテッドのほうが強気ですね。一年後には逆転してますが。それにしてもキス好きだな、自分。
親友以上、恋人未満、クリアできたでしょうか。



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