動き出した夢の続き
目を閉じれば、こんなにも鮮やかに蘇る懐かしい思い出。 初めて彼に会ったのは、僕が12歳になったばかりの冬だった。 「この子はテッド。しばらくうちで面倒を見ることにした。シオン、仲良くするんだぞ」 遠征先から父さんが連れ帰った彼。 どこの誰ともわからない戦争孤児を連れて帰るなんて、と周囲の大人たちは呆れていたが、僕たちマクドール家の人間や、アレンやグレンシールと言った直属の部下たちは、ただ苦笑いするだけだった。 グレミオという前例がある以上、いつかは再び起こりえることだったので。 紹介された少年は、僕と同じか、僕より少し上ぐらいだった。 栗色の髪に温かみのあるアースブラウンの瞳。どこか寂しげな印象があるのは、戦争で家族を亡くし、一人で生きて来た所為だろう。 僕はマクドール家の嫡男という事で、大人に囲まれて育ったから、彼は初めて接する同年代の相手だった。 「うん。よろしく」 ちょっとドキドキする。僕は彼と友達になれるだろうか。 はにかみつつ笑って握手を求めると、テッドも慌てて右手を差し出してくる。 ところが今にも二人の手が重なろうというその瞬間、ハッと何かに気づいたように彼の手が止まり、ぎゅっと握りこぶしを形作る。 「…………」 「?」 そのまま、手は下ろされた。視線は僕から逸らされたまま。 ………ひどく傷ついた色をしていた。 (ああ、あの時の君の気持ち、今なら判るのに) (今なら右手ごと抱き締めてあげるのに) 彼がうちに来てから一週間程経ったころ。 カイ師匠との稽古を終えて一息ついたとき、稽古の様子を何をするでもなくぼんやりと見ていたテッドに、ふと思いついて声をかけてみた。 「テッドもやってみない?」 「え?」 遠くを見ていた視線が僕に焦点を合わせ、それから慌てて首を振った。 「俺は棍は使ったことないから無理だよ」 「大丈夫だよ。教えてあげるから。……そんなに難しくないし。ね、やってみようよ」 僕の強引な誘いに、しぶしぶながらテッドが腰をあげる。彼自身の武器は弓だったから、出来ないのは当たり前なんだけど。 「これを、こう構えて……こう……。あ……うまいね……本当に初めてかい?」 思ったよりテッドの棍の扱いは巧みで、僕の軽い打ち込みをなんなく返す。 「この武器は初めてだよ……。でも、今まで戦わなくちゃいけない時はたくさんあったんだ……」 「そうなんだ……」 その後は僕も何も言わず、ただ無言で打ち合った。彼の瞳が聞かないでと訴えていた。 (このときも。黙ることしか出来なかった自分) (彼の痛みの存在には気づいても、痛みを癒す術を知らなかった) 「それでね、グレミオがね……」 他愛のない、日常会話。 まだ互いに相手の距離を測っている。どこまでが踏み込んでいい距離なのか。どこまで踏み込めば、相手を傷つけてしまうのか。 「ふふ……」 「あ!」 テッドの唇から小さな笑い声が洩れて、僕が思わず素っ頓狂な声をあげる。 「なに?」 僕の声に、テッドが驚いて目を見開く。その顔もまだ見たことない顔だったので、僕はますます嬉しくなった。 「なんかテッドが笑っているの初めてみた気がして……」 「そうか……シオン、お前があんまり楽しそうに笑うから、ついな……」 はにかんで後ろを向いてしまったテッドに、押さえ切れない笑みがこぼれる。 初めて見た彼の笑顔。ごくごく小さな笑みだったけど、すごく優しい笑みで。 嬉しくなった。彼が僕に心を開いてくれた証だったから。 テッドがこの家に来て、二週間。いつもどこか悲しげな目で、話し掛けると困ったような笑みしか浮かべなかったテッドが、いつ素直に笑ってくれるかと、マクドール家の人間たちははらはらしながら見守っていたのだ。 いつも思いつめたような目で、遠くを見ていたテッド。 そしてそんな彼に笑って欲しくて、少しでも自分を見て欲しくて、テッドの前では極力笑っているようにした。 一度崩れた心の壁はもろい。この日以来、テッドはよく笑うようになった。 テッドがみんなに向ける笑みと、僕だけに見せる笑みが、微妙に違うことに気づくには僕はまだ人生経験が足りなかったのだが。 (忘れてないよ。初めて見たテッドの笑顔) (僕の前での笑顔が特別だったってことに、あの頃は気づけなかったけど) (僕が、君に笑みを取り戻させたんだと……自惚れてもいいよね) 初めてテッドの家にお泊りした夜。 テッドと過ごしたあの雪の日。 父さんに連れられていった夏祭りでの、大輪の花火。 今にして思えば、ひどく無謀なサラディまでの2人旅。 晴れの日も、雨の日も、風の日も、雪の日も。 テッドは僕の傍に居てくれた。 「そんな顔……するなよ……シオン…俺が……選んだことだ………。今度こそ…本当に…お別れだ……。元気でな……俺の分も生きろよ…………………」 別れの時が僕の自覚の瞬間。 混乱した頭の中で、ばらばらだったピースが一つに繋がる。 テッドを思う気持ち。テッドに対する感情の名。 その事に気づくのが、遅すぎた。 そして今、僕は再びテッドにその想いを伝える機会を与えられた。 目の前にいる彼は、実際には肉体は無くても、触れることの出来る温かい体を持っている。 あの時伝えられなかった想いは、いまようやく告げられる。 「シオン……?」 彼の視界を塞ぐように両頬に添えた手の所為で、テッドが今見えているのは僕の顔だけだ。 その僕の瞳に潜む色に、テッドは気づいたろうか。 ………触れるだけの唇は、想像以上に甘く。 もっと、と渇望する。もっと欲しい。もっと触れたい。 さあ、言おう。自覚無く温めつづけた今までの想いすべてをこめて。 たった一人の僕だけの君へ。 「僕はテッドが好きだよ……。僕はずっと前から……多分初めて会った時から、君が好きだったんだ……」 *HANAさんに捧ぐ* キリ番踏んで頂いたの、いつだったろう……。お待たせした割に出来がこれでごめんなさい(涙) |
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