今日は週に一度の、ナナミがいない日。 ナナミは毎週この日は町外れの酒場で給仕の仕事をしている。本当は日々の生活の苦しさを酒で紛らわしているようなオヤジたちの集まる酒場なんて絶対反対なんだけど、本人がやるってきかないから僕たちもそれ以上強くは言えない。ナナミの収入を当てにしているのも確かだ。 とにかくお給料が破格の値段なんだ。ナナミの一日の稼ぎが、僕らの一回の山越え用心棒代と同じくらいって言ったら、その額が判るだろ。 店は女の子の働き手を欲しがってる。娯楽の少ないこの町で、酒は唯一の憂さばらしだ。当然深酒が過ぎれば酔って暴れる男や、女の子に手を出そうという不埒な輩もいるわけで…いくら給料が良くてもそんなところで働こうという若い女の子は滅多にいない。 その点ナナミの強さは折紙付きだ。なんたってあの戦争で、いつも僕と一緒に前線に出ていたんだからね。町の男どもじゃナナミに敵う奴なんてまずいない。 腕を見込まれ店の用心棒も兼ねて働かないかと誘われ、ナナミはその給料の高さに一も二もなく飛びついた。 『これだけ貰えれば、山越えの仕事がない時期でも私たち3人位食べていけるよ。仕事も週一回一番忙しい日だけだし、私は0時までって約束にしてもらったから。大丈夫!お姉ちゃんが酔っ払いなんかに負ける訳ないでしょ!』 判ってはいるけど、心配なのは変わりない。だが結局、僕らもうんと言わざるを得なかった。 なんと言っても給料の魅力が大きい。用心棒なんて仕事は、お客が来なければ話にならないのだから。 それでも初めてナナミが仕事に行った日は、二人でこっそり様子を見に行った。 案の定若い女の子と見て絡んでくるオヤジがいて、思わず助けに飛び込もうかと思ったら、ナナミはあっさりそいつを叩きのめして。 3回目の仕事の時には、もう誰もナナミに手を出そうとはしなかった。 え、最初だけじゃなかったのかだって?…そりゃ多少過保護かなとは思うけど、やっぱり心配じゃないか。嫁入り前の女の子に何かあったら大変だしさ。 4回目でナナミにばれて、以来仕事中に酒場に行くことは禁止された。店の外から覗いていたんだから営業妨害だったよね、僕ら。 それに保護者同伴(?)で働くのって、やっぱりやりづらいだろうし。 そして大人しく留守番するようになってからようやく気づいたのだけど、ナナミがいないということは、誰にも憚ることなくジョウイに触れられるんじゃないか! 普段はナナミがいるから、日中はずっと我慢の子だ。勿論手を握るとか、ほっぺにキスとかなら昔からやってるからOKだけど。 恋人同士のキスとか、もっとしたい。 ジョウイの柔らかい髪に触れて、白い肌を手でなぞって…紅く染まった唇から甘い声が洩れるのを聞きたい。 ベッドの上もいいけれど、たまにはお風呂や台所なんてのも刺激的でいいよなあ。 そのことに気づいた最初のナナミの仕事の日は、早速お風呂でえっちをした。 「一緒にお風呂に入ろう」という僕の誘いに、ジョウイは全く疑いを持たずあっさり成功した。 ほんのり上気した肌はたまらなく色っぽくて、反響するため必死に声を抑えているジョウイの様子が艶かしくて。 あの日はちょっと頑張りすぎちゃったかな。次の日ジョウイ起きれなかったから。ナナミには風邪を引いたみたいって誤魔化したけど。 その次はまだお日様が高いうちから部屋で。外でやったこともある。 今度はどんな風にジョウイを気持ちよくさせてあげようかなあ。 そういうわけで、今日は一週間ぶりのジョウイと二人っきりの日だ。仕事の日は開店前に店の掃除をしたりするらしく、昼過ぎにはもうナナミはいない。 今日は用心棒の仕事は入っていない。家事も午前中の間に全部終わらせた。(折角の日なんだ、有効に使わなきゃ勿体無いじゃないか) 思う存分いちゃつかなきゃ ! ナナミを送り出し、昼ごはんの洗い物を済ませると、僕は早速ジョウイを探した。 だが家中を探しても姿が見えない。おかしいな、どこかに行くって言ってたっけ。ジョウイは出かけるときは必ず声をかけて行ってくれるのに。 「ジョウイ〜っ」 ジョウイの名を呼びながら、家の外に出る。正面の小高い丘の上に見慣れた金髪を見つけて、僕は急いで丘を駆け上った。 「ジョウイっ、何してるの?」 ジョウイは丘の上に置かれたテーブルの脇にかがみこんで何かをしていた。 ここは僕たちのお気に入りの場所だ。ここの椅子に座るとちょうど僕たちの家が見下ろせる。反対側は、キャロの僕のうちの裏山にあった大きな桜の木の所から見る風景とよく似ていた。どこまでも続く山波、吹き上げてくる風……一目見て、僕たちはここが気に入った。ここに椅子とテーブルを置こう。ここでお茶を飲んだり、おしゃべりをしたりしよう。 大きな木を切って、ジョウイと二人で一日ががりで作ったテーブル。 「ちょっとテーブルが傾いているみたいだから、足を直していたんだ。ほら、カップの中の水がこっちに寄ってるだろ」 「本当だ。……でも別に無理して直さなくてもいいんじゃない?そんなに傾いてないしさ」 僕は傾きを見るためにテーブルに置かれたティーカップを眺めて言った。テーブルを直すのはいつでもできる。それこそ明日でも十分だ。でも今日を逃したら、また二人っきりになれるのは来週なんだから! 「思いついた時に直しておきたいんだよ。それにもうすぐ雨季に入るそうだよ。雨が降ってくれるのは嬉しいけど、そうしたら作業ができなくなるからね。あ、コウリ、そこの定規取って」 「……うん」 僕はちょっとふてくされながら傍にあった定規を手に取った。丘のてっぺんにある為、風雨で土が流されないようテーブルの下には平らな石を敷き詰めてある。これがなければ多少傾いたって、上から力をかけて土の中に押し込んでしまえば平らになるんだけどな。 あーあ、無理矢理押し倒してもいいけど、それでジョウイの機嫌を損ねるのもなー。 「僕も手伝うよ」 定規をジョウイに渡し、隣にかがみこむ。こうなったら手伝ってさっさと終わらせた方が得策だ。 「ありがとう、助かるよ」 ジョウイが定規を使ってテーブルの足に切り取り線を引き終わった後、二人でテーブルを横に倒す。丸太を使っているからかなり重い。 「切るのはこっちの二本の足だけだね」 「うん」 鋸をあてがい、わずか数ミリを慎重に削っていく。こういう作業は得意だ。 その後やすりをかけて平らにして、再び元に戻す。避けておいたティーカップを再び乗せると、今度は綺麗に水平を保った。 「よし、完成ーっ!」 「ありがとう。コウリが手伝ってくれたから早く終わったよ」 「こういうのは一人でやるより二人でやった方が早いからね」 それにいいこと思いついちゃったし。 このテーブルの上にジョウイを乗せてやるのも、なかなか刺激的じゃない? 「ね、ジョウイ…」 テーブルに背を向けているジョウイに近づき、キスをする。目を開けたままのキスは、凄く間近にジョウイの顔が見れて楽しい。切れ長の目が、大きく見開いてる。 「コ、コウリっ……」 口付けたまま、ゆっくりとジョウイに体重をかける。足を軽く払うと、バランスを崩したジョウイの体がテーブルの上に倒れこんだ。暴れる足の間に体を滑り込ませて固定する。 「コウリっ、…ここでやる気なのかっ!?」 「うん、だって僕もう我慢できないもん。いいよね、ジョウイ…」 「良いわけないだろっ…………んっ……」 起き上がろうとする上半身を押さえつけ、再び唇を重ねる。ジョウイのものと僕のものが服越しにぶつかる。びくんっと腕の中の体が跳ねたのを感じ、僕は更に腰を押し付けた。 「ほら…判るだろ、僕の……こんなに熱くなってる…君の中に入りたいって言ってるんだ…」 「だ…たら家の中で……こんなとこじゃ嫌だよっ……」 「ここがいい。明るいお日様の下で、君の顔を見ながら入れたい…………………明るい?」 「…………コウリ」 気が付けば辺りはすっかり薄暗くなっていた。テーブルは大木の根元にあるので、天候の変化に気づかなかったらしい。横になって空を見上げているジョウイが呆然と呟いた。 「雨だ…」 ジョウイが言うのと同時に、ぽつりと一粒水滴が僕の頭に落ちた。その後間を置かずに、すぐに土砂降りの雨が降りだす。 「わわっ、いい所だったのにーっ」 「コウリっ、早く退いてくれっ。急いで家に戻ろう!」 流石に豪雨の中でHする気にはなれず、ジョウイの体を解放し、僕たちは家まで一気に走りぬけた。 「あーあ、ひどい目にあった。びしょぬれだよ、全く……」 濡れた体を乾いたタオルで拭く。窓の外は今も激しい雨が吹き付けている。雨の少ないこの地域では、降るときは激しい雨と風が短時間集中して降る。 「コウリがあんな所でやろうとするから、バチがあたったんだよ」 「だってナナミはいないし、天気はいいし、解放的な気分になってもおかしくな……………」 「コウリ?」 途中で言葉を止めた僕を不思議そうに見返してくる。ジョウイは濡れた髪を乾かす為に髪を解いていた。 駄目だ、やっぱ我慢できない。体は雨で冷えても下半身はまだ熱いままだったし、それにこんな可愛いジョウイを見たら止まらないよ。 「ジョウイ……」 手を伸ばして腕の中に抱きしめる。雨に濡れてしっとりとしたジョウイの肌も、僕と同じように冷たくて。 「コウリ……っ……」 唇を重ねて、激しく貪る。口内にもぐりこみ、柔らかい舌を捕らえる。 今度はジョウイも抗わなかった。僕の舌に応えてキスを深いものに変える。 悔しいけれど、ジョウイは僕よりキスが上手い。ジョウイがその気になったなら、ジョウイのリードに任せた方が、二人とも気持ちよくなれる。 でもキスだけだけだ。その先は絶対主導権を渡さない。 「…ん……ジョウイ…ジョウイ……」 ゆっくりとジョウイの体をテーブルに押し倒す。さっきと同じ体勢だけど、家の中で、しかも外が雨で誰も来ないとなると、ジョウイも嫌がる理由がないのかされるがままだ。 下半身に手を這わせると、ジョウイも僕と同じだと判って嬉しくなる。 「君もその気になってくれたんだね」 「………あの場所が嫌だとは言ったけど、行為自体は嫌だとは言ってないよ」 「うん…好きだよ。ジョウイ」 「僕も好きだよ、コウリ」 濡れたジョウイの服を脱がし、冷えて立ち上がった胸の突起を口に含む。ジョウイのココは小さくて色が薄い。でも感度は抜群だ。ちょっと嘗めただけで、ジョウイの口からは蕩けるような甘い声が漏れる。 「……あ……んんっ……」 ぞくぞくする。悩ましげに寄せられる眉も、快感に打ち震える体も、乱れる金髪も。 綺麗な綺麗な僕のジョウイ。もっと僕を君で感じさせて。 「や……ああっ……」 「ジョウイ……」 ガッシャーン! ガラスの割れる激しい音が家中に鳴り響いた。 「…………二階、かな」 「……………………そうだね」 二人ともしばらく無言だった。二階で起きたことは容易に想像できた。おそらくこの雨と風飛ばされてきた何かが、二階のガラスを割ったのだろう。 「……行こうか。僕たちの部屋だったら、今夜寝る所がなくなっちゃうからね」 力の抜けた僕をやんわりと押しのけ、ジョウイはテーブルから起き上がってタオルを肩にはおった。今まで着ていた服は濡れているし、着替えは二階の僕たちの部屋だ。 「コウリ、君も着替えないと。そのままじゃ風邪を引くよ」 「……うん」 僕たちはどこか重い足取りで二階に向かった。階段を上がってすぐの僕たち二人の部屋の戸を開けて、大きなため息を吐く。 予想は当たっていた。太い枝がガラスの散乱する床に転がっている。ジョウイはすばやく窓に近寄ると、割れた方の窓の雨戸を閉めた。 それからクローゼットから乾いた服を二枚取り出し、一枚を僕に放ってくれた。 「僕のベッドは雨でぐしょぐしょだ。今夜は寝れそうもない」 服を身につけ、ジョウイが窓際の自分のベッドを点検している間、僕は一階から持ってきた箒とちりとりで、割れたガラスを片付けた。 「だったらこっちのベッドで二人で寝ればいいよ。どうせ一つしか使わないんだから」 「……どうせってどういう意味だい?」 「さっきの続きをするってことだよ。二回も中断されて、僕の息子は不満たらたらなんだからね」 「……コウリ……」 ジョウイが頭を抑える。何だよ、口では文句言ったって、ジョウイの体だってまだ熱いままなの判ってるんだからな。 ほら、その証拠にこうして抱きしめても抗わない。 「……いつものとおり部屋になっちゃったけど、続きしよ。ナナミがいない今なら、君も声を抑えなくていいから楽だろ?」 「………ん」 雨の被害を免れたベッドに、抱き合ったまま倒れこむ。もう一度キスから始める。冷え切った体を内側から暖めよう。 ピカッ ガラガラガラ… 季節外れの雷が室内を照らし出した。 「雷……」 「凄い音だったね、落ちたかな…」 キスを止め、少しだけ首を曲げて窓の外に耳を澄ます。光と音の間隔が短いということは、雷はかなり近くに来ているらしい。 ピカッ 「きゃあっ!!」 階下から聞こえてきた甲高い悲鳴に、再び僕たちの体が凍りついた。 「…………今の声って……」 続いてたんたんたんっと階段を駆け上ってくる音。 「ナナミだ!」 「コウリ、早く退いてくれっ!!」 僕がジョウイの上から飛びのいたのと、扉が開くのはほぼ同時だった。 「凄い雷ーっ!!早く帰ってきて良かったあっ。ただいまコウリ、ジョウイっ」 「……おかえりナナミ………早かった、んだね……」 飛びつかれた苦しさだけではないもので言葉の途切れる僕に気づかず、ナナミは元気よく叫んだ。 「旦那さんがね、今日は雨でお客さんも少ないし、帰り道も危なくなるから早く帰っていいよって。私が家に着いたのと同時に雷が落ちたの。早く帰らせてもらえて良かったーっ」 「…そ、そう……それは良かった……」 「ナナミ、服が濡れているよ。早く着替えた方がいい。僕らも雨に降られて着替えた所なんだ。お風呂を沸かして温まろう」 「そうだねっ。……あれ、ジョウイのベッドどうしたの?」 僕の首に抱きついたまま、ナナミは目ざとく濡れたベッドに気づいた。 「風で枝が飛んできて、窓ガラスが割れたんだ。あっちは今日は使えないよ」 「そっかあ。二人でベット一個は狭いわよね……そうだ!隣の客間のベッドにコウリのベッドをくっつけて、今日はみんなで一緒に寝ようよ!たまにはいいでしょっ」 ええっ、そんなっ!!ナナミと一緒ってことは、今日は完全にお預けじゃないか! 「一緒にって…ナナミは女の子だろ。もう子供じゃないんだから、若い男と一緒に寝るなんて駄目だよ」 いいぞジョウイ!なんとかナナミを説得してくれっ。 「男って言ったってコウリとジョウイよ。二人とも私の弟だもんっ。弟と寝ちゃ駄目ってことはないでしょ」 「僕は弟じゃないけど……」 「弟よ。ジョウイも私の大事な弟。ね、だから一緒に寝よ」 ナナミの執拗な態度にふと違和感を感じた。今日に限ってナナミがこんなに僕たちと一緒に寝たがるなんておかしい。そういや、以前もこれと同じことがあった気がする。あれは確か…… 「……そうか」 僕の独り言に二人が不思議そうな顔をした。 「なあに、コウリ」 「何でもない。……そうだね、一緒に寝ようか。ナナミ」 「コウリ!!」 「本当!?やったっ、小さい頃以来だね!」 「うん。だからナナミは早く着替えておいでよ。ベッドは僕たちが移動しておくから、ご飯食べてお風呂入ったら一緒に寝よう」 「判った。よろしくね、二人ともっ」 ナナミはうきうきとした足取りで部屋を出て行った。二人だけになって、ジョウイが非難めいた目で僕を見た。 「何を考えてるんだい、コウリ」 「いいだろ、僕たちは弟なんだし。それとも何?君はナナミと一緒に寝ていて、そういう気分になったりするの?」 「そんなことは……」 ジョウイが言い淀む。我ながらちょっと意地悪い言い方だったかなと思う。男だったら女の子と一緒に寝てそういう気分になっても、責められないよね。僕はナナミの(半分だけとはいえ)本当の弟だし、何よりジョウイを愛してるからそんなことないけどさ。 「ナナミが今日に限って我侭言ったのは、あれの所為なんだ」 親指で窓の方を指し示す。絶妙のタイミングで雷が光った。 「………雷?」 「そう、ナナミはあれが苦手なんだ。キャロはあんまり雷って鳴らなかったけど、たまに鳴った時は僕やじいちゃんのベッドに潜り込んで来てた。城にいた頃はきっと女の子たちと一緒に寝ていたんだろうね」 「……そうか。それじゃ仕方ないね」 ジョウイが苦笑する。つられて僕も肩を竦めた。 「仕方ないよ。ナナミの為だから」 「うん」 体の芯はまだ火照ったままだけど、本当は今すぐにでもジョウイを押し倒したいところだけど、ぐっと堪える。 だってナナミの為だから。僕らがベッドに潜り込む頃には雷は止んでいるかもしれないけど、あんな風に怯えているのを気づかれないよう無理してはしゃいでいたナナミを放って、二人で寝るなんてできる訳がない。 僕たちは結局、ナナミには甘いんだ。 ……でも、雷め。よりによって今日来なくてもいいのに。 *赤い狸さんに捧ぐ* 久しぶりに主ジョウ+ナナミを書いて非常に楽しかったです。 筆が早かったー(製作一日) この話、真の主役はナナミ(笑) タイトルは「二人を邪魔したもの」です。 |
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