祈りのたどり着くところ




初めて会ったときから感じてた。
この人は自分と同類だと……誰かを想い、求め続けているんだと。


気が付くと、いつもシオンさんは居なくなっている。
「あれ、シオンさんは?」
シュウのいる広間に帰城の報告に行こうとして後ろを振り返ると、六人いる筈のメンバーが一人足りない。
「シオン?…そういや姿が見えないな。エレベーターには一緒に乗ってたが……降りなかったのか?」
一番後ろにいるフリックさんが、背後を振り返り確認する。その返事に、僕は内心またかと溜息を吐いた。
解放軍のリーダーであったシオンさんに手伝って貰えるようになって、もう大分経つ。
シオンさんは戦争には参加しないことを条件に、こうして城にも来てもらっているんだけど……何せかつてトップに立っていた人間だ。しかも僕のようにみんなに支えられて何とかやっているんじゃなくて、先頭に立って引っ張って行くタイプのリーダーだったらしいから、周りのことを気にしない。
行動に予測がつかないんだよね。
「屋上にでも行ったんじゃないの。エレベーターは上に行ったから」
僕のすぐ後ろでルックがしれっとした顔で言う。
「気づいてたんなら、教えてくれればいいのに」
この広い城で、人一人探すのは大変なんだぞ。定位置がある人ならともかく。
恨めし気な視線を送る僕をふんと鼻先で笑い、ルックが得意の毒舌を返して来た。
「別にいちいち言う事じゃないだろ。彼は同盟軍の仲間な訳じゃない。戦いの時以外は好きにしてていいはずたよ。それとも何?君はそこまで拘束したいわけ?」
「そういうわけじゃないけど……」
ああもう、口でルックに敵うわけないんだ。
僕は諦めてエレベーターに向かった。
「おい、コウリ?」
エレベーターに乗り込んだ僕に、フリックさんが訝しげな声をかけてくる。
「シオンさんを呼んでから行くよ。先に行ってて」
扉が閉まる間際に、ルックの呆れた顔が見えた。悪かったね。でも今回の報告にはシオンさんも一緒に来てもらいたいの。
チンという小気味いい音とともに、エレベーターが最上階に着く。
そのまま屋上に行く階段を上り、外に出る。ぐるりと屋上を一見し、最後にフェザーのいる屋根の上を仰ぎ見ると、その横に座るシオンさんを見つけた。
「シ……」
声をかけようとして、息を呑む。

静かに、祈るように。

彼は切なげな表情で、手袋を外した右手の甲にそっと口付けた。
そこにあるものを僕は知っている。ソウルイーター、宿主の大切な者の魂を喰らうという、呪われた真の紋章。

それで僕は気づいてしまった。この人の大切な人は、ソウルイーターに『喰われた』のだと。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感に動けなくなっていた僕に、シオンさんが気づく。
一瞬だけまずい、と言う顔をしたが、すぐにそれはポーカーフェイスに覆い隠された。うーん、さすが。
「どうしたの」
屋根から僕の所まで下りてくる間に、もう右手には手袋がはめられていた。
僕は慌てて、
「急にシオンさんが居なくなったんで……探しに来たんです」
「ああ、ごめん。報告なら僕は関係ないと思って」
もうその表情からは何も読み取れない。
あんまり感情を表に出す人じゃないから、さっきの顔には本当にびっくりした。
「風」
「え?」
「風、気持ちいいよね。ここ」
いきなり話題を振られて、慌ててシオンさんの視線を追う。
眼下にはデュナン湖の静かな湖面が広がっている。
「僕もお気に入りなんです。一人になりたいときに、良く来るんですけど」
「フェザーがいるけどね」
くすくす笑うシオンさんに、つられて僕も小さく笑った。
さっきのことを誤魔化そうとしている。誰だって触れられたくない想いはある。シオンさんが言いたくないなら、僕も聞くことはしまい。……それより大事なことが今の僕にはあるのだから。
「明日、ルルノイエに向けて出発します。……付いて来て欲しいんです」
シオンさんの表情から笑みが消え、僕を振り返った。
「リーダーの頼みなら、行くよ。約束だしね」
緩く首を振って否定する。これは『英雄』への『同盟軍リーダー』としての協力要請ではなく、僕個人のお願いだから。
「ハイランドの皇王が僕の幼なじみなのは知ってますよね」
シオンさんの瞳から逃れるように僅かに俯き、畳み掛けるように言葉を続ける。一気に言わないと情けないことになりそうだ。
「僕は本当はリーダーなんてやるつもりはなかった。ナナミとジョウイと幸せに暮らしたかっただけなのに。僕が望んだのはそれだけなのに……」
「…君はどうしたいの」
「ジョウイと戦いたくない。でも僕たちはもう引き返せない所まで来てしまった。ナナミを失い、僕の望んだ幸せはもう永遠に手に入らない」
「逃げる気?」
その声には、僕を責める響きも、かといって肯定する響きもなかった。
顔を上げると、僕を見詰めている静かな瞳とぶつかる。まるでデュナン湖のように、静かに凪いだ二対の琥珀。
この瞳は鏡だ。僕の心の奥底の、本心を映し出す鏡。そこには泣きそうな顔の自分がいた。
本当は、僕の中でもう結論は出ている。
明日、僕は皆の前で完璧なリーダーを演じ、ジョウイと冷静に戦うだろう。この手で彼の息の根を止めるまで、僕は『リーダー』の仮面を被り続けるだろう。
でも誰かに、僕の本心を知っていて貰いたかった。
僕と同じく、誰かを求めているこの人なら、僕の気持ちを判って貰える気がした。
僕は泣きそうになるのをぐっと堪え、微笑した。
「逃げはしません。逃げるんならティントで逃げてました。あの時は本当に迷ったんですよ。このまま逃げてしまえば、ジョウイと戦わずに済む。でもジョウイを取り戻すこともできない……。そして結局僕はジョウイの意志を……想いを受け止めるため留まったんです。それが彼の想いに報いることだと思うから……」
「……」
「僕は同盟軍のリーダーとしてハイランド皇王ジョウイ・ブライトを倒します。それを見届けて欲しいんです」
「……わかった」
シオンさんがハンカチを差し出す。 最後の言葉を言い終えたとき、僕の目には我慢しきれずに涙が溢れ出していた。
ハンカチを受け取り、慌てて涙を拭く。あーあ、やっぱり情けないことになっちゃった。
涙を拭いていると、シオンさんが口を開いた。自分のことを語らないシオンさんが、自分から過去の事を口にする。
「…僕も失いたくない人を失ったよ。何人も……。一人は僕に意志を託していった。一人は信念を貫いて、僕の手にかかった。一人は僕を守るために命を投げ出した。一人は……」
シオンさんの瞳が、切なげに歪められる。
「僕にすべてをくれた。彼が居たから、今僕は僕としてここに居られる……。それに彼は今も僕のすぐ側にいるんだ。ほら…ここに……」
「ソウルイーター?」
「うん。前のソウルイーターの主だった彼の魂は、ここに囚われている。彼だけじゃない。ソウルイーターの犠牲になった魂は、みんなここにいる」
手袋の上から、そっと紋章に触れる。その姿が痛ましい。
「彼はソウルイーターを受け継いでから三百年、たった一人で生きて来たんだ。成長を止めた姿で、ソウルイーターを狙うものの手から逃げながら。でも彼は決してソウルイーターに負けなかった。僕の知っている彼は、いつも笑っていたよ。彼の笑顔が、どれだけ僕を幸せにしてくれていたか……失ってしまってから気づいても、もう遅い」
「遅くないと思いますよ」
僕の言葉に、シオンさんが驚いたように顔を上げる。
シオンさんが自分のことを語りだしたのは、多分僕を慰めようとしてくれたんだと思う。
だから、僕もそれに応えたい。シオンさんの大事な人の代わりに、彼を慰めることが出来たなら。
「そんな強くて優しいひとなら、きっと言葉にしなくても感じてくれていたと思います。それにその人はソウルイーターの中に居るんでしょう?シオンさんの気持ち、伝わってますよ」
「コウリ……」
シオンさんのポーカーフェイスが崩れて、泣き笑いの顔になる。
今やっと、シオンさんの素顔が見れた。僕と同年代の、少年の顔がそこにあった。
「僕はね、ジョウイが好きなんです」
「うん」
「本当はジョウイとナナミを残して、世界中のすべてを滅ぼしちゃってもいい位好きなんです」
「うん。……僕も彼が戻るなら、世界を滅ぼしてもいいかな」
「この気持ちって、何て言うんでしょうか」
「そうだね……例えば」
「恋、とか?」
二人で密かに笑いあう。

――――恋。


そう、これはとても恋に似ている感情。愛しくて、恋しくて、相手のことを求めずにはいられない。
「前は一緒にいられれば良かったんです。でも離れてみて、僕は本心に気づいてしまった。」
「彼に触れたい?」
「はい」
シオンさんが、優しく笑う。ああ、やっぱりこの人も。
「あまりにも傍に居たから、離れてみるまで気づかないんだよ。僕が自覚したのは彼を失った瞬間。腕の中で彼の息が止まった時、僕は彼への想いに気づいた。そのとたん彼は永遠に届かない所に行ってしまった……」
その時のことを思い出すかのように、両手の平を見つめている。
「でもこの恋はまだ終わっていないんだ。僕がテッドの生きた三百年を生き抜いて、いつかソウルイーターに喰われるとき、僕はやっと彼に告げられる。それまでは終わりじゃない。……これは続き」
手のひらをぐっと握り込み、顔を上げたシオンさんが、まっすぐ僕を見詰めてくる。
うん、そうだ。まだ終わっていないんだ。
「僕はジョウイと戦うって言ったけど……反面絶対戦ってやるもんかとも思ってるんです。だってそうでしょ?戦争をしているのは同盟軍とハイランドで、僕とジョウイは憎みあっているわけじゃない。むしろ互いを想うからこそ戦いを始めたんだ。でもきっと、王座にいるジョウイを見たら、僕は彼と戦うことを選ぶでしょう。それがこんな僕に付いて来てくれたみんなへの、信頼の証だし、同盟軍リーダーとしての僕の意地です」
言った後で、僕は俯いた。ああ、嫌だな。また格好悪い所見せちゃうや。
でもシオンさんは何も言わず、傍にいてくれた。
許されているようで……嬉しかった。



僕の涙がひき、顔を上げたころには太陽が湖に沈もうとしていた。
「すみません。そろそろ行きましょうか。シュウが待ちくたびれていると思いますから」
シオンさんが小さく頷き、城内に向かう。その後ろ姿に、僕は最後にどうしても訊きたかった質問を投げかけた。
「運命を怨んだことはありませんか……?」
立ち止まり、彼が僅かに振り返って僕を見る。
「僕は今、運命を怨んでいます。ジョウイと戦う運命を強いた、紋章を憎んでいます……っ」
正面に向き直った二つの琥珀が、まっすぐ僕を見つめて来る。
そして、その口から出た答えは……

「運命なんて、自分で切り開くものだよ。諦めさえしなければ、望みは叶う」
そのままシオンさんは僕を残して階段を降りていった。
壁に背を預け、僕はずるずると床に座り込んだ。両手で前髪をかき上げる様にして空を仰ぐ。
「はは……参ったなあ……さすが解放軍のリーダーだよ……」
意地の悪い質問をしたという自覚はある。
彼は強い。彼の方が何倍も困難な道なのに、あの場でこんな答えが出せるとは。

(諦めなければ、望みは叶う)
「そうだね……諦めちゃいけないんだ。僕はきっと君を取り戻す。ジョウイ……」
声が夕闇に呑まれていく。

その呟きは祈りにも似ていた。





ソウルイーターに祈るようにキスする坊ちゃん、と言うのが私の萌え萌えな構図なんですーー。
人前ではクールぶってる坊ちゃんですが、テッドの前では別人。
そのうち書く予定の、テッドとのラブラブな話との対比の為に書いたようなもの。
ダブルリーダー、互いにのろけあってます。

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