幸せの定義
ナナミがいて、ジョウイがいて。 二人が僕の傍で笑っててくれれば、それが僕の幸せ。 「ああ、桜の花だ・・・・。もう春なんだ」 大きく開かれた窓から、ふわりと舞い込んできた桜の花びらを摘み上げて、ジョウイが感慨深げに呟いた。 僕らの家の周りには、桜の木はない。この小さなピンクの花弁は、どこから飛んできたのだろう。 「本当だ・・・・。この辺にも桜は咲くんだね。・・・・・・・探しに行こうか」 ジョウイの手を覗き込んで、にっこり笑う。風に飛ばされてきたのだから、そう遠くではないだろう。 「お弁当も持ってさ、お花見しようよ。昔は春になるとよくしたよね。裏山の奥にある桜の木のところでさ」 そう、花見は僕らの毎年の恒例行事だった。ゲンカクじいちゃんとナナミとジョウイとムクムクと・・・・春になるとみんなで桜の木の下で花見をした。色気より食い気だったあの頃は、花を見るより弁当の重箱が気になって仕方がなかったのだけれど。 じいちゃんの作る弁当は本当に美味しかった。 じいちゃんは酒で、僕らはジュースで乾杯した、懐かしい思い出。 じいちゃんが死んでからは僕たちだけで続けてきた花見も、僕らがユニコーン隊に入ってからはやる機会もなくなった。 だから桜の花びらを見たとき、僕は無性にあの花見がしたくなったのだ。 「そうだね・・・・・行こうか。コウリ」 ジョウイがふんわりと笑う。その笑顔に、ジョウイも僕と同じ事を考えていたんだと知って嬉しくなる。 「そうと決まったら、早速準備だ!僕はお弁当を作るから、ジョウイはナナミにこのことを伝えて準備してよ。ナナミ、今洗濯物を干してると思うから」 なんだかうきうきしてきた。こんな気分は久しぶりだ。 「判ったよ。じゃあ僕も手伝って早く終わらせてくる。・・・・・美味しいお弁当、期待しているからね」 「任せといて」 それからは大忙しだった。僕は急いで弁当を作って、ナナミとジョウイは洗濯物を干して、それからシートだの水筒だのの準備をして、一時間後には無事家を出発していた。 「わあっ・・・・・」 風向きから計算して、大体この方向だろうとあたりをつけた方向に、桜の花びらを見つけたときは驚喜した。 花びらは一定方向から続いている。その方向に向かっていくと、だんだん落ちている花びらの量が増えてきて、やがて開けた場所にでた。 ―――――そこには一本の大きな桜の木があった。 幹は太く、相当の年輪を重ねた木だと判る。左右に枝を伸ばしたその姿は荘厳で、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。 風に吹かれてはらはらと花びらを散らせるその様は、今まで見たどんな桜よりも美しくて、僕らはしばらく無言でその木を見つめていた。 ナナミが一歩桜に向かって歩き出したのを境に、僕らの呪縛も解けた。 恐る恐る近づいていくと、ナナミが幹に手を這わせ、ぼんやりと木を仰ぎ見ている。 「ナナミ・・・・」 「すごいね・・・すごくきれいだね・・・・・・。なんだか泣きたくなるくらいきれいな木・・・・・」 「うん・・・・・・」 僕らも黙って桜の木を見上げた。見上げる僕らの顔にはらはらと花びらの雨がふり注ぐ。 ふいにナナミの瞳から、大粒の涙がこぼれた。 「ナナミっ?」 「やだ・・・・なんか・・・・嬉しくって涙がでてきちゃった・・・・・。嬉しいの・・・こうしてまたコウリと、ジョウイと桜が見れるなんて・・・・。私もう駄目かと思ってた。二人がユニコーン隊に入ってから、もうこうして三人で桜を見ることはないんじゃないかって・・・・馬鹿だよね。でもね、本当なの・・・・。私にとって、毎年の春のお花見はとっても大事なものだったの。二人が入隊してそれができなくなったとき、私本当に寂しかった・・・。ムクムクと二人だけのお花見なんてつまらないよ。だから実は、桜を見るのはあの時以来なんだ・・・」 「ナナミ・・・・・」 涙を拭きながら必死に笑顔を浮かべるナナミの姿に、胸が締め付けられそうになる。 僕らも同じだ。僕たちにとって、毎年の花見は何にも替えがたい大切な思い出だった。 幸せであることを確認できる、大切な。 「僕たちもあの時以来だよ・・・・・。本当にきれいだね。久しぶりに見るからって事もあるんだろうけど・・・でもこの木はきれいなのは本当だ」 「うん・・・うん・・・・」 ジョウイの言葉に、ナナミが頷きを返す。僕はナナミの涙を指で拭いながら、にっこりと笑ってみせた。 「さ、花見をしよう。できなかった数年分を取り返すくらいきれいな桜の木があるんだもの。これを見なくちゃ勿体無いよ。・・・・・大丈夫。もう僕らはどこにも行かないよ。来年も、再来年も、ずっと一緒に桜を見よう」 そっとナナミの肩を抱き寄せると、ナナミが小さく頷く。この肩は、こんなにも小さいものだったろうか。 ”私がコウリとジョウイを守ってあげるからねっ!" この小さな肩で、ナナミはずっと僕らを支えてきてくれたんだ。自分だって、誰かに甘えたかっただろうに。 今度は僕たちの番。僕たちが、ナナミを守る番。 この元気で、明るくて、ちょっぴり泣き虫な僕らのお姉ちゃんを、僕らが幸せにするんだ。 「桜の木さん、ありがとう・・・・・。あなたが花びらを飛ばしてくれたから、また私たちお花見ができるよ」 涙をぬぐって笑顔を浮かべたナナミが、額を幹に押し付けて、感謝の言葉を捧げる。 僕らもそれに続いて、幹を抱き締めるように腕を伸ばした。 「なんか・・・あったかいね・・・・すごくぽかぽかする」 「うん・・・・抱き締められてるみたいだ・・・・」 目を閉じて、その温もりに身を委ねる。さやさやと、風が僕らの頬を撫でていく。 僕の幸せ、ナナミの幸せ、ジョウイの幸せ。 僕らの幸せは、きっとみんな同じ。 ずっと一緒にいられること。こうして同じ時をすごせること。 互いの笑顔が、僕らの幸せ。 コンセプトは「幸せな3人」です。最近全然この二人書いてなかったし・・・・。幸せにしてあげたかったんです。特にナナミを。 時期的には安住の地についてすぐ位です。 |