空色の手紙




不思議なの。
あの人の事を想うだけで胸が暖かくなるの。
ちょっとでも姿が見れたら嬉しいの。
優しい声で私の名前を呼んでくれると、はにゃ〜って気分になるの。
にこっと笑いかけてくれたら、それだけで飛び上がりたくなる位元気になるの。




お城に届く個人的な手紙は、一度チェックを受けてから郵便室に届けられるんだ。
人に手紙を見られるのって恥ずかしいけど、仕方ないもんね。今は戦争中だし、中には同盟軍の情報をバラそうって人がいるかもしれないから。
あ、疑ってるわけじゃないよっ。みんなコウリが連れてきた仲間なんだもの!でも仲間のフリして潜り込んでいるって事もあるし…シュウさんの決めたことだから。シュウさんは冷たくて怖い人だけど、誰よりも同盟軍の事考えてくれてるって判るもん。
さて、今日は私宛の手紙届いているかな。そろそろ返事が来てもいいと思うんだけどなぁ。
郵便室の扉を開けると、手紙の整理をしていた郵便係のおじさんとバッチリ目が合っちゃった。
おじさんてば私の顔見た途端、にやっと笑ったのよ。失礼ね、レディの顔見て笑うなんて!
「やあ、ナナミちゃん、こんにちは。用は何かな?」
「……私宛の手紙、来てない?」
「手紙ねえ…有ったかな。ちょっと待ってね」
おじさんはゆっくりとした動作で手紙の収められている棚に向かうと、さして探す風も無くあっさりと数枚の手紙を手に取って私に差し出した。んもうっ、最初からあるの知ってたんじゃないっ。判っててからかったのね。来てるんなら早く頂戴よっ。
「…ありがと」
なーんて心の声は顔に出さず、私は小さくお礼を言ってそれを受け取った。下手に文句言ったら、益々おじさんを喜ばせるだけだもん。
手紙は三通だった。一つは遠征に出ているコウリからで、今回は仲間探しだから私はお留守番。置いてかれてちょっとつまんない。
もう一通はパーティに入っているニナちゃんからで、どんな敵が現れたとか、フリックさんに庇って貰えて嬉しいとか、その日にあった事をいっぱい書いてくれてある。ニナちゃんとはお城にいる時は交換日記、どっちかがパーティに入ってる時はこうやって手紙の交換をするの。一番仲がいいお友達なんだ。
そしてもう一通は…上品な薄い水色の封筒。ドキドキしながらひっくり返すと、待っていた名前があって私の胸がドキンと跳ねた。
「嬉しそうだねぇ、ナナミちゃん。その手紙を待ってたんだろ。それってあのトランの……」
「ありがと、おじさんっ」
おじさんが全部言う前に私は郵便室を飛び出していた。冷やかされるのも嫌だったし、これ以上おじさんの相手してらんない。一刻も早くこれを読みたいんだからっ。
急いで部屋に戻り深呼吸すると、まずはコウリからの手紙を開いた。今はトゥーリバーに居て、新たにボブって人を仲間にしたって書いてある。うん、元気みたいで良かった。あの子は短いけどこまめに手紙をくれるから安心なのよね。
次にニナちゃんからの手紙。コウリのと違ってたくさん入ってる。面白いことも書いてあるんだけど、何だか私の目はそれを素通りしてしまっている。読んでいるのに頭に入ってこない。……また後で読もう。ごめんね、ニナちゃん。
そしてとうとう目的の水色の封筒を手に取る。チェックの為に封筒の上の部分が切られちゃっているのが寂しい。この手紙は、切っちゃうんじゃなくて綺麗に開けたいのに。
中には丁寧に折りたたまれた便箋と同じ色の封筒が入ってた。いつもそう。

元気かい?ナナミ。

最初の一行でもう胸がじんわりと暖かくなる。
顔がにやけちゃう。嬉しい。
手紙はコウリと同じで凄く短いんだけど、でもちゃんと私のこと思ってくれてる手紙って判るの。
私とコウリの事をいつも気にかけてくれてる。忙しい人なのに、ちゃんと返事をくれる。
……私だけにだったらいいなあって思う時もあるけど。我がままだね。
初めて手紙を出したときはニナちゃんと一緒だったんだ。同盟軍のお手伝いしてくれるって聞いて、凄く嬉しくてお礼の手紙を出したの。そしたらちゃんとニナちゃんと私、それぞれに手紙をくれた。
ニナちゃんは一、二回の手紙で止めちゃったみたいだけど、私はまだ続いてる。あの人は手紙を出せば絶対返事をくれるって事が判ってるから。
さーっと読んで、今度はベッドに寝転んでもう一回読む。
滑らかで綺麗な字。いいなあ、私の字なんて丸っこくて読みにくいんじゃないかな。もっと綺麗に書けるよう練習しなきゃ。
何度も読み返して、それから元の通り綺麗にたたんで封筒に入れ、お気に入りの箱にしまう。大事な手紙を入れておく、私の宝物箱。
箱を棚に戻してベッドにダイビングする。この手紙だけで今日は一日いい気分になる。







ある日、いつものように郵便室に手紙が来てないか見に行くと、珍しい人がいた。
シュウさんもここに来ることなんてあるのね。シュウさん宛ての手紙は殆ど軍関係で急ぐものだから、直接あの人の所に届けられるはずなんだけど。
しかもコウリも一緒だし……シュウさんイライラしてるみたい。何かあったのかな。
「どうかしたの、コウリ」
コウリの傍に行ってこっそり尋ねる。あれ、なんかコウリもそわそわしてる?
「ああ、ナナミ……シオンさんからの返事を待ってるんだ。今度の作戦に必要な資料がトランにあるって聞いたから、送ってくれるよう頼んだんだけど…まだ届いてなくって」
「ふうん…直接取りに行けば?」
「もう間に合わないよ。今日中にどうしても必要なんだ。今からバナーに飛んでもグレッグミンスターに着く頃は夜中だし……手紙を出した時はそんなに急いでなかったんだけどね。でもシオンさんのことだから、そろそろ届くはずなんだけどなあ」
「そっか……」
そんな大事な手紙があるなら、私宛ての手紙は今日は来ないわよね。また明日にしようっと。
そう思って郵便室を出て行こうとした時、
「来たよ、シュウ軍師!トランからの手紙だ!」
「来たか!」
奥から手紙の入った袋を持っておじさんが飛び出してきた。待ちきれないようにシュウさんが袋を覗き込む。
「ええと、シュウ軍師宛て、と……ああこれだ」
おじさんが中から大きな封筒を取り出して渡すと、シュウさんは素早く封を開けさっと中身を見た。
「……確かに。これで何とかなるぞ。コウリ殿、すぐに広間へ。作戦会議を始めます。おい、そこの君、すまないがアップルとクラウスに急いで広間に来るよう伝えてくれ」
「は、はいっ」
シュウさんの言葉に、私の隣にいた男の子が風のように飛び出していく。
ばたばたしているみんなの隙間をぬっておじさんの所まで行くと、半分諦めながらもこっそり訊いてみた。
「その中に私宛の手紙があったり、する?」
「ん?どうかな、今回はシュウ軍師宛てのがあったからなあ…………っと、こりゃ驚いた。ちゃんとあるよ。トランの英雄もマメだねぇ。良かったね、ナナミちゃん」
「本当っ!?」
差し出された封筒を受け取り、まじまじと見る。見慣れた水色の封筒。宛名は確かに私の名前。
「え、ナナミにシオンさんから手紙が来たの?」
私の声を聞きつけて、出て行こうとしていたコウリが振り返った。その声でシュウさんも足を止めて私を見る。
「……シオン殿は優雅なことだな。緊急を要する書類と個人的な手紙を同時に送ってくるとは…お蔭でこちらがどれだけキリキリさせられたと思っているんだ」
う、そんな怖い目で私を見ないでよ。私だって来てると思ってなかったんだから!
「ナナミ宛てのは前に書いておいて、送るのが遅くなったものかもしれないよ。……ほら、シュウ。作戦会議をする時間が無くなる。急ごう」
コウリがシュウさんの背を押して部屋を出て行く。ありがとうコウリ。私のこと庇ってくれたのね。振り返ったその顔は「良かったね」と言っていた。
……うん、嬉しい。
本当はコウリも知っているの。シュウさんがシオンさんに手紙を出したのと同じ時に、私も手紙を出してるってこと。
一緒に出したのにシュウさんへの返事しか返らなかったら、私が悲しむってシオンさんは判ってたんだろうな。届くのが遅れたのは、もしかしたら私への返事も書いてた所為かもしれない。
でもシュウさんのは大事な書類で、私のはどうでもいい手紙なのに。
同じに扱ってくれた。嬉しくて涙が出そうになる。
本当に泣き出してしまう前に部屋に戻り、封を開ける。今回はシュウさんへの急ぎの手紙があったから、チェックを受けずに貰うことが出来た。シオンさんと私以外、誰にも見られなかった初めての手紙。
ドキドキしながら、丁寧に封筒の糊を剥がしていく。破かないように気をつけなくちゃ。ゆっくり、ゆっくり………取れた!
中にはいつも以上に短い手紙が入ってた。

僕は元気だ。またそっちに行くから。

走り書きに近い、本当に慌てて書いたというのがよく判る文。
…………嬉しい。
「ふぇ…………」
涙が溢れてきて私は慌てて手紙を机の上に置いた。このままじゃ大事な手紙が濡れちゃう。
手で涙を拭いながら、私は何度も何度も手紙を見返した。
シオンさんは誰よりも平等で公平だ。こんなちっぽけな私のこともちゃんと考えてくれてる。
この短い手紙が、どれだけ私の心を暖かくしてくれたか、きっとあの人は知らないだろう。
中身よりも返事が来た事が……私を気にかけてくれているという事実が嬉しかった。
「うん……待ってる。だからまた来てね」
手紙をぎゅっと抱きしめ、小さく呟く。
今までで一番短くて、一番嬉しい手紙だった。



あなたの事を想うと、胸が熱くなる。
この想いは何というのですか?






END





*まこさんに捧ぐ*

二日遅れましたが誕生日プレゼントです。数少ないナナ→坊仲間のまこさんに、愛を込めてV
……ナナミの一人称って難しい……(涙)


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