約束の地



仲間たちの引き止める声を振り切って、僕はジョウイと約束したあの地を目指している。
革命は為された。ハイランドと言う国は滅び去った。
僕たちは勝ったのだ。
ーーもう僕の役目は終わった。
大統領になり、新しい国を治めて欲しいとみんなが言う。
だけど僕はその器じゃない。同盟軍のリーダーだって、みんなが僕を盛りたててくれたからやったこれただけだ。リーダーらしい事なんて何もしていない。
大体、僕がリーダーなんて間違ってるんだ。キャロの街ではナナミとジョウイの後をくっついて回っていた僕が、人の上に立つなんて。
あの時、シュウの言葉に乗ってリーダーなんて引き受けなければ、僕はナナミを失わずに済んだんじゃないのか?
ジョウイと戦わずに済んだんじゃないだろうか。
今は手袋の下に隠れている輝く盾に、そっと触れる。
黒き刃と対になって存在する盾・・・この運命はお前たちが仕組んだものなのか?互いを求め、一つになりたいお前たちが仕組んだ終末へのシナリオ。
皮肉だね。こんなにも求め合っているのに、お前たちは傷付け合わずにはいられない。お前たちが戦うことによって世界は生まれ、新しい秩序が生まれていく。
でもそれに、僕たちを巻き込むのはやめてくれ。
お前たちの一つになりたいという望みが、僕たちを巻き込んでこの戦争を起こしたんだ。
でなければ片田舎にいた子供たちが、どうして一国の王とそれに対抗する同盟軍のリーダーになんてなり得る?
それでも僕も最初はリーダーになったのは自分の選択だと思っていた。そうすれば早く戦争が終わると・・・またあの幸せなキャロの街に戻れると信じて。
ジョウイもそうだったんだと思う。王国軍のキャンプから戻ってきた時、ジョウイは何か思いつめた目をしていた。
その時はそれがなんだかわからなかったけど・・・彼はあの時迷っていたんだ。
ルカに従うか、否かを。
そしてジョウストンの丘上会議の、自分たちのことしか考えない代表達の姿に、彼は決意したんだ。
自らの手を血で汚しても、僕らの・・・僕とナナミの幸せを守ろうと。
僕とナナミにとって、ジョウイが家族のように大切だったように、彼にとってももう僕らしかいなかったんだ。
ラウド隊長にスパイの濡れ衣を着せられ、戻るところを失ったジョウイには。
ああ、もうすぐ懐かしい場所が見えてくる。
僕たちの始まりの地。すべてはあそこから始まった。
夕日があんなに傾いている。日が落ちる前にたどり着かなくては。夜のあの場所は嫌な思い出しかない。
ジョウイはいるだろうか。ルルノイエで彼の皇王の服が脱ぎ捨てられているのを見つけたとき、彼がここに向かったことは確信しているのだけれど・・・。もしかしたらまだたどり着いていないかも知れない。落城間近のルルノイエから脱出するのは困難だったろうし、そこからの道もモンスターがたくさんいる。僕のようにビッキーのテレポートがある訳じゃなし・・・。
夕日に照らされた岩陰に懐かしい後ろ姿を見て、僕は思わず走り出していた。
僕の気配に気づいたのか、彼が振り返る。
「コウリ・・来たね」
ジョウイは別れたあの日と同じ服で、そこに居た。
久しぶりに見るその姿に、僕の名を呼ぶ声に、胸が切なくなる。
だがそれはジョウイ・アトレイドではなくーーー
「同盟軍のリーダーと、ハイランド王国の皇王の戦いだ。これが、本当に・・・最後の戦いだ。」
その口から出た言葉は、僕がある程度予想していた物だった。ジョウイはここで、死のうとしている。僕の手によって。
僕はジョウイと戦うためにここに来たんじゃない。そう叫びそうになるのをぐっとこらえて、答えた。
「戦う必要はない」
ジョウイが棍を構える。僕がトンファーを構えないのを見て、ジョウイが静かに言う。
「必要は・・あるよ・・コウリ・・」
迫ってくるジョウイの棍を受け止める。重い衝撃が来た。
「何故だ・・ここまで来て、何故君は・・戦おうとしない?」
「僕らが戦う理由はもう無いって言ったはずだよ」
そのまま防御の形をとり続ける。
ジョウイがもう一度棍を打ち込んできた。手にジーンとしたしびれが残る。
「理由はあるんだ・・ハイランドの最後の王を君が倒す。僕と君の戦いを、この地の最後の戦いにしよう・・・」
「だったらどうしてルルノイエにいなかったんだッ!」
ジョウイがビクッとして僕を見る。僕はとうとう我慢出来ずに叫んだ。
「あの時、ルルノイエで僕は君と戦う決意をしていた。同盟軍のリーダーとして、ハイランド最後の皇王ジョウイ・ブライトをこの手にかけるつもりだった。なのに君はいなくて・・・君と戦わずに済んで、僕がどんなに安心したか、わかる?なのに今更戦えだって?勝手だよっ!」
「コウリ・・」
「僕はもうリーダーじゃない。・・・仲間たちからは新しい国の大統領になってくれって言われたけど、断ってきた。もうあの城に戻る気はないよ。僕の役目は終わったんだ。君ももうジョウイ・ブライトじゃない。ハイランド最後の皇王はルルノイエのあの場所で死んだんだ。ここにいるのはキャロの街で一緒に過ごした幼なじみ、ジョウイ・アトレイドだよ。・・・ねえ、ジョウイ。ナナミを失った僕から、幼なじみのジョウイまで奪うの?僕はね、国の平定なんて望んでなかった。ただ君と、ナナミと幸せに暮らしたかっただけなんだ・・・」
「ごめん・・ごめんコウリ」
「僕はもう君と戦いたくないよ。二人でどこか遠くに行こう。ジョウイ・ブライトを知らない土地へ。そこで今度こそ幸せに暮らすんだ」
「いいね・・僕も行きたいよ。君と一緒に新しい土地へ・・。でも駄目なんだ。黒き刃が・・僕の命を欲しがっている。始まりの紋章は二つで一つ。どちらか単体で使えば持ち主の命を削って行く。君も心当たりあるだろう? 」
「あっ・・・」
ジョウイの言葉で、ティントでの事を思い出した。あの時紋章が光って・・体中の力が抜けた。そして城で倒れたこと。
そういえばいつも紋章を使った後だった気がする。
「ジョウイ!」
突然ジョウイがひざをついた。呼吸は荒く、顔も青ざめていてひどく苦しそうだ。
「僕の体はもうボロボロなんだ。獣の紋章を押さえるために、刃を使っていたからね・・。このままじゃ、僕らの命は・・・ともに尽きる・・・だから・・君に・・僕の命を・・渡す・・。右手を・・」
「いやだっ。なんでそんなこと言うんだよ。そんなことされてもうれしくないよっ。言っただろ。僕の幸せは君とともにあることだと。それに刃を受けとったら、紋章は一つになり、僕は永遠の命を手に入れることになる。永遠に、僕に、生きろっていうのかっ。たった一人で!!」
「ごめん・・でもどちらにしても僕の命はもうすぐ尽きる・・だったらせめて君には生きて欲しいんだ。僕とナナミの分も・・・お願いだよ、コウリ・・」
「その”お願い”だけは絶対にきけない。永遠の命なんて欲しくない。“輝く盾の紋章よ、その力を示し我の命をこの者に与えよ“」
「だめだっ・・・コウリっ・・・」
紋章が輝き、光が僕たちを包み込む。
光が消えたとき、僕とジョウイの立場は逆転していた。
「どちらかしか生きられないなら、君が生きて。ジョウイ・・・」
「コウリっ・・・」
ジョウイが泣きながら僕を抱きしめる。暖かい。こうしてジョウイの腕の中で死んでいくのもいい。
「今ほど僕が盾を受け継いで良かったと思ったことはないよ。君を守れたんだからね。僕は弱いから、永遠の命なんて手に入れたら、きっと狂う。たった一人で生きて行くことを考えただけで、こんなに恐ろしいのに。・・・ごめん。自分がやられて嫌なことは人にするなって、ゲンカクじいちゃんに言われてたのにね・・・。ねえジョウイ、僕にはもう待っててくれる人がいないんだ。同盟軍の仲間が必要としているのは、リーダーとしての僕であって僕自身じゃない。そりゃ、いつかはまた僕を愛してくれる人に出会えるかも知れない。でも君は違う。君には今君を必要としている人がいるんだ・・・。」
驚いた顔をしているね。僕が知らないとでも思った?
「クルガンとシード将軍・・彼らが僕らの前に立ちはだかったのは、時間稼ぎの為だろ。ハイランドの皇妃を逃がすための・・・。知ってるよ。いけにえの儀式に使われたのは、人形だったってこと。僕の仲間にはハルモニアに詳しい人がいたからね・・・。ハルモニアの秘宝、生きた人形・・・」
「コウリ・・・」
「ジョウイ、君を必要としている人がいる。皇王ではなく、ただのジョウイを。行って。君が僕の幸せを願ってくれたように、僕も君の幸せが望みなんだ」
ああ、意識が薄れて行く。もうこれで終わりなんだ。
その時、僕とジョウイの手の間から光が生まれ、僕の体を包んだ。暖かい光が、僕の体を癒して行くのがわかる。
光が消えたとき、僕の体には力が戻っていた。
近くで空間が歪む感じがして目をやると、光の中からレックナート様が現れる。
そしてその言葉で、僕らは紋章の意志に勝ったことを知らされた。
現れた時と同じように、光の中にレックナート様の姿が消えて行き、僕らの手には盾と刃が残された。
「ごめん、前言撤回する」
「コウリ」
「一緒に生きられるなら、君と生きたいよ。それがエゴだともわかってる。君を愛している人がいて、むしろその人の方が君を必要としているのに。でも、それでも僕は言いたい。ジョウイ、一緒に行ってくれる?」
ジョウイが破顔する。うん、いい顔だ。
本当は聞かなくても分かってたんだ。ジョウイの答えなんて。
うぬぼれじゃなく、ジョウイも僕と同じくらい僕を必要としてくれていることを知っているから。
「もちろんだよ。それが僕の望みでもあるんだから」
ごめんね。ジョウイの奥さんだった人に、心のうちでそっと謝る。
あなたの大事な人を奪ってごめんなさい。でも、僕もこれだけは譲れないんだ。
その為に、この戦争を生き抜いて来たんだから。
どちらからともなく手をつなぎ、僕らは歩き出した。
この場所は、また僕らの新しい旅の出発点になる。
山の中腹まで降りてきたとき、意外な顔を見つけて驚いた。僕の行動なんか彼にはお見通しってことか。
「あなたに報告しなければならないことがあります。コウリ殿・・・」
その後のシュウの言葉に、僕は耳を疑った。
ナナミが生きている!?
「キャロの街にいるはずです。行ってやってください」
「いいの?」
「はい、戦争は終わりました。あなたの心はすでにリーダーではなく、キャロの街の一少年に戻っている。そんな人間にいつまでもリーダー面されているのも迷惑ですから」
「キッツいなぁ」
言葉はきついけど、いつも僕のことを考えていてくれたシュウ。同盟軍の中で、唯一僕が呼び捨てにする年上の人間だ。シュウが、さん付けを許さなかったから。軍師は盟主の手であり、頭である。自分の体に敬称をつける必要はないって言って。
「じゃあ、行くよ・・・シュウ」
「何ですか」
「ありがとう」
シュウが僅かに破顔して、やさしい顔になった。ああ、こんな顔もする人間だったのか。
「コウリ殿、あなたがリーダーであったからこそ、みんなここまで来れたのです。お礼を言うのはこちらの方だ」
「シュウがそんなこと言うなんて、雪が降るかもね」
笑って手を振る。ありがとう。本当にすばらしい仲間たちだった。自分勝手なリーダーでごめん。
シュウと別れた後の僕らの足取りは軽かった。
街が近づくと、いつのまにか走り出していた。
早く、早く、ナナミの所へ。
懐かしい家の門が見えてくる。そして、そこには僕らの大事なーー
「ナナミッ!!」
「コウリっ、ジョウイっ」
ナナミが両手を広げて駆け寄ってくる。
三人で抱きしめあう。長かったね。こうして三人でまた抱き合えるようになるまで、本当に長かった。
また三人でいられるなんて、本当は諦めていたんだよ。
行こう。また三人で、新しい土地へ。
僕らのことを知らない所へ。
途中でちょっとハルモニアにも寄ろう。ジョウイの大切な人が幸せかどうか確かめに。
そしてその後は向かうんだ。
僕たちに与えられた カナンの地へ。

END



最初にゲームしたときはベストエンディングに怒りまくったものですが・・(あの場合、ジョウイは主人公と戦って死ぬべきでしょう。国を滅ぼした最後の王が、すべてを捨てて幸せになっちゃうのもどうかと思う)とある主ジョウ本を読んでから、再度ラストシーンをやり直したところ、めちゃめちゃ感動しました!
主人公の気持ちになってみたら、あのシーンでジョウイと戦うなんてできませんでした。分別のついた大人なら、自分の立場とかいろいろしがらみがでて来て、欲しいものを欲しいと言えなくなるけど、彼らはまだ子供。周りのことより自分の欲求の方が大事な年頃です。そこで変に悟っちゃってるのも嫌だし。
ジョウイにしてみれば、最後の決着はあの地でって思ったんでしょうが、主人公にしてみればそれこそひどい仕打ちです。だからあの辺の叫びは私の気持ち。
歴史を作った人物の決着としては、文句を言いたいところですが、彼ら二人の結末としては最高のシーンでした。ちょっとジョウイがあっさりしすぎてる気がするけど。
カナンの地とは、旧約聖書でイスラエルの民が神から約束された土地のことです。ここでは楽園の意味で使っています。

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