こんな風に



「アルドっ」
 名前を呼ばれて振り向いたらテッド君がいた。
「お前もパーティ参加だろ。作戦室まで一緒に行こうぜ」
「う、うん」
テッド君から話しかけてくれてくれるなんて珍しくて、びっくりしたけど嬉しい。たたたっと小走りに走ってきたテッド君が、僕の隣に並んで歩き出す。
「ここんとこお前も俺も毎日だよな。お呼びがかからないのも寂しいけど、こう連日だと流石に疲れるぜ。明日は二人とも絶対休みにして貰おうな」
何だか今日のテッド君は、凄く機嫌がいいみたいだ。テッド君が自分から色々話してくれるのも初めてだし、僕のことも気遣ってくれるし、それに僕と並んで歩いて…………………あれ?
「どうかしたか、アルド」
僕の歩く速度が落ちたので、テッド君が不思議そうに見上げてくる。うん、やっぱり間違いじゃない。
「テッド君、何かいいことでもあった?」
「別に何もないけど。何で?」
「だってテッド君が僕の隣を歩いてくれてる」
「はあ?」
テッド君はいつも必ず人の前を歩く。
アスさんしか行き先を知らない時はともかく、それ以外は絶対一番前を歩いている。人と並んで歩くことも、誰かの後ろを歩くこともない。
だから僕はテッド君の背中は見慣れていても、こんな風に横から見下ろすのは、戦闘時以外殆ど見たことなかったんだ。
「何言ってるんだよ。いつもと同じだろ。寝ぼけてるのか」
おかしそうに笑って、テッド君がぽんっと僕の背中を叩いた。その顔にまたもやびっくりしてしまう。テッド君が笑ってる!
「作戦室に行く前に、上で腹ごしらえして行こうぜ。お前も朝メシまだだろ。何食べるかなー。フンギのとこにするか、ケヴィンさんとこのカニ饅頭にするか…」
呆然としている僕を他所に、テッド君は朝食のメニューに頭を巡らせている。そのお喋りは少しも止まることがない。
どうしちゃったんだろうテッド君…。あの無愛想で、普段は話しかけても返事もしてくれないテッド君がこんなに喋っているなんて…。
何か悪いものでも食べたのかな。それでちょっとハイになっちゃってるとか?でもそのお陰で明るいテッド君が見れたんだから、結果的には良いことなのかな。
「よしっ時間もあんまり無いし、カニ饅頭にしよう!」
階段を上りきり、まだ人もまばらな第三甲板にたどり着くと、僕たちに気づいたフンギ君が声をかけてきた。
「おはよう、テッドにアルドさん。今日の朝食メニューは玉子焼き定食だよ。どうだい?」
 「えっ、玉子焼き定食?うーん、それも心惹かれるけど……悪いなフンギ、今日の朝食はカニ饅頭って決めてるんだ」
「そうか。じゃまた明日な。リクエストあったら受け付けるから言ってくれよ。アルドさんも今日は饅頭?」
「う、うん。ごめんねフンギ君……」
フンギ君とテッド君の親しげなやりとりに驚いていた僕は、不意に話を振られて思わず頷いてしまった。
帰りが遅くならなかったら夕食は頼むわと、立ち去り際にフンギ君に手を振るテッド君の後を慌てて追う。テッド君とフンギ君ってこんなに仲良かったっけ?
「早いのね……今日もアスさんのお供かしら…?」
「そうなんだよ。アスの奴、人の事こき使ってさ。ジーンさんと一緒のパーティなら喜んで参加するんだけどな」
「あら…うふふ。お上手ね……」
「テッドー、預かってた弓の整備終わってるよ!テッドは使い方乱暴なんだよ。もっと大事に使ってよね!」
「悪い悪い。あんたの整備は完璧だよ、アドリアンヌ。いつも助かってる。サンキュな」
……ジーンさんとアドリアンヌさんとも、こんなに仲良かったっけ?
「ケヴィンさーん、カニ饅頭頼むよっ。アルド、お前も同じでいいのか?幾つ頼む?」
「えと……二つで……」
「二つな。じゃあ全部で四個お願いしまーす」
「はいどうぞ。熱いから気をつけて下さいね」
パムさんから蒸かしたての饅頭が入った袋を受け取り、テッド君が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ありがとう。やっぱり寒い時はケヴィンさんの饅頭に限るよなー。俺この船に乗って本当に良かった。ケヴィンさんやフンギみたいな良い料理人が揃ってるし、マグロは美味いし」
「テッドさん、おだて過ぎですよ」
「おだてじゃないって。本当、俺ケヴィンさんとパムさんの饅頭の大ファンだからさ!」
「こちらこそ、テッドさんにはいつも新商品の試食をして頂いて助かってますよ。またお願いしますね」
「任せて下さいよ!俺は味には煩いですから」
「…………」
その後もテッド君は、擦れ違う人皆に声をかけたりかけられたりして楽しそうな会話を繰り広げていた。僕はと言えば、何も言えずにテッド君の横で突っ立っていただけだ。
今日のテッド君はまるで別人みたいだった。
よく喋るし、よく笑う。なのにそんなテッド君に違和感を感じているのは僕だけみたいで……もしかしておかしいのは僕の方なのかな。
「どうしたんだよ、アルド」
甲板のお日様の当る場所に座り込んで、並んで饅頭を頬張っていたテッド君が尋ねてくる。
「変だぞ、今日のお前。何か悪いものでも食べたのか?」
さっき僕が思っていた事をそのまま返されてしまった。
「何でもないよ……」
饅頭の最後の欠片を飲み下して小さく微笑む。
やっぱり僕の方がおかしいんだ。後でユウ先生の所に行って看て貰おう。これって記憶喪失の一種なのかな。変な病気じゃないといいけど。
「ふーん、俺には言えない…か」
「そんなんじゃないよっ」
呟いたテッド君の声があまりに寂しそうだったので、思わず大きな声で叫んでしまった。僕の態度がテッド君を傷つけたなんて、それ自体が嘘みたいだけど。
「じゃあ何なんだよ。俺、何かお前を怒らせるようなことしたか?」
「怒ってなんかいないよ。どうして…」
横を向けば、テッド君の綺麗なアースブラウンの瞳が、僕をじっとみつめていた。
「今日のお前、俺を避けてる……」
「そんなことないよ」
それどころか、いつも以上にテッド君の傍にいさせて貰ってるっていうのに。
いつもはこんな手を伸ばせばすぐ届くような位置になんて、絶対来てくれない。
 まあ僕の記憶の中では……だけど。本当は違うのかな。
「避けてる。だって俺に近づこうとしないじゃないかっ」
「……え?」
テッド君の瞳がキッと鋭さを帯びる。
「気づかないとでも思ったか?歩く時も話してる時も、こうして並んで座っててもお前は距離を取ってる。何か気に障る事したんなら言えよ。俺と一緒にいたくないならそう言えばいいだろっ」
「え、え、ちょっと待って、テッド君っ」
吐き捨てるように叫んで立ち上がったテッド君の手を、思わず掴む。それが右手だった事に気づいて、僕は手を離してしまった。
テッド君が右手に触れられるのを嫌うことを思い出したから。
だけどこの場合は、それが益々テッド君の怒りを煽ってしまったらしい。僕を睨みつける瞳が更に険しくなる。
「もういいっ」
くるりと背を向け、長い甲板を走り出したテッド君を慌てて追いかける。いつもは扉の鴨居に額をぶつけてばかりの無駄に高い自分の身長に、今は感謝した。コンパスの差で、何とかテッド君が船内に飛び込む前にその腕を掴む。
今度は左手だ。こちら側なら僕も気兼ねしないで済む。
「離せよっ」
「嫌だよっ、テッド君誤解してるでしょうっ」
「煩いっ、俺に構うなっ」
こういう所はいつもと変わらないかも……などと思いながら、暴れるテッド君を強く胸に抱きしめる。殴られるかも知れないけど、この際逃げられないことが先決だ。
だけど予想に反して腕の中のテッド君は大人しくなった。
「……その…テッド君……ごめんね…?」
抱きしめたはいいもののこの先どうしたらいいか判らず、とりあえず怒らせてしまった事を謝ってみる。
「…………」
「避けてるつもりは無かったんだよ。……その、昨日から少し風邪気味だったから、テッド君に伝染しちゃいけないと思って…」
「風邪?大丈夫か?」
とっさについた言い訳だったけど、信じて貰えたらしい。今までの怒りも忘れて心配気に見あげてくるテッド君を嬉しく思いつつも、嘘をついた事に気が咎める。
「後でユウ先生の所に行ってくるよ。だから僕がまた変なこと言っても気にしないで」
「今日は休んでいた方がいいんじゃないのか?あいつにお前は休むって伝えておくぜ」
「大丈夫だよ。そんなにひどくは無いから」
「そうか?でも無理はするなよ?」
「うん、ありがとう」
僕の事を心配するテッド君って新鮮だなぁ。勿論いつものテッド君だって心配してくれるけど、こんな風に言葉や態度に出してくれることは滅多に無いから。
そしてまだテッド君を抱きしめたままだった事に気づき、手を離そうとして。
「熱はあるのか?だから温かいのかな……」
「テ、テッド君?」 
逆にぎゅっと抱きつかれ、思わず声が上ずってしまう。
どうしよう、あのテッド君が僕に抱きついてる。普段は触ることすら許してくれないテッド君がっ!
「さっさと戦闘済ませて、今日はゆっくり休もう。もし悪化して寝込んだら看病してやるよ」
体を離し、にっこりと微笑んだテッド君の笑顔はとっても綺麗だった。
記憶との食い違いにまだ困惑はしているものの、テッド君が笑ってくれて、傍にいさせてくれる。それでいいじゃないか。
それから二人で、船内へと続く階段を下りて行った。
繋いだ手袋越しではない右手がほんのり暖かくて、僕はまた嬉しくなった。






「…………」
ベッドの上
で体を起こした状態のまま、真っ赤になった顔を隠すように両手で覆い、大きく項垂れていた。
そんな都合のいい事がある訳ない事は判っていたが、こういうオチか。夢の中では夢だと思っていなかった分、目覚めた後の
衝撃は大きい。
幸せな夢だった。こうあればいいと願う夢だった。テッドの手に真の紋章は無く、どこにでもいるちょっと魔力が高いだけの普通の子供で。笑顔を浮かべ、皆と冗談を交し、時に甘えて駄々をこねる只の子供で。
本当に、あれが現実だったらどんなに幸せだろう。
夢の中での何でもありな設定
にも、乾いた笑いが浮かんでくる。勝手な想像。勝手な解釈。あんな風に思っててくれたらいいなという願望。
他人の視線から見た自分は、なんて我侭で甘ったれなのだろう。
「……恥ずかしい夢…」
ぼそりと呟いて、髪をかきあげながらテッドはパーティ参加要請が来ない事を祈った。
夢の中で自分が扮していた優しい青年と、せめて今日だけは顔を合わせずに済むように。







アルテドアンソロ1より再録。
恥ずかしいですねー、テッド。
メインアルドは「テッドくん」呼びなのですが、これはテッドの見た夢なので「テッド君」になってます。



<<-戻る