怪しい薬にご用心




「……これ、なんだったっけ」
久しぶりに薬の整理をしていて、ラベルのない薬瓶を見つけたテッドは首かしげて呟いた。
ずっとあっちこっちを旅していたから、薬は必需品だ。大方旅の途中で、どこかの町で購入した物なのだろうが、どこで手に入れたものか全く思い出せない。
蓋を開けてみると、中には半分ほど白い錠剤が入っている。風邪薬に似た錠剤だ。
「まあどうせ使用期限も過ぎてるんだろうし、怪しいものは捨てるに限る」
テッドは瓶の蓋を元通り閉めると、後で捨てようとその瓶をテーブルの上に乗せた。
……それが大いなる悲劇をテッドにもたらすことになるとも知らずに。




「テーッド、あのさ……ってあれ?居ないのか」
軽いノックをしたあと、テッドの部屋の扉を開けるとそこには誰も居なかった。
「風邪薬欲しかったんだけど……えっと薬箱は……」
先ほどテッドが薬箱の整理をすると言って持っていって、それは未だに所定の位置に戻されていなかった。朝から少し咳が出ていたシオンは、昼食後念のために風邪薬を飲んでおこうと思い、整理をしているであろうテッドの部屋に来たのだが。
「テッドってばどこに薬箱置いたんだ?……っと、これ風邪薬かな」
テーブルの上に無造作に置かれたいくつかの瓶。それは捨てようと思って、テッドが分類しておいたものなのだが、それをシオンが知るわけもなく。
その中の例の、ラベルの貼られていない瓶を手にとって蓋を開けた。
「これみたいだな。ラベル貼ってないけど、多分一回3錠でいいんだろう」
何の疑いもなしにその薬を水と一緒に飲み込む。薬を飲むときは、いつもグレミオが準備していたものを飲んでいたお坊ちゃん育ちのシオンには、中身がなんだかわからない薬を飲むのがどんなに危険なことか知るよしもなかった。



テッドが帰ってきたのは、シオンが薬を飲んで一時間ほど経った頃だった。
薬箱を整理していると結構足りないものが多いことに気づき、買出しに出ていたのだ。シオンも朝から変な咳をしていたし、風邪薬と、ついでに市場に寄って野菜とオレンジを買い込んで戻ってくると、家の中はシーンっとしていて人の気配がしない。
「シオン、外に出たのかな」
とりあえず買ってきた品物をテーブルの上に置き、薬と食材を分けていると、二階のテッドの部屋のあたりでばたんとものが倒れるような物音がした。
「……シオン?俺の部屋で何をやっているんだろう」
品物をそのままにして、二階に上がる。階段を上りきった所で、苦しそうな荒い息遣いが聞こえてきて、テッドは慌てて自分の部屋の扉を開けた。
「シオンっ?……どうしたんだ、お前っ」
「テッド……」
シオンは自分の体を抱き締めるようにして床にうずくまっていた。テッドの声に僅かに上げた顔は、真っ赤になっていて目も潤んでいる。縋るように見つめてくるその目に、テッドは慌ててシオンの傍に駆け寄った。
「どうした、シオンっ。顔赤いし、熱でもあるのか」
手の平を額に当てて熱を測ってみるが、それほど熱くはない。だが呼吸は早く、息苦しそうだ。
「とにかくベッドに横になろう。俺のベッドまで歩けるか?」
シオンの返事を待たずに、シオンの脇の下に手を入れて立ち上がらせる。ふらふらしている体を支えて、なんとかベッドの傍まで来るが、自分と同じ位の体格の人間を支えるのには無理があったのか、もつれるようにベッドに倒れこんでしまった。
「……ってて、おいシオン。大丈夫か」
ベッドから体を起こそうとして、ふと止まる。シオンが自分の体にぎゅっとしがみ付いていたのだ。
「……シオン?」
「テッドぉ……」
俯いていた顔が上げられる。その瞳に潜む色に気づいて、テッドはとっさにシオンから体を離そうとした。
だがシオンの腕は、テッドを開放してくれなかった。
「お、お前、もしかして……」
「体が熱くてたまらないんだ…っ…助けてよ、テッド」
言うが早いかシオンの顔が目の前に迫ってきて、抗議の声を上げるまもなく口付けられる。
「ちょっ……待てっ……んんっ」
貪るような口付けに、一気に息が上がる。同時にシオンの手がテッドの下半身に触れ、すばやくズボンの中に滑り込んできた。
「あっ、ん・…こらっ落ち着けよっ……」
「もう我慢できない……体が熱くて、したくてたまらないんだ……!」
シオンの手がテッドの熱を煽ろうと、テッド自身に刺激を与える。
慣れた体はその刺激と、耳元で囁かれる熱い吐息にすぐさま反応を返し始める。流されそうになるのをぐっと堪えて、テッドはシオンの体を引き剥がしにかかった。
「待てってばっ。お前、どうしたんだよ。急すぎるぞっ」
「判らないけど30分くらい前から体が熱くなってきて、苦しくて……」
シオンはテッドの上に完全に乗り上げていて、押し返そうにも全く動かない。
その間もシオンの手は止まらず、もう片方の手が器用に服の合わせをはずし、現れた胸の飾りを摘み上げる。
「やっ…なんか変なものでも食ったのかっ…!」
仰け反りながら必死に言葉を紡ぐ。意識していないと、すぐにでも流されてしまいそうだ。
なんだかんだ言って、テッドの体も熱くなり始めている。
「変なものは食べてないと思う……薬は飲んだけど…」
「薬?それってどこにあったやつだ」
「そこのテーブルの上の……茶色の瓶」
言われるままテーブルの上に視線を向けると、そこには先ほど自分が捨てようと思った薬の数々が並んでいる。
シオンが飲んだという薬は、唯一正体の判らなかった例の薬だった。
「お前っ!よりによってあれを飲んだのかっ…」
あの薬が原因なのだとしたら……ふと、テッドの脳裏を古い記憶がよぎる。
5年ほど前、ちょうどテッドがシオンの家に来る少し前、花町に出入りしている薬屋から薬を貰ったことがあった。
――――お前さんにはちと早いかもしれないけどね。ここのお客さんにはこれが必要な人もいるのさ
にやにやと嫌な笑いを浮かべながら、その男が押し付けてきた薬。
――――好みの女がいたら飲ませてみな。天国味わわせてくれるはずだぜ
宿屋で知り合い、なんだかえらくテッドを気に入ったらしい薬売りは、いらないと返そうとするテッドを面白げに見つめ、結局受け取らずに行ってしまった。
ラベルがないのは非合法の薬だからだ。当時はどうせまがい物だろうとカバンに放り込んでそのまま忘れていたのだが…本物だったのか。
シオンの症状にあの男の言葉。これはいわゆる催淫剤、だ。
そのことに思い当たり、そしてその薬をシオンが飲んだという事実に、テッドの顔から一気に血の気が引いた。
「テッド……」
「んっ…ま、待てっ!シオン…あ……」
下半身に押し付けられる熱いシオン自身に、テッドはもはや逃げられないことを知る。
ただでさえシオンがこうなった状態では逃げるのは難しいのだ。薬の所為で理性が飛んでいるとなれば、もう絶対に逃げられっこない。
……大体今逃げたら、もう自分もヤバイ。
「……判った。いいぜ、しよう。シオン……」
シオンの首を抱き寄せて、深く口付けると、シオンの目から迷いが消える。
こうなったら素直に感じて楽しんだ者勝ちだ。すっかり開き直って誘うように舌を絡ませると、シオンの舌がそれに応えてくる。
後はただ二人でひたすら互いを求め合った。

(……あんな薬、さっさと捨てておけばよかった……)







後日。
「お前、あんな古い薬飲んで腹壊さなかったか?」
「うん。平気だった……ごめんね、テッド。無理させて」
ぎゅっと抱きついてくる体をやんわりと受け止めながら、テッドはとんとんと抱き締めた背を叩いてやる。
「俺は大丈夫だから気にするなよ」
「でもあの時のテッド、可愛かったなあ。僕にぎゅっと縋りついて来て」
「そ、それはお前がいつまでたっても開放してくれないからっ……」
「だって僕は薬の所為で1、2回くらいじゃ楽になれないんだもん。大体なんであんなのテッドが持ってたのさ」
「無理矢理押し付けられたんだよ。旅の薬売りに」
「ふーん。どこかの女に使ったりしたとか…」
「そんなわけないだろっ」
「本当に?(じとー)」
「嘘なんかつくか」
「わかった、信じるよ。でもたまにはああいうのも刺激があっていいね。テッドにも飲んでもらえばよかったかなあ(にこにこ)」
「……お前、最低」


END




もしかして初ですかね。こんなにちゃんとやってる坊テ…。


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