strawberry kiss





冬の朝はベッドから出るのに勇気がいる。ましてや隣に人間湯たんぽが居るとなれば尚更。
目が覚めて一番最初に見たものは、テッドの寝顔だった。
僅かに開いた唇から、規則正しい寝息が洩れている。うつ伏せていた体を動かして向かい合うように横向きになると、気配でテッドが目を覚ました。
「……おはよう、テッド」
「………おはよう……」
目覚めたてでまだぼんやりとしているテッドの髪を愛しげに撫でる。抱き寄せると、布団の中でじんわりと汗をかいていた肌と肌が触れ合って、その感触が昨夜の事をリアルに思い出させた。
「よく眠れた?」
「ああ、おかげさまでな」
もぞもぞと布団から伸びた手がシオンの頬に触れる。手はそのままぺちぺちと頬を叩いたり、柔らかい頬をふにふにしたりして遊んでいる。
「くすぐったいよ」
そういうシオンの手も、テッドの髪を指に絡ませ弄ぶことを止めない。
目が合うと二人の唇にくすくすと笑い声が上った。
「なあ、腹減らないか。もういい時間だぜ」
昨日寝たのが遅かったせいか、二人して随分寝こけていたようだ。カーテンの隙間から差し込む光が、今が朝ではないことを告げている。ずっと食べ物を与えられていない胃は、ひっきりなしに自己主張していた。
「うん、お腹空いたね……でもベッドから出たくないなあ。寒いし……」
テッドの顔を抱えて自分の胸に押し付け、その頭にこてんと頬を乗せる。肩から上の、布団から出て空気に晒されている部分が冷えて心地いい。
「こらこら、こうやってたらいつまで経っても飯食えないぜ。……ほら、離せって。飯の支度して来るからさ」
抱き寄せる腕からやんわりと逃れ、テッドが起き上がった。暖かい布団が跳ね除けられ、とたんに裸の体を襲う冷気に二人揃ってぶるっと身を震わせる。
「……寒い」
「お前はまだ寝てていいよ。ちょっと待ってろ」
傍のイスにかけてあったシャツだけ羽織ってテッドが台所に向かった。その後ろ姿を見送り、シオンは再び布団に目まで埋まる。
隣にぽっかり空いた、テッドが居た場所の温もりを確かめるようにそっと手を這わせ。
しばらくして、室内にいい匂いが漂い始めた。昨日の夕飯のシチューの残りを温めているらしい。
やがてほかほかと湯気の上がるシチューの皿を載せたトレイを持って、テッドが戻ってきた。
「ほら、食おうぜ。食う時はちゃんと起きろよ」
トレイをサイドテーブルに置き、ベッドに横座りして頭だけ覗くシオンの体をぽんぽんと叩く。
声をかけられ、もそもそとシオンが顔を出した。
「寒くて出たくないなあ」
甘えた目で見上げてくるシオンに、呆れ交じりの笑みを漏らす。シオンが寒さに強いのは先刻承知だ。
「食べたくないならいいんだぜ。デザートの苺も俺が全部食べるから」
「苺っ!?」
好物の名前にシオンが慌てて飛び起きる。その反応を予想していたテッドが、目の前に苺の粒を突き出してきた。大きくて真っ赤に熟れた、甘そうな苺。
「美味そうだろう?」
これ見よがしに苺をぽいっと口に含む。白い歯が赤い果実を噛み砕いて行く。
「食べるか?」
新たな苺を手に取り、じーっとその様子を見つめていたシオンの目の前に差し出す。
「食べる」
指ごと食べようかという勢いでばくりと食いつくと、じわっと口内に広がるみずみずしい甘さと酸味。
テッドの手に滴った雫を嘗め取り、視線で次を催促する。
その目に笑いながらテッドが次の苺を掲げると、先程同様一口で苺はシオンの口の中に消えて行った。
「何か雛に餌をやる親鳥の気分だな」
「じゃ今度は僕が食べさせてあげようか」
「え?」
悪戯っぽく目が輝き、次の苺を咥えたシオンの顔が近づいてくる。苺が唇に押し付けられ、その意図に気付いたテッドが苦笑しつつも口を開ける。口移しで与えられた苺はまだ熟しきっておらず、甘味よりも酸味が強かった。
「酸っぱい…」
「ああ、はずれだった?これなら赤いから甘いと思うよ」
サイドテーブルに置かれた皿に手を伸ばし、赤そうな苺を一つ選んで摘み上げた。動物のようにそれを唇で挟んで目的の場所まで運ぶ。
苺がテッドの口の中に消えても、唇は離れていかなかった。
咀嚼するテッドの唇すれすれで待機したまま、苺が嚥下されていくのを待つ。
やがてその咽がごくんと上下すると、待ち侘びたように唇が重なった。
口内に潜り込んでテッドの舌を深く絡めとり、残った甘味を味わう。
「ほらね、甘かった」
「……まあな」
そのままもう一度キスをする。もう苺の味はしないけれど、苺以上に甘い唇。
体の表面は冷えて冷たくなっているのに、相手に触れている部分だけが熱く熱を持ち始める。
素足伝いにシャツの下のモノに手を這わせると、テッドが慌ててシオンの肩を掴んで引き剥がした。
「こらっ、待てって!折角温めて来たんだし、とりあえずシチュー食おうぜ。腹減った」
「シチューも食べたいけど、今は君から離れたくな……」
ぎゅるるるる
「…………な、飯にしようぜ」
室内に豪快に響いた腹の虫に、テッドがくっくっと声を殺して笑った。さっきまでの甘いムードを一掃した己の素直な腹を恨めしく思いながらも、お腹が空いていたのは事実なのでさっさと気持ちを切り替える。テッドの作ってくれたこのシチューは、本当にグレミオのにも負けないくらい美味しいのだ。
「…………うん」
流石に裸では食べられないので、ベッドから下りて身支度を整える。隣でテッドもズボンを穿いたのを見て思わず勿体無いな、と思う。裸にシャツを羽織っただけの姿は、とても艶かしくてゾクゾクしたのに。
「変態」
そんなシオンの視線に気付いたらしく、テッドは隣に座ったシオンの額を指でつまはじいた。
「痛っ…………僕だって男だもん」
「男だったら、男のこんな格好に欲情すんなよ」
「男のじゃなくて、テッドのだからだよ。他のどんな男に誘われたってその気にはならない。君だから欲しいって思うんだよ」
「……あー…はいはい。判ったから飯にしようぜ。冷めちまう」
シチューから立ち上る湯気は既にか細くなっている。スプーンを器に挿してシオンに渡すと、テッドは一人でさっさと食べ始めてしまった。
「…疑ってる?」
想いを込めた言葉をあっさり流され、シオンが拗ねたように手の中のシチューをぐるぐるとかき混ぜる。
「疑ってないって。………………ああもう、そこで俺にどうしろって?俺だけに欲情してくれてありがとうとでも言えばいいのかっ」
「そんなんじゃ……」
ない、と言いかけて、並んで座っているテッドの首筋がほんのり赤くなっていることに気付いた。テッドはシオンと視線を合わせようとせず、黙々とシチューを食べている。
「テッド、もしかして照れてるの?」
あんな言葉でテッドが照れるなんて珍しい。
「うるさい。俺は別に誘うつもりでも何でもなかったんだ。なのにあっさりソノ気になりやがって……お前の前では完全武装でもしてろってか」
どうやらシャツだけ姿にそそられたと言ったのが、テッドの羞恥のツボを突いたらしい。もっと凄いこともしているのに、今更こんなことで照れるテッドが可愛い。
「完全武装してても駄目だと思うよ。僕は君の全てに惹きつけられるんだから。君の笑顔にも仕草にも声にもね」
「…………」
「でも昨夜はお互い様だろ?君も僕を求めてくれたじゃないか」
他愛ないお喋りをして、テッド特製のシチューを食べて、風呂上りに軽い酒を飲んで――ふと会話が途切れ、そのまま引きあうようにして唇を重ねた。
その先に言葉は必要なかった。ただ互いの温もりを求めあった。
「昨日は俺もソノ気だったからいいんだ。ったく…本当に男のあんな格好でどうしてソノ気になるかね」
「テッドは僕のそういう格好見て、ソノ気になったりしないの?」
「お前の?」
思っても見なかった事を言われて少々面食らいながら、テッドは先ほどの己の格好をシオンがした所を想像してみた。女顔のシオンの、だぼっとしたシャツから覗くすらりとした足と白い首筋。……確かに感じるものはあるかもしれない。
「裸にシャツ一枚って男のロマンだよねぇ」
「……お前、すっかり言動がオヤジくさくなったな」
「仕方ないじゃないか。解放軍ってオヤジばっかりだったんだよ。まあ良くも悪くも、彼らから教わったものは大きいね。軍人になってたら一生知らなかったような事も色々教わったよ」
「……そうか」
その色々って事を具体的に聞いてみたい気もしたが、胸に広がる嫌な予感に訊くのを止めた。多分聞かない方が身の為な気がする。
「ご馳走様。食べ終わったら食器流しに入れておけよ」
「あれ、どこかに行くの?」
「ああ、今日は買出しに行かなくちゃいけないし……」
食べ終わったら先ほどの続きをしようと思っていたシオンである。唇を尖らせた不満そうな顔に、テッドは苦笑してくしゃりとシオンの髪を撫でた。
「んな顔すんなって。俺はずっとお前と一緒なんだからさ」
顎を取られて上向かされ、口付けられた。すぐに唇は離れ、じゃあなという声と共に部屋を出て行ってしまったけれど。
「……確かに僕らには時間はたっぷりあるよ…だけど今ソノ気になってる僕はどうしたらいいんだよ…」
切ない溜め息をついて、シオンはスプーンを置き座っていたベッドに仰向けに倒れこんだ。体をずらして正しい向きに寝転がり、テーブルの上の苺を摘んで次から次へと口に放り込んでいく。
「テッドのばぁか……」
甘くて酸っぱいその果実は、テッドの唇の味がした。








END






*小城至さんに捧ぐ*

何で今ごろ冬の話かというと、冬に書き始めて途中でほっぽってあった物だからです(爆)いちゃいちゃしてる話って難しい…。話に詰まって、追加で「冬の朝」「朝食にシチュー」というお題も貰いましたが、生かしきれてない気がします。とにもかくにも大変お待たせしてごめんなさい。


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