彼らの朝は、少女の愛のこもった突撃で始まる。
「おっはようー!!っ、朝だよ。起きて起きてっ」
バタンっと勢い良くドアが開いた瞬間、広い室内に響き渡る大音響。
「外はいい天気だよ!今日から皆で遠征に行くんでしょ。早く着替えて準備しないとね」
「……おはよう、ナナミ…」
コウリが起きだしたのを確認した後、ナナミは隣のベッドに視線を向けた。
「ほらほらジョウイも早くっ。朝ご飯食べ損ねちゃうよー」
豪快に布団を剥ぎ取り、枕をしっかりと抱きしめ寝こけているジョウイの背中を、手加減無しにガクガクと揺さぶる。
「…………ん……」
勿論これ位でジョウイが起きる筈が無い。低血圧のジョウイは、寝起きが滅茶苦茶悪いのだ。
「んもうっ、仕方ないなあ。皆が待ってるってのに」
ナナミはジョウイの腕から枕を奪うと、ごろんと転がして夜着に手をかけた。
「……………?」
胸元に感じるもぞもぞとした感覚に、ジョウイの目がうっすらと開く。寝ぼけ眼が夜着のボタンを外そうとしているナナミの姿を捉え………その十数秒後。
「うわあっ、ナナミっ!」
真っ赤な顔で飛び起きたジョウイに向かって、ナナミがにっこり微笑む。
「あ、目が覚めた?ならもう手伝わなくてもいいわよね。二人とも着替えたら下に降りて来てね。先に行って待ってるから」
「う、うん…」 
軽い足取りで出て行くナナミの背を、二つの溜息が追う。
寝ている男の服を脱がそうとするなんて、年頃の女の子がする行動じゃないぞっと叫びたかったが、恐らく彼女にとっては本当に弟たちの世話、小さな子の着替えを手伝う感覚なのだろう。
いくら弟と幼馴染みはいえ、少しは意識して欲しい。こちらだとて年頃の男なのだ。
「……早く着替えて行こうか」
「…そうだね」
ここ、本拠地の最上階の軍主の部屋では、ジョウイとコウリ、扉一枚隔てた向こうにナナミの三人が生活していた。




着替えを済ませた二人は、眠気覚ましにとエレベーターを使わず階段を下りていく。
「ジョウイと外に出るのは久しぶりだね。シュウとの話はもういいの?」
「一応一段落ついたからね。後は明日の作戦会議で皆の意見を聞いて調整して、決定になると思うよ」
「シュウってば僕の意見は聞かないくせに、ジョウイの話は聞くんだよなぁ」
僕は軍主なのに、と口を尖らせる。
本の力を借りて変えた新しい歴史では、ジョウイは宿星の一人となっている。
ジョウイが傍に居てくれればそれだけで良かったコウリだが、実際仲間として動いてみると、ジョウイは同盟軍にとって非常に大きな存在だった。
同盟軍の仲間は民衆出の者が殆どだ。ハイランドという国家を相手にするには、貴族の考え方を知る者がいるといないのとで、作戦の方法が大きく変わってくる。
貴族の教育を受け、頭の回転が早く情報処理能力に長けているジョウイは、軍師陣に非常に重宝された。 
軍師会議にも参加し、日夜軍師たちと活発な議論を交しているらしい。
『前回』同様、最終決断を下すだけで萱の外扱いのコウリとはえらい違いだ。
「軍師は人の裏の裏まで読むのが仕事だからね。コウリには向かないよ」
「それって僕が単純ってこと?」
「素直で、人を疑うことを知らないって事さ。軍主である君はそれでいいんだ。疑うのは補佐である僕の役目だ」
だが皆に頼りにされているジョウイを見ていると、軍主は彼の方がいいのではという気がしてくる。
何せ相手は一国の王を勤められる人物だ。無知な庶民出の自分より、ジョウイの方が相応しい。
そう思って、以前ジョウイに自分の代わりに軍主に立ってくれないかと申し出た事がある。
だがジョウイは静かに首を振った。
「僕は軍主には向いてないよ。トップに立つより、今みたいに細かい雑務をこなす方が得意なんだ。決断するのが苦手でね。ここ一番という時にどうしても迷ってしまう。プレッシャーにも弱い。そんな人物がトップに立ってたら困るだろう」
だけど!と食い下がるコウリをやんわりと押し止め、
「適材適所という言葉がある。僕には今の立場が一番性にあってるんだ。それにここにいる同盟軍のみんなは、君だからついて来たんだよ。君には人を惹き付けるものがある。その君が、皆を裏切るようなこと言っちゃ駄目だよ」
シュウさんもそれが判っているから、僕ではなく君を軍主にしたんだよと。
ジョウイが本心から言っているのが判ったので、その時は引き下がったが。
「でも君がもし軍主でも、軍師会議には出るんだろ」
それとこれとは話が別である。確定事項にゴーサインを出すだけの軍主という立場に、コウリは大いにコンプレックスを抱いているのだ。 
上目遣いに拗ねたように言うと、ジョウイは苦笑して、
「僕は討論とか、作戦を考えるのが好きなんだよ」
「……ふぅん」 
ジョウイのハイランドでの皇王ぶりが、想像できてしまった。
現在コウリに届く書類は、仲間たちの調整具合や大まかな全体報告などで、軍事的な質問や本拠地の管理運営に関わる物は、殆どジョウイが指示を出している。細かいところに気がつき、書類の整理もテキパキとこなすジョウイのお陰で、コウリの事務書類は『前回』の半分以下に減っていた。
皇王のジョウイは、きっと今本拠地でやっているのと同じように、兵士の数から作戦まで全てに目を通して、データに基づいた指示を出していたのだろう。完璧主義のジョウイだ。寝る間も惜しんで政務に心血注いでいたに違いない。
そういや『前回』グリンヒルで再会した時のジョウイは、えらく顔色が悪かった。
戦況では押され気味の筈のコウリは、よく寝てよく食べ、戦闘もして適度にストレスを発散させていたお陰で非常に血色が良く、ジョウイとは対照的だった。
「でもたまには体を動かさないとね。稽古は毎日続けているけど、実践じゃないとやはり体が鈍ってしまう。今日は久しぶりにパーティ参加で嬉しいよ」
「メンバーも僕とナナミとシオンさんとテッドさんだから、気心知れてるしね」
五人でも戦力的に全く問題はない。全体攻撃である幼馴染み攻撃とWリーダー攻撃、攻撃二倍ダメージの兄弟攻撃に加えて、シオンとテッドが旅の間に作ったという親友攻撃がある。
テッドが弓で全体攻撃(0・5倍のダメージ)、その後シオンが敵一体に単体攻撃(1・5倍のダメージ)という幼馴染み攻撃と兄弟攻撃の中間のような技だ。テッドはアンバランス、シオンは20パーセントの確率でほかほかステータスになる。
一応回復はテッドの水の紋章があるが、使うことは滅多にない。
「あまり運動にならなそうだな」
「呪い人形を手に入れるまでは帰らないつもりだから、そうでもないと思うよ」
「…それが目的かい?」
「うん。呪いのお風呂にするんだ♪」
「………そう」
心なしかやる気の下がったジョウイに気づかず、コウリたちはナナミの待つレストランに向かった。


「よ、おはよう。やっと来たな、二人とも」
窓際の席に座っていたテッドが、二人に気づいて片手をあげる。
その向かいでは、シオンとナナミが楽しそうに会話をしていた。四人がけのテーブルに椅子を一つ追加して、二人も腰を下ろす。
「おはようございます。早いですね」
シオンたちは既に食事を済ませたようだ。二人を待っていたナナミの分と併せて、三人分の朝食を注文する。
「俺たちも少し前に来た所だ。お前ら、あんまりナナミに苦労かけさせるんじゃないぞ。ジョウイもいい加減一人で起きろよ」
「………はい」
からかいを含んだテッドの物言いに、ジョウイが赤くなった。
「でも大分良くなったんだよ。昔はそれこそ起きてから三十分以上ぼーっとしてたんだから。ね、コウリ」
恐らく二人が来るまで散々「私がいないと駄目なんだからっ」とでも力説していたのであろうナナミが、慌ててフォローを入れる。
「そうだよ。起こされて十分で動けるようになったんだから、凄い快挙だよね」
「…………」
何だか追い討ちをかけられた気分のジョウイである。
「でもそんな寝起きの悪い奴、いつもどうやって起こすんだ?ナナミ」
「えーとねー、今日は背中をガクガク揺さぶったの。それでも起きなかったから、着替えさせちゃおうと思ったら目を覚ましたよ」
「………………着替え?」
沈黙を守っていたシオンが、どういう事だと問い詰める視線をコウリとジョウイに向ける。
「そうよ。着替えておけば後が早いでしょ。でも途中で起きてくれて良かった。ジョウイは背があるから、ピリカちゃんと違って着替えさせるのは難しいもんね」
「…………」
男扱いどころか大人扱いすらされていないジョウイに、哀れみの視線が集まる。最も他人事ではないコウリだったが。
「ナナミ、ジョウイもコウリももう子供じゃないんだから、放っておけよ」
「判ってるけどー…やっぱり気になっちゃうんだもん」
「要は君たちがもっとしっかりすればいいって事だ。早く姉離れしないとね」
「はい……」
実質弟離れが出来ないのはナナミの方なのだが、二人に忠告することでナナミへの牽制にもなっている。
「あんまり二人を叱らないであげてね。シオンさん」
残念ながら、当のナナミにはちっとも通じていなかった。
「ところでさ、今日の遠征でちょっと試してみたいことがあるんだ」
「試してみたいこと?」
「何をするつもりだい、テッド」
経験上、テッドがこんな顔をする時は良からぬことを考えている時と知っているシオンの声には、警戒が滲んでいる。
テッドはにやりと笑い、
「なあに、新しい協力攻撃を作ろうと思ってさ」
「協力攻撃?」とジョウイ。
コウリとナナミは、
「いいですね、やりましょう!」
「どんな攻撃?テッドさん!」と大ノリ。
「……また増やすのかい?」
テッドとの協力攻撃が二個目になるシオンだけが、嫌な予感を覚えていた。


ハイ・ヨーに包んでもらったお弁当を持ち、すっかりピクニック気分の一行は、呪い人形を求めてティントの坑道に向かっていた。
途中の開けた場所で昼食にし、一休憩したところでテッドが考えた協力攻撃を実際に試してみる。
「うわぁ……」
結果は――とんでもなく恐ろしい攻撃だった。
単体攻撃ではあるが、攻撃力がやたらと高いのだ。
ラスボスに2000ダメージ与えられそうな威力である。
「凄い攻撃ですね、テッドさん!(大興奮)」
「おうっ、俺もこれ程とは思ってなかったぜ!」
「格好いいーっ。あ、名前考えなくちゃねっ。ねえねえ、W親友攻撃なんてどうかなっ」
ナナミの意見は満場一致で採用され、ここに世にも恐ろしい協力攻撃が誕生した。
だが世の中は、そんなに甘くなかったのである。




ティントの鉱山にて。
ゾンビ相手の単調で地道な戦闘に飽き、先ほどの協力攻撃を練習を兼ねてやってみようと言うことになった。
最初はたかだかゾンビにあんな強力な協力攻撃を…と渋っていたシオンも、気分転換をしなければやってられない状態になって来たらしい。
「よし来たぜっ、行くぞW親友攻撃!!」
複数のゾンビのうち、一番手前にいる奴をターゲットと定めて、テッドが矢を放つ。
その矢目掛けて、コウリ、ジョウイ、シオンが一人ずつ攻撃を仕掛ける。強打者三人の連続殴打は、敵に数倍の被害をもたらす……筈だった。



「あれ?」
テッドの矢は、確かにゾンビの頭を貫いている。いるが。
「……何あれ」
「花?」
「可愛い〜お花が咲いてるっ」
ゾンビの頭のてっぺんに、一輪の大きな赤い花がぽっかりと咲いていたのだ。

「テーッド〜〜〜〜〜〜?」

額に十字と薄ら寒い笑顔を貼り付けたシオンが、テッドを振り返る。
「お、俺にだって何でこんな事になったのか判んねぇよっ。俺は普通の矢を射った筈だしっ」
シオンの背中に漂う怒りのオーラに、テッドはとっくに遥か後方にまで飛び退っている。
「あー、もうそんな事言ってる場合じゃ……ナナミっ、取りあえず攻撃を頼むっ」
「う、うんっ」
W親友攻撃は単体攻撃であり、元々残りの敵はナナミが攻撃する予定だったので、次のターンで無事ゾンビたちは倒した。
その後数回安全な所で試してみて、この技は攻撃力はべらぼうに高いが、六分の一の確率でテッドの矢をくらった敵の頭に花が咲き、残り三人のステータスが険悪になるという、誠に博打度の高い協力攻撃であることが判明した……。

「何で花が咲くかなぁ…(ぶつぶつ)」
「テッドの頭が春の証拠じゃないの(未だ険悪ステータス)」

諸刃の剣なW親友攻撃は、ナナミから熱狂的支持を得て(むしろ失敗を心待ちにされ)、雑魚戦の時に時々発動されている。




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