ここは毎度おなじみソウルイーターの中。いつもの通りのご面々が揃って、井戸端会議中である。 今日の話題はどうやらソウルイーターについてらしい。 「紋章の防人(もりびと)って何なんですか?」 片手をぴしっと上げ、学校の生徒よろしくコウリが質問する。 「平たく言えば宿主を護るための番人だ。ソウルイーターは他の真の紋章に比べ、宿主にかかる精神的負担が大きい。生と死を司ってるんだ。心の弱い奴だったらすぐ心を病んで、紋章に喰われちまう。でも紋章の方もそうそう宿主を喰らってばかりもいられない。紋章は人に宿っていないと本来の力が発揮できない。宿主の魂だけじゃ足りないし、紋章が満足するだけの大量の魂を喰うには、ある程度宿主に保って貰わないと困るわけだ。そこで用意されたのが防人だ」 「へぇ、それで」 「ふーん、そうだったんだ」 膝を抱えて聞き入っているコウリの後ろで、シオンが感心した声を上げた。 「シオンさん、知らなかったんですか?」 「知らないよ。そんな話聞く機会なかったからね」 「そうか。じゃシオンもしっかり聞いとけよ。現実帰ったら覚えてないけどな。えー、紋章は宿主の近しい者の中から、魂の存在力が強い人物を選んで喰らう。この場合力とか年齢は関係ない。精神力の強さなんだと思う。選ばれた人物は他の魂のように紋章の闇に飲み込まれることなく、特別な空間…この場所だな、に留め置かれて防人として生きることになる。最高四人、最低はゼロ。今はシオンの防人は三人だ」 「やっぱり人数多い方がいいんですか?」 「当然。一人一人にかかる負担が全然違う。紋章を一切使わず、大人しくしてればそれ程でもないが、シオンは戦争の渦中にいたからな。あの頃は大変だったぜ。今は大分楽になったけど、解放戦争と統一戦争のお陰で、紋章がたっぷり魂喰って力つけちまってなー。その暴走を抑えるのが今の仕事って訳だ」 「すみません…僕がシオンさんを巻き込んだ所為で…」 「あ、いや気にするなって」 しゅんとしてしまったコウリを、慌てて宥める。 「で、その仕事もテオ様…って孤児の俺を拾ってくれたシオンの父親なんだけど、テオ様が二人分引き受けてくれてるお陰で、俺やオデッサは楽させて貰ってる。テオ様には感謝してるよ」 「オデッサさんってフリックさんの恋人だった人ですよね?その人も防人になってるんですか」 「ああ、いるぜ。今も俺たちの話を聞き耳立てて聞いてるんじゃないか」 「あら、ばれた?」 「えっ!?」 突然暗闇の中に響いた女性の声に、コウリとジョウイが慌てて辺りを見回す。 「ここよ」 「うわあっ!」 直後、誰もいなかった筈のテッドの後ろに髪の長い一人の女性が立っていた。 この空間内であれば、念じれば一瞬で移動できる防人にとって、距離は関係ない。だからいきなり人が現れてもおかしくないのだが、この場所でテッド以外に会った事のなかった二人にはこの登場は中々衝撃だった。 「やっぱりな…あんたがいつまでも我慢できる訳ないと思ったよ」 「失礼ね。ちゃんとシオンと二人の時は遠慮してあげてるでしょ。二人がこの場所に来るようになって大分経つんだし、そろそろご挨拶しておきたいと思ったのよ」 テッドを避けてコウリたちに近づき、オデッサは人のいい笑顔を浮かべて右手を差し出した。 「初めまして、元同盟軍のリーダーとハイランドの皇王さん。元解放軍リーダー、オデッサ・シルバーバーグよ。よろしくね」 「はいっ、初めまして。コウリです」 コウリとジョウイも立ち上がって代わる代わる握手した。 リーダーをやっていたという割には、彼女は若く、体つきも戦士のそれとは言い難い。勿論シオンの方がもっと若いのだが、貴族で女性で戦士でもなくて、己の為ではなく民衆の為に旗を起こすなんて、何て強い正義感の持ち主だろうとコウリは思った。紋章が防人に選ぶわけだ。 彼女は幼い子供を庇って命を落としたのだと聞いた。そして彼女の血統は、天才軍師の一族、シルバーバーグ家である。この細い体には、物凄い精神力が秘められているのだ。 「ジョウイ・アトレイドです。……あの、どうして僕たちのことを?」 「この水鏡を通して見ていたからよ」 上向きに広げたオデッサの手のひらの上に水の渦が生まれ、一枚の鏡を形作った。かつてシオンにしたように、二人にも水鏡の使い方を説明する。 「前にテッドさんが言ってた奴ですね。へぇー、この鏡を使ってなんだ。いいなあ、僕も見てみたいなあ」 「防人になれば見られるぜ。お前らなら素質あるから歓迎するぞ」 「ええっ、やですよ!それって紋章に喰われろって事でしょっ」 「まあな。気が変わったらいつでも来いよ」 「ジョウイとナナミを置いて死ねませんっ!!」 あっはっはと腹を抱えて笑うテッドを、コウリが恨めしげに見やった。冗談だと判っていても質が悪い。 「残念ねぇ。防人が四人になれば、テオ殿ももっと起きていられると思うのに」 「オデッサさんまで…。……起きてられるって?」 「私たちもここで『眠る』のよ。体力…じゃなくて精神力かしら、その回復の為にね。疲労が濃ければ眠る時間も長くなる。生きている頃と同じよ。テオ殿は二人分どころか、私やテッドの分まで肩代わりして下さってるの。あの方が起きてらっしゃる時間は、私たちの半分にも満たないわ」 「防人ってそんなに大変なんですか?」 「分担すればそれ程でもないわよ。でもねぇ、テオ殿は根っからの軍人だから、仕事に逃げたいのよ。きっと」 「逃げる?」 「さあーって、次はだな、今俺たちがいるこの空間の説明をするぞっ」 いきなり声を張り上げたテッドに、オデッサが意味ありげにくすりと笑う。オデッサがこんな笑いをする時はろくなことがないと、経験上知っているシオンは何も言わず黙っていた。 オデッサ相手はだんまりを決め込むのが一番だ。どうせこっちの話は聞いてくれないのだし、下手な事を喋って彼女の好奇心を突付くのは得策ではない。 テオが『お篭り』に入っているというのは聞いていたが、それがどういう事なのかシオンも具体的には知らない。だがあんな別れをした後だ。テオと再び会うことは躊躇われた。 父とはあれが今生の別れだ。もう二度と会う必要はないと思っている。 よって深く追求はしないで来たのだが、(その時間が惜しかったとも言える。ここに来た時はテッドとの時間をゆっくり楽しみたい)どうやら単に寝ているだけではないらしい事が、オデッサの口ぶりから伺える。 「どうしたんですか、テッドさん」 「今日は防人講座だろ。早くしないと朝になっちまう。脱線はそれくらいにして、話を元に戻すぞ」 「脱線してたかな?」 「さあ…」 顔を見合わせるコウリとジョウイを尻目に、テッドが一気にまくし立てる。 「ここは一見果てがないように見えるけど、実は宙に浮いてる大地を球状に闇が包んでるんだ。端っこまで行けば壁に触れるぜ。最もかなり広いから防人のように空間を飛び越えなきゃ、歩いて行くのは無理だけどな。この闇の向こうには光が存在する。光の中に闇がある。流石生と死を司る紋章というか」 「かなり広いってどれ位なんです?」 「端から端まで歩いて3日ってとこかしら。障害物がないから、音はかなり遠くまでよく響くわよ。特に高い音なんか」 くすくすと笑うオデッサを、テッドがきっと睨みつける。心なしかその顔が赤いような。 ん?待てよ、音が響くという事は? (――――そういう事か!) 己がはじき出した答えに、シオンはくらりと眩暈を覚えた。 テオのお篭り、仕事に逃げる、そしてテッドの態度…つまり。 (父さんにバレてるのか…っ…) 父だけではない。この様子ではオデッサにもその時の声はしっかり聞かれているらしい。 道理でテッドがいつも声を抑える訳だ。低い溜息は素直に洩らすが、初めての時に上げてくれた悲鳴のような高い嬌声は、滅多に聞かせてもらえない。単に恥ずかしがっているのだと思って、色々手管を変え声を上げさせようとしていたが、そんな事情があったら意地でも声なんて出せない。 (無理強いして悪かったよ…ごめん、テッド) 恐らくシオンには言いづらかったのだろう。オデッサはともかくテオはシオンの父親だ。父親にその時の声を聞かれているなんて知ったら、シオンがどれだけショックを受けるか。 ふと顔を上げると、テッドがシオンをじっと見ていた。テッドにずっと一人で我慢させてしまっていたという後ろめたさから、見返すことが出来ず視線が揺れる。 「………っ……」 その態度で、テッドもシオンが気づいてしまった事を知る。離れたところで互いに顔を赤くしている二人を、オデッサは極上の笑みで(本当は悪魔の笑み)見つめていた。 「あの、どうかしたんですか?皆さん」 「何でもないのよ、コウリ」 オデッサがにっこり微笑む。 話の流れで大体の所を理解してしまったジョウイは、この状況で何の疑いもなく訊ねられる鈍い友人が少しだけ羨ましかった。 そしてオデッサの笑顔の下の強かさを感じ取り、彼女には決して逆らうまいと決意していた。 「他に何か聞きたいことあるかしら?」 「そうですねぇ。紋章のことは大体教えて貰ったんで、今度はオデッサさんの話が聞きたいです。女の人でリーダーをやってたなんて凄いですよね。苦労話とか聞かせて貰えませんか?」 「いいわよ。私もフリックの事とか聞かせて欲しいわ。じゃ向こうに行って話しましょうか。お邪魔虫はそろそろ退散しないとね」 オデッサがテッドたちを見ながら微笑んだので、二人も頷いてオデッサの後に続いた。折角紋章の中に来たのだから、少しだけでも二人だけの時間を取ってあげたい。 三人が暗闇の向こうに姿を消すと、ずっと黙っていたシオンが言いづらそうに口を開いた。 「……ごめん……」 「謝るなって。お前には知らせたくなかったんだが、気づいちまったんなら仕方ないな。テオ様にはお前が二回目にここに来た時の会話を聞かれたらしくて、それ以来俺も会ってないんだ」 「父さんは僕のこと怒ってた?親友に手を出した最低な息子だと…」 「いや、怒ってはいなかったぜ。反対にお前を頼むって言われちまったしなぁ」 苦笑いしてぽりぽりと頬をかく。 「頼む、なの?……昔から父さんは僕に甘かったからなあ。でも篭っちゃうなんて、やっぱり感情は許しても理性が許さないんだろうな」 「許さないっていうか………いたたまれないんだと思う…」 「………そうだね………」 気持ちは判る。自分が父の立場だったら、やはり息子やその相手とは顔を合わせたくないだろう。 「さっきオデッサも言ってたけど、テオ様が起きている時間は短い。その少ない活動時間も日中だけで、お前と紋章が繋がる夜に起きている事は殆どない。だから本当に気にしなくていいんだぜ」 「会えないのに寝ているかどうか判るの?」 「防人同士は気配で判るからな」 「……ちょっと待って。じゃあオデッサは?オデッサにも聞かれてるかもしれないんだろ」 「あいつはお前が来ている時は、何があっても起きてるから」 そうだった。 あの彼女が、授かった能力を、環境を活用しない筈がなかった。 「……ごめん…」 「いいさ。バレて逆にすっきりした。テオ様は寝てるんだし、オデッサに聞かれるのは諦めてるし、この際思いっきりやろう」 「え?」 両頬を引き寄せられ、唇が重なる。開いたままの口内に柔らかい舌が潜り込んで来て、シオンの舌に絡みつく。 「…テ、…ッド…」 「もうすぐあの光が来る。それまでオデッサを喜ばせてやろうぜ」 間近でテッドが悪戯っぽく微笑む。 「……OK。どうせならサービス多目で、ね」 テッドの腰を引き寄せ、より体を密着させる。唾液を飲み込まずに口内に溜め、より響く音を作り出す。 目を焼く白い光が二人を飲み込むまで、重なった影が離れることは無かった。 翌朝。 闇の中でどこからともなく響いてきた悩ましい音と声に、オデッサ共々聞き耳を立ててしまったコウリは、朝からとっても元気だった。(特に一部) 対して、耳を塞ぎ、目の前で鼻息を荒くする二人を見ないよう必死に目を閉じていたジョウイの体力は、朝からすっかりこそぎ取られていた。 「オデッサさんって面白い人だね。また会いたいなー」 「………僕は遠慮したいよ」 テッドの苦労が非常によく判ってしまったジョウイだった。 END *豆姉さんに捧ぐ*
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