闇の中の君へ


四回目にここを訪れたとき、シオンは決意していた。
今回こそは限られた時間をめい一杯使ってテッドと過ごす!
この前はオデッサの所為でテッドと殆ど話せなかったが、恐らくもう邪魔が入ることはないだろう。
彼女にとって、自分たちの関係はいい娯楽なのだ。どこかから覗き見されているのは否めないが、気にしないことにした。
……気にしていたら何もできない。
「テ―――ッド―――」
暗闇に向かって叫ぶ。もう探している間も惜しい。
「シオンっ。来たんだな」
呼ぶ声が届いたのか、暗闇の中からテッドが現れ、ふんわりとシオンの前に舞い降りる。
テッドの姿を見つけるや否や、彼の足が地に着くのを待ちきれず、その腕を掴んで抱き寄せた。
「わっ……」
そのまま強引に口付ける。抗議の声をあげる間もなく塞がれた唇が、やがて諦めたようにキスに応えてくれた。
舌先で誘うようにちょんちょんと唇に触れると、閉じられていた唇が僅かに開く。受け入れられた事が嬉しくて、出会った舌と舌を激しく絡めた。
角度を変え、夢中になって唇を貪る。キスの合間にふと目を開くと、静かに自分を見つめているテッドと目が合った。
それは慌てて閉じられたが、その余裕ある様子にむっとする。
外見は子供でも三百年も生きてるのだから、それなりにそういう経験があってもおかしくないのだが……面白くない。
自分以外にそういう相手がいたなんて、考えただけで腹が立つ。
八つ当たりだとは判っている。だが一度そうなるともう止められなかった。
「!!」
テッドの腰に腕をまわし、ベルトの金具を外す。かしゃんと音をたててベルトが落ちた。
「シっ……」
驚いて逃れようとしたテッドを左手で抱き寄せ、右手は服を脱がしにかかる。
只でさえ脱がしにくい服が、片手では更に難しい。キスをしたままじゃ脱がせないのは判っていたが、止めるつもりも無かったので、とりあえずズボンの中からシャツを引っ張り出した。
「こ……のっ、いい加減にしろっ」
シオンの体がごろんと後ろに転がり、尻餅をついた。テッドが力いっぱいシオンの胸を押したのだ。
「ひどいなあ、テッド」
何もない空間なので痛くはなかったが、恨みがましい目で見上げると、肩で息をしているテッドがキッと睨みつけてくる。
潤んだ目で睨まれても、ちっとも迫力はない。むしろ肩に巻いている布がずり落ち、着崩れた様は、何ともそそる光景だ。
「ひどいなあ、じゃないだろっ!何考えてるんだっ。ニヤニヤしやがって!!」
「何って……テッドのことだよ」
ゆっくりとした動作で立ち上がって、テッドと向かい合う。
手を伸ばすと一歩退かれてしまったのは悲しかったが。
仕方がないので、そのままの距離で話を続ける。
「僕は言ったよね。君の事がそういう意味で好きだって。君を抱きしめたい。キスしたい。……抱きたい」
テッドの目が驚きに大きく見開かれる。
「キスはいいって言ってくれたよね。でもその先は駄目……?」
「駄目だ……」
「どうして。僕たちが男同士だから?」
一歩近づく。テッドがまた一歩下がった。
「好きなんだ、テッド……。君に触れたい」
不意をついて抱きしめるとテッドは一瞬抗ったが、大人しく腕に収まってくれた。
「僕が嫌い?」
「そういう言い方はずるい」
「どうして」
「俺がお前を嫌いなわけないじゃないか。俺のたった一人の親友」
「じゃあ、好き?」
「ああ」
即答で返事が返る。
「そういう意味では?」
「……判らない。そういう風に考えたことは無かった。この間のアレだってびっくりしたんだからな」
「ごめん」
確かに性急だったかも、と反省する。オデッサにも焦るなと言われていたのに。だがテッドを前にすると、どうしても気持ちのブレーキが利かなくなってしまう。
腕の中のテッドと視線を合わせ――もう一度キスをする。
キスなら、逃げないでいてくれるのに。
唇を離すと、ほうっと短い溜め息が漏れた。
「……舌が痛い」
「え?」
「舌がひりひりするって言ってるんだ!お前、キスするのに舌使い過ぎっ。そんなに動かさなくったっていいんだ。いいか、じっとしてろよ」
照れ隠しなのか、やや赤い顔で怒鳴りつけるように言い。
何を、と問う間もなくテッドの顔が近づいてきて。
(えっえっええええええ!!)
―――テッドの方からキスしてくれた。
テッドの唇が柔らかくシオンの下唇を食む。ぱくぱくっと数回やられただけでぞくぞくした。
重なった唇の間から舌が潜り込んできて、僕の上顎の辺りをペロリと舐めた。
「あっ……」
(今の僕の声!?)
思わず洩れた自分の声に愕然とする。
テッドのキスは激しくはないが、しっとりとシオンの性感を刺激してくる。頭の中で警報が鳴り響く。ヤバイヤバイヤバイ――。
駄目だってテッド!!せっかく収まっていたのにそんなキスされたら。
僕の理性がもたな――
嚥下できずに零れた唾液を、テッドが舐め取ったのがトドメだった。

プッチン

自分の理性の切れる音が、聞こえた。
「テッド……」
もう自分が止められなかった。
乱したままのテッドの服の裾に手を差し入れる。慌ててテッドが服の裾を押さえたが、もう遅い。
「ぅ……わっ」
指先に触れた突起を摘み、親指の腹で押しつぶすように捏ねくり回す。テッドのそこはぷっくりと立ち上がっていて、さっきのキスでテッドも感じていたことを知り嬉しくなった。
「駄目だって、シオン……やめろよっ……!!」
「テッドが悪いんだよ…あんなキスするんだもの……もう止まらないよ……」
上着の前をはだけ、中の服をたくし上げる。目の前に現れた突起を口に含み、強く吸い上げた。
「痛っ………」
「痛かった?ごめんね……。それにしてもテッドって結構経験豊富なんだね。すごく感じた、テッドのキス……誰に教えてもらったの………」
今度は舌先で転がす。テッドの体がびくんと跳ねて仰け反った。
「駄目だ、駄目だ、駄目………」
テッドはうわ言の様に『駄目』を繰り返す。
「『嫌』じゃなくて『駄目』なの……?何が駄目なの。男同士だから?」
足が震えて立っていられなくなったテッドの体を支え、そっと地に横たえた。
「テッド……」
顔の前で両手を交差させているので、彼の表情は見えない。露になった胸に再び舌を這わす。舌先に感じる彼の肌。
「駄目だ……やめてくれシオン……。お前は勘違いしてるだけだ……こんなの……」
「勘違いじゃない。僕は本当に君が欲しいんだ。顔、見せて……」
両腕を掴んで左右に開くと、さしたる抵抗も無く彼の顔が現れる。微かに赤く潤んだ目は、シオンと目が合うとすぐに瞼の下に隠れてしまった。
そして搾り出すような、声。
「……もうお前、ここに来るな」
「どうして!!」
テッドの言葉に愕然とする。嫌われた!?
「怒ってるの?だったら謝る。もう君が嫌なこともしないから、だからもう来るななんて言わないでよ。お願いだから……っ」
今までの余裕を忘れ、シオンは形振りかまわず必死になって懇願した。テッドに嫌われたかもしれないという恐怖が胸に広がる。
それはバルバロッサと対決したときよりも、ずっとずっと激しい恐怖。
「怒ってるわけじゃない……でもやっぱりお前はこんな所に来ちゃいけないんだ。死人の俺の事なんか忘れて、お前はもっと他にいい人を見つけて……」
切羽詰った声に再び開いた瞳が、今度は驚きに見開かれた。
驚くのも当然だ。目の前でこんな風にボロボロ泣かれたら誰だって驚く。普段のシオンを知っている人間が見たら、腰を抜かすかもしれない。
ポーカーフェイスで通っている自分が、こんな風に泣くなんて。
テッドと再会した時も、子供のように泣いてしまった。テッドの前では、作り上げてきた仮面はあっさり剥がされる。
テッドだけが……僕を僕に戻してくれる。
君の前にいる僕が、本当の僕。
涙が頬を伝って、テッドの頬に落ちた。
「シオン……」
「君を失ってから、僕は心から笑ったことは無かったよ。勿論楽しければ笑うけど、君といた時の様に楽しくないんだ。どこか一部で冷めていて……心が動かされない。笑っている自分を、冷めた目で見つめている自分がいる。ねえ、テッド。君に会えて僕がどんなに嬉しかったか判る?君に再び会うまでの僕は生きて無かったよ。ただ息をして存在していただけ。君との約束を守るためだけに日々を過ごしていただけ……」
シークの谷で、テッドとした約束。
『何があっても紋章を渡さないでくれ』
『俺の分も生きろよ』
君の最後の一生のお願いだから。
絶対に守るよ。それがどんなに辛いお願いでも。
「君と会えて、止まっていた僕の心臓はまた鼓動を始めた。また心から笑うことも、こうして泣くこともできたんだ。知ってるよね、見てたんでしょ、僕のこと」
「…………ああ」
テッドの手が伸びて、頬に触れた。優しい指先がそっと涙を拭ってくれる。
その指を取って恭しく口付けた。
「知ってる……。ずっと見てた。お前が笑わなくなって、人と距離をとるようになって……それを見ているのは辛かった。俺の所為でお前が苦しんでるのに、俺は何もしてやれなくて……お前にそんな運命を押し付けた自分が許せなくて……オデッサの言った通りだよ。お前が初めてここに来たとき、ソウルイーターに喰われそうになっているお前を見て、それでお前が楽になるならいいって思った。俺との約束に縛られて、苦しんでいるお前を解放してやりたかった。俺もお前が好きだよ。一生の間で、一番大切な人間。だからこそ、お前はこんな所にいちゃいけないんだ……」
泣きそうな顔で笑うテッド。
「お前には幸せになって欲しい。俺のことなんか忘れて、いい人を見つけて幸せになって……」
「テッド!!」
テッドの両肩を掴んで大地に押し付ける。テッドが痛みに顔を顰めたが、構わなかった。
「本気で言ってるの」
自分でも驚くくらい、低い声。
「シオン……」
「僕の気持ち、判ってくれたんじゃなかったの?言ったよね。僕は君を抱きたいと思ってるって。君への気持ちを抱えたまま別の人を愛するほど、僕は軽くないよ!」
怒りで目の前が真っ赤になる。どうして判ってくれないんだろう。誰よりも傍にいるのに、テッドは肝心な部分には気づいてくれない。
いや、判っていて知らないフリをする。その方がよっぽど残酷なのに。
「ごめん……」
テッドの手が労わるようにシオンの頬を包んだ。
ほら、やっぱりテッドは判っている。言葉にしなくても伝わってくる彼の想い。
『お前に幸せになって欲しい』
だったら側にいて。側にいさせて。
君がいるだけで、僕はこんなにも幸せだから。
そのまま顔を引き寄せられて―――キスされた。
触れるだけの、でもひどく優しいキス。
「好きだ……シオン」
「大好きだよ、テッド……」
背後から、死刑宣告とも言える光が迫ってくるのを感じる。今は離れたくない。まだ伝え切れていない。
自分がどれだけテッドの事を好きかと言うことを。
離されまいとして強くテッドを抱きしめる。無駄だとは判っていたけれど。
全てを飲み込む白い光に飲み込まれたとき、テッドが何かを呟いたが、それを聞くことはできなかった。





明るいHのはずが、なぜかまたシリアスに……!しかもBどまりだし。


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