闇の中のLady
 

ここにくるのも三度目ともなると、さすがに慣れる。
自分が暗闇の中にいることに気づいた途端、シオンは行動に出ていた。
すなわちテッドを探すこと、だ。
いつもはテッドがシオンを見つけてくれた。今度は絶対に自分が先に見つけてテッドを驚かしてやる。そう決意して暗闇の中を歩き出した。
ソウルイーターの中は広いようで案外狭いらしい。
歩き出してすぐに、ここの住民と出会うことになった。
残念ながらそれはテッドではなかったけれど。


「こんにちは。シオン」
黒一色の世界の中に確かな色彩を見つけたかと思うと、相手がひらひらと手を振って近寄ってきた。防人の一人、オデッサだ。
「また会えて嬉しいわ。元気にしてた?」
「ああ。オデッサも元気そうだね」
前回会った時と違い、目の前のオデッサはとても生き生きしていて楽しそうである。
「何か良いことでもあった?」
思わずそんな質問をしてしまう位。
こんな暗闇の世界で、楽しいことなんてあるんだろうかと首を傾げながら。
「ちょっとね。これでしばらく退屈しないで済みそうだわ。そうそう、テッドは今眠ってるわよ。さっき寝たばかりだから暫く起きないかも」
「……そう……」
気合が入っていただけに、落胆も大きい。あからさまにがっかりしたシオンを、楽しくて堪らないと言った感じで見つめるオデッサ。その視線に何か嫌〜なものを感じるのは気のせいだろうか。
「……ここでも眠ったりするんだ」
「するわよ。っていうかほとんど眠っているって言ったほうが正しいわね。こんなところですもの。やることもないし、寝ているのが一番よ」
「じゃあ、テッドを起こしてくれないかな。せっかく来たんだし、話がしたいんだ」
今度こそ気の所為じゃないと思う。オデッサが楽しそーに、嬉しそーに……笑った。
「でも起きないと思うわよ。テッドってばここのところずっと起きて『外』を見てたから。今は鬼のように寝ているわ」
「『外』?」
「現実世界のことよ。ほら」
オデッサがすっと右手を上向きに掲げると、その手元に小さな渦が現れる。渦は回転を続けながら段々大きくなっていき、やがて大きな一枚の水鏡になった。
「こうして水鏡で『外』を見るの。今は宿主であるあなたが眠っているから何も映さないけれど、普段はあなたが見たもの、聞いたものを見れるのよ。あ、安心して。プライバシーに関わるところは見てないから」
……立派にプライバシーに関わってると思う。
つまり、防人たちには宿主の日常生活が筒抜けということか。それこそシオンの目が覚めている限り。
シオンはくらりと意識が遠のきそうになるのを、必死に踏みとどまった。ソウルイーターを宿すものに、プライバシーなど無いという訳か。
テッドはいい。彼は人の嫌がることをする人間じゃない。恐らく差し障りのないところしか見ていないだろう。
父親であるテオも問題ない。問題なのは……。
シオンはオデッサの上機嫌な理由が判ってしまい、泣きたい気分になった。
見ている。これは絶対ヤバイところまで見ている!!
「ちなみにオデッサのいうプライバシーに関わるところって?」
「お風呂やトイレ、着替えは見てないわよ」
見られてたまるか。
それにプライバシーってそれだけじゃないだろうが。………それ以外は見ていると思ってまず間違いなさそうだ。
「……いつから見ていたの?」
「ソウルイーターに取り込まれてすぐ位かしらね。他にすることもないし。あなた結構フリックをパーティに入れてたから、見ていて幸せだったわ。彼も大分しっかりしてきたわよね。苦労性なのは変わらないけど」
「…………」
内心の叫び。
防人は選んでくれ、ソウルイーター!!
もし現実でもここの記憶があったなら、プライベートは絶対目隠しして生活しているに違いない。目が見えない苦労など、私生活を覗き見されるのに比べれば些細なことだ。
だが残念なことに、ここでの記憶は現実まで持ってはいけない。
と、オデッサが何かに気づいたように小首を傾げた。シオンを見て、思わせぶりにクスリと笑う。……嫌な笑いだ。
「良かったわね。シオン。テッドが起きたみたいよ。ふふっ、いつもは一度寝たら絶対起きないのに、やっぱりあなたがいるからかしらね」
含み笑いをするオデッサの言葉を無視して、シオンはその視線の先を追った。じっと目を凝らしていると、やがて暗闇の中にテッドの姿が浮かび上がってきた。
「テッドっ」
「シオンっ。やっぱり来てたんだな。お前の声がしたような気がして目が覚めたんだ。目が覚めて良かったよ。お前が来てるのに、寝てたら勿体無いからな」
「テッド……」
テッドの言葉に胸がじーんと熱くなる。
嬉しいことを言ってくれる。オデッサさえいなければ、すぐにでも抱きしめてキスしたい所だ。
するとそんなシオンの心の声が聞こえたのか、オデッサはくすくす笑いながらひらりと身を翻した。
「邪魔者は退散するわね、シオン。もう邪魔しないから安心して。頑張ってね」
何をだ。
去り際にオデッサはちらりと意味ありげな目でシオンを見ると、すすっと近づいて来た。警戒しまくるシオンにそっと耳打ちする。
「望みが叶ったんだから、世界を滅ぼしちゃだめよ。それから無理矢理は駄目。ちゃんと相手の了承を取ってからにしなさいね」
「!!!!!」
驚愕のあまり硬直したシオンに見せ付けるように、自分の右手の項に軽く口付け―――オデッサは消えた。
「………オデッサ……」
どうやらコウリとのあの会話を聞かれていたらしい。当然テッドに対する感情も気付かれている。
「オデッサ何言ってったんだよ。……シオン?」
幸か不幸かテッドはあの時の会話を見ていなかったらしく、心配そうな声を掛けてくれたが。
自分の私生活を覗き見されているのと、人様に胸を張って言えない恋愛をしているのを知られ、あまつさえそれを娯楽にされていたショックに打ちのめされているシオンには届かなかった………。



あれからすぐにタイムリミットは訪れ、結局テッドと会話する時間は殆どなかった。
勿論目を覚ましたシオンにその記憶はない。ないが、目覚めたときなんだか厭世的な気分になっていた。そして昨夜は好ましいと思った宿屋の娘の、ハキハキとした話し方に嫌〜な気分になる。
何だか誰かを思い出しそうで。
何はともあれ、とにかく先に進もう。そう考えて身支度を整え宿を後にする。
グレッグミンスターを出てから十一日目の朝だった。








オデッサ好きなんですけど、こんな人に見られていたら嫌ですね・・・。


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