人を観察してるのって面白いなあ…… 熱いお茶をすすりながら、コウリはのほほんとそんなことを思った。 当たり一面真っ暗闇の空間において、コウリの視線など全く気にせず会話をしている三人―テッドとシオンとジョウイだーを眺めての感想だった。 「オムライスって言ったらオムライスソルトだろ。マヨネーズ使うのなんて邪道だって」 「僕もオムネーズはそんなに好きじゃないけどね。ソルトよりはとうがらしライスの方が美味しいと思うな」 「やっぱり基本のオムライスが一番でしょう」 「…………(ずずー)」 ああ、お茶が美味しい。 「とうがらしライスなんて辛いだけじゃないか。オムライスソルトのが絶対美味い」 「辛いのが美味しいんだよ。テッド、辛いの苦手だから」 「辛さって舌を誤魔化せるだろ。俺は素材の味を引き出した料理が好きなんだよ」 「素材の味をって言ったら、塩も入れないほうがいいと思いますよ」 オムライスのことで真剣に意見交換している三人を尻目に、コウリは空になった湯のみに再びお茶を注いだ。 ここでは全てイメージで物を生み出せる。お茶が飲みたいと思えばお茶を、フルコース料理を食べたいと思えばフルコースの料理を想像するだけでいいのだ。 勿論それを他人に食べさせることもできる。味の方はイメージした人間の舌の記憶に頼っていて、創り出す人間の味覚が肥えていれば極上の味になる。 和風好きのテッドと、辛党で甘党のシオンと、食の好みは普通のジョウイの意見は中々まとまらなかった。何でもウマイのコウリは食べられれば別に何だっていいじゃんと思うのだが。 ずずー こうして輪から一歩引いて観察していると、微妙な人間関係も見えてくる。 まずシオン、彼がテッドを好きなことは知らない人が見ても一目瞭然だ。テッドの前のシオンはいつもの英雄の顔はどこへやら、耳と尻尾がついてるんじゃないかと思うくらいの可愛らしさでテッドに微笑みかける。 そしてそんなシオンを優しく見返すテッド。ああらぶらぶなんですねー、邪魔してすいませんねーと生暖かい目で見守ることしかできない。初めて見た時は激しく面食らったが、今ではもう慣れた。 ジョウイとシオンは割りと気が会うらしい。共に貴族出身のせいか、話題が真面目な話になると、コウリやテッドには想像もつかない切り口で物事を見る。 プライドとか家の為とか、色々なしがらみで動いている彼らを見るたびに、コウリはつくづく自分が庶民でよかったなあと思うのだ。そこら辺はテッドもコウリと同意見らしい。 ジョウイに「プライドより命の方が大事だと思うんだけどな」と言ったら「君はそれでいいんだよ」と微笑まれてしまった。「その下手なプライドのおかげで君は僕に殺されようとしたんだよね」の呟きには返事が返ってこなかったが。 貴族ということを除いても、シオンとジョウイの仲がいいのは確かだった。 似たもの同士なのだとは思う。時々ジョウイがシオンに対して、尊敬の念というより旧知の友のような、自分やナナミしか見たことがないような顔をすることも気付いている。 誰とでも仲良くなる自分たちと違って、ジョウイは中々人に心を開かなかったから、ジョウイを取られたようで少し悔しい。テッドに対しては、ジョウイは未だに目上の人間に対する礼を取り続けているのに。 まあ300歳も年上だという事を知ってしまった後では、年長者を重んじるジョウイに、砕けた態度をとれというのは無理なのかもしれない。 シオンにとってコウリとジョウイは(この闇の世界で本性を表している間は)完全におもちゃだった。何かにつけジョウイに触れて、ジョウイをネタにコウリをからかうのだ。 妻帯していたとは思えないほど純情なジョウイの反応と、すぐに嫉妬が顔に出るコウリが楽しくてしょうがないらしい。 テッドがいる時は窘めてくれるのだが、いない時はいいように遊ばれてしまっている。 だが真面目な話題のときは(主に現実世界でのことだ)シオンはよくジョウイに意見を求めてきた。 「君はどう思う?」コウリと二人揃っていても、必ず話題を振るのはジョウイにだ。単純なコウリには、物事の裏の裏を読むのは確かに出来なかったのだが、その度に寂しいなあと思っていた。同盟軍の城の中での、軍事的作戦は軍師たちが全て取り仕切り最終決断を下すだけだった自分をどうしても思い出してしまう。 もっとも決断を下すという事がいかに難しく、勇気を要することであるかをコウリは判っていない。軍師たちは案を出すだけで、それが失敗した場合の責任は、全て決断者であるコウリにかかってくるのだ。 コウリは決してお飾りの軍主ではなかった。軍師たちが寝ずに立てた作戦の大きな落とし穴を野生のカンで一目で見抜き作戦が全て白紙に戻ったこともある。 その後主要メンバーたちで作戦の再検討をしている際、シュウが漏らした「やはり私の目に狂いは無かった」という言葉に、その場にいた全員が頷いたものだ。 睡魔に勝てずに眠ってしまったコウリの耳には残念ながら届かなかったが。 「なあ、コウリはどう思う?やっぱりオムライスソルトだよな」 「へ?」 のほほんと一人蚊帳の外を決め込んでいた所へ、急に話題を振られて目を丸くする。 「へ?じゃないだろ。話聞いてなかったのか?」 「聞いてましたけど……」 どうやらコウリの発言がないことにテッドが気付き、声をかけてきたらしい。 話に参加するつもりはないので気にしなくてもいいのにと思ったが、口には出さない。 「僕は別に何でもいいですよ。美味しければ」 「つまらない奴だな、お前」 やれやれといった風に肩を竦めるテッド。 彼の存在は場の雰囲気を柔らかくしてくれる。自分の意見は絶対曲げないシオンとジョウイは、話に熱中すると冷たい火花が散り始めるので、そういう時はいつもさっさと席をはずさせてもらっていた。 ところがテッドがいると、冷戦が始まりそうだなーという一歩手前で絶妙のタイミングで穏やかな一言を投げかけ、二人の気を削いでくれるのだ。 そこら辺の気配りがさすが300歳だと思う。自分には絶対に真似できない。 「そうですね。じゃあ基本のオムライスに、味付けで変化をつけるというのはどうでしょうか。味を薄めにして、テッドさんは塩を追加、シオンさんはレッドペッパーを追加、ジョウイはそのままで。そうしたらみんな好きな味付けに出来るでしょう?」 折角話題を振られたので、みんなの意見を聞きながら思っていた事を提案してみる。 食べ物の好みが違う人間が集まっている以上、これが一番無難な方法じゃないだろうか。 「それが良さそうだな。このままじゃ決着着きそうもないしな」 「でもこれは、”オムライスはどうやって食べるのが一番美味しいか”って話じゃなかったっけ?」 「味の好みは千差万別ですから、これが一番って決めるのは難しいですよ」 「そうそう」 コウリの意見に頷くテッドとジョウイ、それに今一納得のいかない様子のシオンの向かいで、コウリは再びお茶をすする。 「じゃそういう訳でコウリ、オムライス作ってくれよ。できあがりを創造するんじゃなくて、材料からな」 これでやっとこの話は終わるかと思っていたところに爽やかに言い放たれ、思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまう。 「はっ?何でそうなるんです?」 「オムライスの話してたら食いたくなってきた。この中で一番の料理上手はお前だからさ。な、頼むよ」 「僕も食べたい。卵は多めでよろしく」 「シオンさんまで〜っ」 別に作るのは嫌じゃないけどっ、けどけどっ。 何か理不尽なものを感じるぞ…… 「お茶くらいならともかく、料理するのは難しいですよ。ちゃんと野菜をイメージで創れるか自信ないですし…テッドさんの方が慣れてるでしょ」 「慣れてるから作りたくないんじゃん。それにたまには人の作った物を食いたいしな。まあ原材料くらいは俺が作ってやるから」 「そんな……」 同じ防人であるオデッサは破壊的味覚音痴だというし(コウリたちは会ったことはない)、シオンの父であるテオはずっと篭っているというし、ここでの食べ物はテッドが作っているのは確かだ。 食事と言っても肉体がないのだから、栄養補給ではなく楽しみの為のものなので、三食きっちり食べる必要もない。 コウリの返事を聞かないうちに、テッドが額に右手の拳を当て目を閉じた。その手を前に突き出すと同時に上向きに開くと。 ぽんっ 空中に紛う方なし卵と人参と玉ねぎが現れた。 「な、これでいいだろ?ご飯は炊き上がりを作ってやるよ」 ふよふよと宙を漂う野菜を掴んで、テッドがにっと笑う。 「コウリ、僕も食べたいな」 「え、ジョウイも…?」 食べ物の話題というのは凄い効果である。コウリやナナミに比べると食が細くて、間食など殆ど取らないジョウイから食事以外のリクエストが来るとは。 まあここで物を食べても実際に肉や血になる訳じゃないのだし………それっていくら食べても太らないという事か? まさに乙女の理想の場所である。 「判りましたよ…でもイメージで作るのなんて初めてなんですから、上手くいかなくても文句言わないで下さいね」 「まずかったら僕は食べないよ」 「こら、シオンっ」 いちゃつく親友たちを尻目に、コウリはそそくさとイメージによる料理を始める。 架空の台所を創りだし、テッドの創った架空の材料を切る、摩訶不思議な調理をしながら、コウリはこのメンバーでの力関係の図式を思い知ってしまった。 すなわち テッド>シオン>ジョウイ>自分 である。 ………………負けるもんか。しく。 頑張れ主人公(笑) |