闇の中のぬくもり



森の中はしんとしていても、絶えず何かの気配を感じるから安心する。
普通は野生の獣やモンスターに脅えるのだろうが、火を炊いているときは彼らは決して近寄ってこない。
そのことを知っていればむしろ心地いい位だ。
パチパチパチ
薪用に拾ってきた枯れ枝を火にくべながら、解放軍時代もよくこうして野宿をしたなと懐かしく思う。
あの頃はお坊ちゃん育ちのシオンは野宿もしたことが無く、火の熾し方や野営の仕方など、おおよそ旅をするのに必要な知識の全てをビクトールから教わった。
傭兵としてあちこちを渡り歩いてきた彼の知識は豊富で、そこそこ野宿経験のあったクレオやグレミオも知らないことをたくさん知っていた。野営時の手軽で美味しい料理や獲物を捕らえる罠の張り方など、あの時の知識があるからこそ今こうして一人で旅も出来る。
グレッグミンスターを出てから一週間が経とうとしていた。
まだコウリの住む街には程遠いが、急ぐ旅でもないのでゆっくり進んでいる。
途中の街で夏祭りが行われていて、夜空に輝く大輪の花火を見たさに出発を一日遅らせたり。
その花火は、昔テオに連れていってもらった夏祭りで見た花火を思い出させた。
パァ―――ン
―――ほらっ、今度は柳だよっ。
―――三連発だっ。綺麗だなあ……。
ド―――ン
テッドと見た、最初で最後の花火。
夜空に繰り出される様々な花火に興奮して、帰ってきたときは熱を出していた。
―――凄い花火だったな。
一緒にはしゃいだ筈のテッドはけろりとしていて、それが悔しさに拍車をかける。
―――もう帰れば?僕は平気だから。
拗ねて背を向けると、テッドが笑って布団の上から『とんとん』をしてくれた。
一定の、心臓の鼓動と同じそのリズムは、絶えることなく続き。
―――お前が眠るまで、側にいてやるよ。
囁かれた言葉が嬉しくて、目を閉じるとすぐに優しい眠りが訪れた。

(あの頃は幸せだった)
テッドがいて、テオがいて、何の不安もなかった。
「守られて」いたと思う。テオにテッドに、グレミオにクレオ、パーンに。
シオンはただ、愛されて―――それに応えるだけで良かったのだ。
自分から愛する人を守りたいと思ったのは、あの時が最初だった。

―――そんな顔……するなよ……シオン。
―――テッドっ。
―――俺が…選んだことだ……今度こそ……本当に……お別れだ。
力の抜けたテッドの体を支えながら、伸ばされた右手をきつく握り締める。
腕の中で急速に失われて行く、テッドの命の輝き。
―――嫌だっ!死なないでよ!テッドっ。君の紋章、これを返すから。 これは真の紋章なんだろ。だったらこれをっ……。
テッドが力無く首を振る。
―――真の紋章だって……万能じゃない……。紋章が与えるのは不老…不死じゃないんだ。 それに……俺の魂は既にソウルイーターに………。
残された僅かな力で、テッドがシオンの手を握り返す。
―――ごめんな…お前に押しつけちまって………俺の唯一の「親友」……元気でな…俺の分も生きろよ………。
自分の手を握っていた指が力を失い、瞳がゆっくりと閉じられる。
―――テッ……ド?
声をかけても応えは返らない。血の気の失せた肌。呼吸をしない唇。
(テッド……!!)
たった今までテッドであったそれは、今はもうテッドではなかった。
同じ体なのに、何も変わらないのに、そこに彼がいない。
「っ………………」
シオンは動かなくなったテッドの体を抱きしめ、声もなく泣いた。
己の不甲斐なさを、テッドを守れなかった自分の弱さを責めた。
(あの時僕がもっと強ければ、テッドを失わずに済んだんじゃないのか……?)
守られるだけじゃなくて、守ることを彼が教えてくれた。




「よっ、また会えたな、親友」
ぽんと肩をたたかれて、振り返ると……テッドが居た。
「へ?」
我ながら、間抜けな声だと思う。
だが今、シオンは昔のことを思い返していて、テッドを失った悲しさに泣けてきそうになっていて―――なのにそこでどうしてテッドが!?
惚けた顔のシオンを見て、テッドが笑った。
「よく周り見てみろよ。ここはソウルイーターの中だ。それとももう忘れたのか」
言われるまま辺りを見渡すと、確かにそこは一面闇の世界だった。
だんだん思考が戻ってきて、目の前に居るのがテッドだという事をようやく認識する。
「一週間ぶりだな、シオン」
そこには、失ったと思っていた笑顔。
「テッドっ」
シオンが飛びつくと、テッドは判っていたかのようにその体を受け止める。
「また、会えたんだね。夢じゃないよね……」
「まあ、夢は夢なんだけどな。でも俺にとっては現実だよ。またお前に会えて嬉しい」
腕の中の懐かしい感触。『生きている』温かいテッド。
嬉しくなって頬を肩口に擦り寄せると、髪が当たってくすぐったいのか小さな笑い声が耳に届く。
二人の身長は殆ど同じ位なので、相手の肩が頭を乗せるのにちょうどいい位置にくる。
「ふふっ」
「何だよ、変な笑いして」
「嬉しいなぁと思って。また君と会えるなんて、こうして触れられるなんて」
嬉しくて、笑いが止まらないよ。
顔を上げるとテッドの苦笑交じりの笑顔とぶつかる。一番欲しかったものを、また手に入れられた。
「……ここでのこと、目が覚めても覚えていられたらいいのに」
感情の命ずるまま、シオンは両手でテッドの頬に触れた。目を閉じ、戸惑った表情の顔を引き寄せる。
「シオン……?」
そのまま自分の名を呼ぶ唇に、そっと口付けた。
テッドの体がびくりと反応する。逃げられるかな、と思ったが抵抗はなかった。
調子に乗って舌を差し入れると、さすがに逃れようとしたが、その時はすでに片手で後ろ頭を、もう片方の手でテッドの腰をがっちりと捕らえていた。
舌を絡めとり、吸う。一度触れるともう止まらなかった。
貪るように彼の口内を蹂躪し、ようやく唇を離したときは二人とも息があがっていた。
くったりと、テッドがシオンの肩に頭を凭れかけてくる。
「テッド……?」
「何なんだよ、お前……」
顔を肩に伏せているので、テッドの表情は見えない。シオンはその背を抱きしめ、愛しげに髪を撫でた。
「僕はテッドが好きだ。シークの谷で君を失ったとき気づいた。ずっと僕は君に触れたかったんだって……」
「だからって……俺は男だぞ」
「男だからなんて関係ないよ。僕は君がそういう意味で好きで、君を目の前にしたら止まらなくなった。……テッドはやっぱり男は嫌?」
テッドは俯いたまま顔を上げない。だがその首筋が赤くなったのを見て、思わず笑みが零れる。
「テッド?」
「……男は嫌いだ」
ぼそりと呟く声。
「でもおまえは……」
「僕は?」
何となくテッドの言いたいことが判ってしまい、嬉しくなる。
その気配が伝わったのか、テッドが怒ったように叫んだ。
「何笑ってんだよっ。ああもう、判ったよ、言ってやるっ。嫌じゃなかったっ。お前とのキスは……嬉しかったよっ俺もっ!手ぇ早すぎるぞ、お前っ!!」
叫ぶだけ叫ぶと、また顔をシオンの肩口に埋めてしまった。
腕の中の愛しい存在に、胸が一杯になる。
抱きしめていた腕をおろし、テッドの腰の辺りで手のひらを組んだ。
「好きだよ、テッド……。現実の僕も、こうして君の前にいる僕も、君のことだけ……愛してる。たとえ現実の僕はこの時を覚えていなくても」
「うん……」

視界の中に、あの全てを引き裂く光が入ってくる。
夢の世界から、現実へと連れ戻す無常な光。
「もう時間なのか……ソウルイーターも意地悪だね。もう少し時間をくれてもいいのに……。今度はいつ会えるかな」
「どうしたら宿主とソウルイーターが繋がるのか、俺にも良く判らないんだ。でも俺はここにいて、ここでお前を待ってるから」
「……もう一回、キスしてもいい?」
「さっきは聞かなかったくせに」
ちょっとぶっきらぼうに言い放ち―――テッドが目を閉じた。
今度は唇をそっと触れ合わすだけの、キス。
光が二人を引き裂くその瞬間まで、唇に優しい温もりが触れていた。



寒さで目が覚めた。
気づくと焚き火が消えかかっていて、慌てて薪をくべる。息を吹き込んでやると、やがて炎は勢いを取り戻した。
夏とはいえ、森の中は朝晩気温がぐっと下がる。火は欠かせない。
森の中はうっすら明るくなっていて、早朝と呼べる時間になっていた。
眠気覚ましにコーヒーを入れ、携帯食で軽い食事を済ませると、炎を消し立ち上がった。
コウリの住む街まではまだ遠い。昨日まではゆっくり行けばいいと思っていたのが、何だか今はすぐにでも行きたい気分だ。
コウリの元には彼の親友もいるはずだ。コウリとその親友が、一緒にいる姿が見たかった。
(君は幸せなんだろうね、コウリ)
大事な親友と義姉を取り戻して。
でもそれを、さほど羨ましいと思わない。
自分は親友を取り戻せなかったのに、どうしてコウリに嫉妬しないんだろう。
「なんか……いい夢を見た気がする」
夢の内容は覚えていないけど。こんなに優しい気持ちになれるのは、その夢のお蔭かもしれない。
荷物を抱えなおして、出発する。コウリの住む遠い地に向けて。



ソウルイーターの中にいられる時間短すぎ…何もできないよねえ(笑)


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