真夏の白いワンピース



発端はナナミの一言。
「シオンさんって美人よねぇ……女装したら似合いそう…」
頬杖をついてうっとりと呟くナナミに、僕はどんな反応を返せばよかったのか。
「ナ、ナナミ?」
突拍子もない意見に思わず持っていたマグカップを落としてしまい、テーブルを拭きながら尋ねる。ナナミはまだ自分の妄想の世界にどっぷり浸かっていた。
「色も白いし、まつげも長いし、絶対似合うと思うのよ。白いワンピース着てお化粧したら、すごい美少女になると思わない?」
「そりゃ……まあ…そうだろうけど…」
確かにシオンさんは外見年齢は14歳だから体つきはまだ少年のそれだし、女の子顔だし、声がわりもしてないから高い声してるし、何より整った綺麗な顔してるし、女装したら絶対美少女になると思うけど。
何がどうしてそんなことを考えたんだ、ナナミ。
「ジョウイも似合うと思うんだけど、サイズが合わないのよね。私にってくれた奴だから」
そういってナナミが取り出したのは、真っ白なワンピースだった。肩の部分はふっくらと膨らんでいて、大きなレースの襟とウエストまでの前ボタンが可愛い、ふわっと広がった膝丈のワンピース。後ろはリボンできゅっとウエストを窄められるようになっている。
「どうしたの…、これ」
「隣のおばさんに貰ったの。娘さんのだったんだけどもう着れないからって。でもね、着てみたんだけど私似あわないのよ〜〜〜。すっごくかわいいのにー!」
確かに、元気なナナミにはこんなお嬢様風の服は似合わない。第一こんな格好をしていたら動きにくくてしょうがない。
可愛い服を着たからといって、ナナミが大人しくしているわけはないのだし。
「でね、誰なら着れるかなーって思って、シオンさんならばっちりだって思ったのよ。…着てくれないかなあ…」
「普通嫌がると思うよ。女装なんてさ……」
「よねぇ……」
ナナミが残念そうに溜息をつく。どうやら本人も判ってていっていたらしい。
僕はふとジョウイがこのワンピースを着ている姿を思い浮かべた。髪を解いて、化粧もして……なんて綺麗なんだろう。ジョウイだったら可愛いというより綺麗だな。シオンさんはまだ美少女の域だけど、ジョウイは美人だ。
「……コウリ、鼻の下が伸びてるよ」
ナナミの指摘に慌てて顔を引き締める。ヤバイヤバイ。
「何を想像してたのかなあ?シオンさんの女装姿でも想像した?」
にやにや笑うナナミに、そんなんじゃないよと反論しつつ、相手がジョウイなだけで同じようなものかとこっそり溜息をつく。ジョウイが女の子ならよかったとは思わないけど、もし本当に女の子だったら遥か昔に手を出していたろうななどと物騒な事も考えながら。
「僕がなんだって?」
とその時、噂の張本人が昼の稽古を終えて家の中に入ってきた。シオンさんは持っていた棍を壁に立てかけ、僕の横に座った。
「ああ喉が渇いた。コウリ、僕にもお茶もらえるかい?………ナナミ、今僕の話してたみたいだけど」
「あのねっ、シオンさんがこのワンピース着たら似合うんじゃないかなって話してたんです」
「うわああああっ、ナナミっ!!」
慌ててナナミの口を塞いだけど遅かった。シオンさんは目をぱちくりさせて、ナナミとその手に持たれたワンピースを見つめていたけど、しばらくして。
「いいよ。着てあげようか」
「本当!」
予想を裏切るシオンさんの言葉に、ナナミの口を塞いでいた手がずりおちる。
「……シオンさん、本気ですか」
「うん。だってナナミ、僕に着て欲しいんだろ。それに…僕に似合いそうだしね」
そんなにっこり笑わないでくださいよ…(涙)
「じゃあこれに着替えてきてくださいっ。私となりのお姉さん呼んでくるねっ。お化粧もしてもらわなきゃ」
ナナミはワンピースをシオンさんに押し付け、嬉々として家を飛び出していった。そしてそれを平然と受け取り、着替えを始めるシオンさん………おかしいのは僕じゃないよね…?
そして。
ワンピースに着替え、連れてこられた隣のお姉さんに「こりゃ気合入れてお化粧しなきゃ」と言われたシオンさんは。





「すごい、可愛い……」
「きゃあー、シオンさんっ、やっぱり似合う――!可愛いー可愛いー!」
町の芝居小屋から借りてきた黒髪ストレートのかつらを被り、白いワンピースを着て、綺麗にお化粧されたシオンさんは、どこから見ても正真正銘の美少女だった。
「ありがとう。なんか不思議な感じがするね」
にっこり笑ったその笑顔は、町を歩けば10人の男を10人とも絶対に振り返らせるほどの威力を持っていた。
ぽけーっと呆けている僕に、シオンさんは悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「私の顔に何かついてる?コウリ(にっこり)」
…裏声使うの止めてください。
もともと声高いんだから、違和感ないじゃないですか―――!
ちょっとだけ、くらりと来てしまった……。
「この格好で町歩いたら面白そうだね」
「うんっ、行こっ。きっと町のみんな、誰もシオンさんだって気付かないよ」
「じゃ一緒に行こうか、ナナミ」
「あ、でも私引き立て役になっちゃってやだな……コウリ、シオンさんをエスコートしてあげてよ。私、後ろからついていくから」
「な、なんで僕がっ」
「こーんな美人を一人で歩かせるっての?襲われちゃったらどうするのよ。ボディガードよ」
「……シオンさんを襲える奴がどこにいるんだよ…」
「それとこれとは別。今シオンさんは女の子なんだから、コウリが守ってあげなくちゃ。男の子でしょ」
「うー……」
僕とナナミのやりとりを楽しげに見つめているシオンさん、あなたが元凶だってわかってますか…?

こうして、僕は嫌々ながらこの美少女をエスコートする羽目になり。
予想通り町中の男どもの視線を集めたシオンさんは、実に楽しそうに女の子を演じていた。
僕はといえば、男たちの嫉妬と羨望の眼差しを一身に受け、泣きたくて仕様が無かったのだけれど。
さらにこの日隣町に出かけていたジョウイが、僕が凄い美少女を連れていたという話を帰り道に馴染みの店で聞かされ、僕がどんなにあれはシオンさんなんだと説明しても信じてくれず、シオンさんが再びワンピースを着てくれるまで僕はジョウイのトゲトゲした視線を受け続けたのだった。





END





内輪でシオンに女装させたら可愛いという話になりまして、
絵まで頂いちゃったのでお話にしてみました。
ありがとう、O氏(笑)

シオンがコウリの町にいたのは、秋から翌年の春にかけてなので
実際は真夏な訳はないのですが、番外編ということで!
つか書いた当時は気付かなかったんですな…






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