闇の中に染みる声



久しぶりの来訪は、あんまり嬉しいものではなかった。
辺りには静寂と、何処までも続く暗闇が広がっていて、何の気配も感じない。
初めて来たとき感じた暖かい気配が、再び誘いをかけてくるのを一蹴しながら、シオンは宛てもなく暗闇を歩き始めた。
あの気配を感じたのは最初のとき以来だ。二度目からはすぐにテッドやオデッサが見つけてくれたので、気配を感じる間がなかったのだ。
だが今日は、恐らくテッドは姿を現さない。
前回来たときにした事を考えれば、当然の反応だろう。
テッドに触れたい。
ずっと心に抱いていた欲求は、テッドを前にしたら止まらなくて。
本能の命ずるまま、テッドを求めた、これがその結果。
自業自得だ。判ってはいるけれど。
止められなかった。



―――好きだ……シオン
テッドの「好き」、と僕の「好き」は違う。
テッドに触れたくて、キスしたくて、もっとテッドを感じたい。
他の誰にも見せたことのないテッドのすべてを、僕に見せて欲しい。
テッドが僕の事を誰よりも大事に思ってくれているのは知っている。
それこそ、僕のためなら命も投げ出してしまえる程。
自惚れじゃなくて、僕は「知って」いるんだ。
テッドにとって、僕が全てだって事を。
………テッドは僕に触れることに怯えてる。
本当は抱かれることに抵抗があるんじゃなくて、僕を世間の常識から逸脱させてしまうのが怖いんだ。
自分が触れたら、僕を汚すんじゃないかって………そんなことないのにね。
僕が触れることこそ、テッドを汚すことになるのに。
こんなドロドロとした感情は知らなかった。
グレッグミンスターでの、初めてのキス。
キスをしたことのない僕が、興味本位からしたテッドとのキスがファーストキスだった。
何でもないフリをしていたけど、内心は心臓がバクバクいっていた。
あの時の僕には、その胸の高鳴りが何かは判らなかったけど。
今なら判る。僕は初めて会ったときから、彼に恋していたんだ。
シークの谷で、彼を失い。
冷たくなっていく彼の体を必死で温めようと抱きしめた。
いつも自分を見ていたアースブラウンが瞼に隠された瞬間。
僕は一生の恋を自覚した。



テッドが生きた三百年を生き抜いて、ソウルイーターに喰われるとき、彼に告げようと思っていた言葉をいう機会は、三百年も生きる前に与えられた。
思ってもみなかった再会は、まだ整理しきれていなかったテッドへの想いを一気に燃え上がらせることになった。
触れたい。
抱きしめたい。
テッドを目の前にした瞬間、溢れ出した欲望は歯止めをきかず彼を追い詰めた。
ここにいるテッドは世俗のしがらみから解放されて、もうそんな欲望とは縁がないはずなのに。
僕が堕とすんだ。彼をリアルな現実の世界に。
精神的な繋がりだけで安心できるほど、僕はまだ大人じゃない。
触れて、キスして、感じて、そのまま抱きしめあいたい。
現実の僕は遠い三百年先の彼を想い、ここでの僕は目の前の彼に想いを寄せる。

「テッド……」

一度だけ、小さく名を呼んでみる。
視界の端に現れた白い光が、急速に迫りつつあるのを感じながら。
シオンはするりと頭に巻いていたバンダナを外すと、空に飛ばした。




光がシオンを飲み込み、辺りに再び静寂が訪れる。
すると今までシオンが立っていた位置に、淡い蒼い光が生まれ、テッドの姿が現れた。
「シオン……」
闇の中にぽつんと残されたバンダナを拾い上げ、そっと胸に抱きしめる。
バンダナに残る、彼の匂い。
懐かしい、誰よりも大事な、彼の。
「ごめん……シオン……」
シオンの前に姿を現せられなかった弱い自分を責める様に、握り締められた拳に。
熱いものが落ちて消えた。





久しぶりに闇シリーズ書いたら、坊の性格が違う……(汗)必死に修正入れたんですが、なんか違和感あるかも。お初編の前にちょっとシリアスいれてみました。次はとうとうテッドが諦めて受け入れてくれるのか!(笑)




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