暖かさ



無造作に、身の内の熱を引き抜く。
あふれ出したものが素足を伝うのを気にも留めず、ベッドを降りた。
雨は未だ激しく降り続いている。厚い雨雲に覆われ、太陽の支配から逃れた空は、明かりのない室内を暗い闇で包み込む。
雨に濡れ冷えた肌は、先ほど流した汗によって更に冷たくなっていた。
それとは対照的に、体の芯は収まりきれない熱さを抱えている。
たった今彼から奪ったモノが、テッドの躰を熱く燃え立たせているのだ。
誇り高い彼の、まだ幼い柔らかな心を、鋭い爪で一本一本刺し貫く悦び。溢れ出た鮮血が、テッドを冥い興奮へと誘う。
寝台の上の彼は、身動きひとつせず横たわったままだ。
必死に声を押し殺していた為、達した後も暫く上下していた彼の胸は、今は落ち着いている。眠っているのか、目を閉じているだけなのか…どちらにしてもこの暗さの中では彼の表情を見ることは適わなかった。
視線を彼から外し、一糸纏わぬ姿であることなど忘れたかような躊躇いのない足取りで窓際に向かう。
ぴっちりと閉められた窓をほんの少しだけ開くと、叩きつけるような激しい雨がテッドの頬を濡らした。
「……まだ濡れたりないのか?」
いつの間にか彼は寝台の上に半身を起こし、テッドを見つめていた。闇に浮かぶ二対の光。その輝きは、昼間見た時となんら変わらない。
「火照った顔を冷ましてんだよ」
先ほどの行為が、彼に変化をもたらさなかったことが嬉しくもあり、拍子抜けでもあり。
とりあえず感情を隠して、いつものようににやりと笑ってみせる。
「…………」
大きく溜息をつき、彼が近づいて来た。全裸のテッドと違って、彼の服は殆ど乱れがない。自分がそれを望まなかったからだ。
(「肌を重ねる」なんて冗談じゃないからな)
これはあくまでも一方的な搾取だ。互いに熱を与え合うような、そんな優しい行為ではない。
自分が服を脱いだのは、全身の傷を彼に見せ付ける為にだ。この傷が彼を傷つける刃となる事を知っていたから。
見たかったのは苦渋の表情。悲しみと怒りを湛えた眼差し。
期待したのは罵声。抵抗。拒否。
そして。
「どこが熱いって?」
彼の手が冷え切った頬を包み込む。雨からテッドを守るように回り込み、片手で窓を閉めた。
「もう熱くなくなった」
にっと笑うテッドに、彼が呆れた顔をする。
「濡れた髪を拭きもしないで、裸になって…熱が出たんじゃないか?」
あてがわれた手は、テッドの額よりもずっと温かかった。
「熱はあったか?」
「…ないみたいだが、このままじゃ引いてもおかしくない。ほらっ、布団に入るぞ」
「おいおい、まさか一緒に寝る気かよ。あんなことのすぐ後だってのにいい度胸してんな。……それともまた襲って欲しいとか?」
「外は雨が降ってるし、夜も遅いから帰れない。ここにはベッドが一つしかない。だから一緒に寝るだけだ。馬鹿な事言ってないで、さっさと寝るぞ」
半ば引きずられるようにしてベッドに連れて行かれ、そのまま布団に押し込まれた。からかいにも乗って来ない。逆らうのも面倒になり(体力を使った後だ。本当は今にも瞼が落ちそうな位眠かった)頭まで布団を被る。すぐに彼も入ってくるのかと思いきや、彼はベッド脇で何やらごそごそやっていた。
「何やってんだ?」
「寝る準備だ」
彼は既に夜着を着ている。テッドのように裸というわけでもなし、これ以上何の準備があるというのだろう。
やがて「寝る準備」を終えた彼が布団に潜り込んできた。小さな寝台で二人が寝ようとすると、必然的に体が触れる。
「………おいっ」
むき出しの背中に触れた温かいものに、驚いて振り返る。間にあるはずの布がない。裸の背中が、テッドの体に直に熱を伝えてくる。
「何でお前まで服脱いでんだっ……その気はないって言っておきながら、やっぱその気になったか?オレは別に構わないぜ」
戸惑いをすぐに余裕の笑みの下に覆い隠し、半身を起こして彼の顔を覗き込む。だが彼は目を閉じたまま、動こうとしない。
「続きをするつもりはない。僕は眠い。お前もさっさと寝ろ。服を脱いだのは、その方がいいと聞いたからだ」
「はぁ?何がいいんだよ。快眠法かなんかか?」
「………」
不意に彼の腕が伸び、抱き寄せられた。自分より少しだけ小柄な胸に顔を押し付けられ、じたばたと暴れる。
「おい、離せって……何なんだよ、お前」
「体を温めるには人肌が一番だと聞いた」
テッドの抵抗が止まった。ぱちくりと目を丸くする。
(オレを温めるためってか?)
馬鹿な。普通自分を襲った相手の体を心配する奴なんていない。お人よしにも程がある。
抱擁から逃れる為に、目の前の肌に悪戯してやろうと思っていたテッドは、毒気を抜かれて小さく溜息をついた。
本当はこんな風に抱きかかえられるのは凄く居心地が悪い。肌と肌が触れ合うのも落ち着かない。
けれど冷え切った体は、今はこの温もりを手放したくないと訴えている。
(ま、今だけ我慢してやるか)
闇にまぎれている今なら、彼のあの真っ直ぐな目を見ることも見られることもないのだから、これ位は。
目を閉じて、耳の直ぐ傍で脈打つ自分以外の人間の鼓動音に耳を傾ける。

与えたかったのは痛み。
欲しかったものは傷。
望んだものは。

(お前はホント、オレの期待を裏切らないよな)


暖かさ



続編にすると、やはしぼてになりますな(笑)何もしてないけれど。
萌えてるその時に書かないと煩悩パワーが落ちる…。ううう、本当はもっと火花バシバシにしたかったのにー。


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