変化



こいつとの付き合いは長い。
まだ甘ったれなガキだった頃から俺の右手に当たり前のように居て。どんなに物理的に隠そうが、本気で飢えてる時は厚い皮手袋の下からその存在を主張し、貪欲に人の魂を喰らいつくして来た生と死を司る真の紋章。
別名ソウルイーターとは良く言ったもんだ。魂を喰らう。こいつの底なしの胃袋は、戦乱とそれに付随して生まれる絶望と死を、まるで甘い花の蜜に群がる蜂のように絶えず求めている。
喰われた魂はどこに行くんだろう。人間と同じように消化して、エネルギーに変えるんだろうか。だったらそのエネルギーを使って攻撃をする俺も、結局その恩恵に預かっている訳か。
コイツが人の魂を喰らい。
宿主である俺が、その力を使う。
同じだ。俺もコイツと同じ。
人の魂を喰らって生き延びてる。
悔しいけど、宿した紋章がコイツじゃなかったら俺はきっと今まで生きては来れなかった。
コイツの攻撃能力の高さが、俺の命を守ってる。
コイツを狙うあの女や、獰猛なモンスターから宿主である俺を守る為に、紋章はその鎌を振り下ろす。
笑っちまうよな。
誰よりもコイツを恐れている筈の俺が、その紋章に助けられてるなんて。
船長にコイツを渡し、時の流れの止まった船で過ごした数十年は、まどろみの中のようにゆったりと、ぬるま湯のようにとろりとしていて、何の刺激もなくただ無意味に時間が過ぎるだけの怠惰な日々だった。
何をするでもなく一日が終わり、(睡眠欲も食欲も湧かない空間では、一日という概念すらない)振り返っても何の軌跡も残っていない空っぽの。
今にも融けてしまいそうだったあの頃。
恐怖も絶望も憤りも悲しみも、夢も希望も憧憬も懐古も、それを想う思考すらも融けて、自分が「テッド」という名の人間であったこと以外全てを混沌の海に沈めて。
ゆらゆらと、ゆらゆらと。
不変の海に沈むのを待つ。
船長に命じられてあいつを迎えに行くまでは、何もかもがどうでも良かった。
長年船長と二人きりで(船長を人と数えていいものかどうか疑問だが)過ごしているうちに、召使のように命令されることも苦じゃなくなっていた。
逆らう気力がないっていうか…意思がない。気力はあったと思う。命ぜられたことをどんな風にこなしたら効率がいいかなんて考えてたりしたんだから。
船長に逆らうつもりも、ましてやあの船を出ようなんて、本当にそんなつもりは無かったんだ。
だってあそこに居れば俺は紋章の力に脅えることも無くて、紋章を外しても死なずに済む。(真の紋章を宿し一度でもその力を使ったら、もう紋章なしでは生きられない体になる事は船長から聞いた)あそこを出る理由なんてどこにも無いだろう?
ない、筈だったんだ。
俺の紋章とは逆で、使う度に自分の命を削るという罰の紋章。そんなのを宿してる奴ならどれ程自分の運命を呪っているかと思いきや、あいつの瞳はこの群島諸国の海のように蒼く澄んでいた。
深いマリンブルーの瞳に浮かぶのは悲嘆でも絶望でも憎悪でもなく。
前向きで純粋な意思だけだった。
――ああ、こんな瞳を。
持っていた時も確かにあったのだと。
こんな弱い俺でも、紋章の特性を知った後暫くの間は、彼のように運命に立ち向かう強い心を持っていた事を思い出す。
立ち止まらない強さ。
手のひらから大切な人の命が滑り落ちて行く度に、それらも少しずつ一緒に失くしてしまったけれど。
出来るだろうか。もう一度。すっかり砂に埋もれてしまったこの体、だけどまだ全部は覆われてはいないから。
彼という太陽を目指して、砂の海から這い上がる為に力を込める。
「俺も……ここを出る」
再び太陽の下に姿を現す。




「テッド!頼む!!」
激しい戦闘音の合間に、アスの声が響く。
俺とあいつ以外のメンバーは最近パーティに参加したばかりで、攻撃力がそれほど高くない。複数の敵に同時にダメージを与えるには…。
「”黒い影”」
高らかに掲げた右手から生まれた闇が、モンスターたちを覆い尽くす。
「やったぞ!!」
勝利の歓声を上げる仲間たちの目から隠すように右手を下ろした。人前でソウルイーターの力を使うことに大分慣れては来たけれど、堂々と晒せるほどではない。
真の紋章の中でも、こいつの攻撃力はトップクラスだ。たった一度の詠唱で、多大なダメージを相手に与える。
こんな化け物じみた力は不気味だろう?
絶対的な力を見せ付けられた時、人は感嘆よりも畏怖を覚える。
自分たちには計り知れぬ力を持つ存在を、排除しようとする。
それでいい。こちらとしても願ったりだ。なのに。
「凄いよテッドくん!!流石だねっ」
「さっきは庇ってくれてありがとう。怪我、大丈夫だった?」
この船の連中が向ける視線は、どうしてこんなに純粋なんだ。
違うだろう。おかしいだろう。こんな風に笑顔で迎えられるはずじゃ…
ふと顔を上げるとアスと視線が合った。いつも無表情の奴だけど、最近はその目に色々な感情が読めるようになって来た。
これって馴れて来たってことなのか?
「大したことないから……」
心配げに覗き込む彼女にくるりと背を向ける。そしたら今度はにこにこ笑顔を浮かべたウドの大木が目の前に居た。何か言われる前に慌ててその横をすり抜ける。
まずいよな。絶対まずい。
マリンブルーの瞳の横を通り過ぎる時、ちらりと一瞥強烈に睨みつけてやった。
だけどアスの目には、ますます楽しそうな色が浮かんで……
ああ、くそっ!
駄目なんだよ!俺はこれ以上馴れ合うつもりなんてないんだからっ!!
お前らだって、罰の紋章の他に、更に呪いなんて受けたくないだろっ。
三人を残してずんずんと先に進む。少し距離を置いて、ついてくる足音が三つ。
後ろを見なくたって、声を聞かなくたって判ってる。
あいつらが俺に向けている視線。
温かい。
優しい。
それはソウルイーターが俺にくれた初めての。









4テッド愛☆祭のキリリクデーのお題「ソウルイーターを使うテッド」で投稿。
テッドが紋章使ってるシーン短いですが……がふり(吐血)
他のパーティメンバーは、言わずと知れた乱れ打ち攻撃のアルドとフレアです。テッドがいる時はこのメンバーが一番好きさーV




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