夕暮れ。 見慣れた町並みが赤一色に染め上げられる。眼下に広がる朱の海。 密接する下町の家々の間を、縫うように走る陸用の橋の上。景色を遮る障害物より少しだけ高いこの場所に立つと、沈み行く太陽の全景を見ることが出来る。 ここはテッドのお気に入りの場所のひとつだった。 遠い昔。 祖父の皺だらけの手に引かれて、家路へと急いだ幼い時。 青から橙、そして赤へと変わっていく美しいグラデーションは、テッドの心を強く惹きつけた。 ”おじいちゃん。おそらがもえてる” ”ああ、お日様も帰る時間じゃからな。そして帰る前に、わしらに素敵な贈り物をくれる。夕焼けが綺麗な時の次の日は、いいお天気になるんじゃ。明日はよく晴れるぞ” ”ほんと?じゃあしたもまた、きのことりにいける?” 手に持った今日の収穫物のきのこの籠を見下ろし、それからまた祖父を見上げる。 ”行けるとも。テッドはきのこ採りの名人だからな。また明日も一杯みつけておくれ” ”うんっ、いっぱいとるよ。おじいちゃんにいっぱいたべさせてあげるからねっ” 実際は老人と幼子の籠の中身は、二人が今夜夕食で食べきれる程度しかなかったのだが。 それでもテッドは満足だった。自分が、大好きな祖父を喜ばせることが出来たのだから。 ”おひさまー、またあしたねー” 地平線に沈み行く太陽に手を振る。 またあした… またあした… 今日と同じ明日が来ることを、疑いもなく信じていたあの頃。 吸い込まれそうな青い空よりも、夕日の方が好きだ。 夜を切り裂き、ほんのりと少しずつ世界を照らし出す朝日よりも、空を焼く夕日の方が好きだ。 一日の終わり。明日を約束する赤。 夕日は自然界に存在するどんな光景よりも、テッドの心を捉えて離さない。 「…………」 胸が痛くなる。 美しすぎて、切なくなる。 己の頬を焼くこの赤は、今この時にしか存在しないのだ。 明日また同じように日が昇り、沈み行くとしても、それは今目にしているものとは別物だ。 何百年、何億年も前から、同じであり同じでないもの。 いのち。 流れる時間を失った自分でさえも、本当の意味で不変ではない。 例え成長はしなくとも。 自分の中で確かに何かは変わっている。 昨日の夕日を美しいと感じた心と、今日の夕日を賛美する心は同じようで全く違うのだ。 明日もまた、きっと違う気持ちで太陽を見送るのだろう。 またあした 不意に頭を過ぎった顔に、テッドが苦笑する。 自分を慕ってくる、大きいのに小さな子供。出会った頃の彼は、表情の変化の乏しい子供だった。気持ちを訴える術を持たない子供だった。 だがだんだんと、その顔に笑みが浮かぶようになり。 声に出して伝えて来るようになり。 傍目には凄い変化だっただろう。だが根本的な所、その瞳が持つ力は実は出会った時から何ら変わっていないのだ。 あの優美な夕日のように。 「…また明日、か」 小さく微笑んで橋の欄干に頬杖をつくと、再び正面の太陽に心を飛ばす。 変わるのに変わらない、美しい輝きへと。 シオンのテッドにあらず。オエビに時々描いてる金髪テッドです。坊もテッドも多すぎる我が家…。 |