ふらりと身一つで旅に出る。 随分長くあの場所にいた筈なのに、持ち出すものは殆ど無い。水と食料と、昔から愛用している旅道具。最低限のものだけ。 この身と、剣さえあればどこででも生きていける。 生きる術を知っている。 「どこへ向かうつもりなんだ?」 同じように、手ぶらで彼のすぐ前を歩いている男に声をかける。 「さあな。どこでもいいが、美味い酒が飲める所がいいな。南の方に行くか」 「目的があるわけじゃないのか」 足取りに迷いが無かったから、目的地があると思っていたのに。 「ふん、こやつに計画性を求めるのが間違っている。この筋肉馬鹿は脳みそまで筋肉で出来ているのだろう」 地面に近い所から別の声がした。声の主は彼の腰に付けられている剣。自らの意思を持つ、真の紋章の化身だ。 「煩ぇな。別にどこ行ったっておんなじだろーが。お前はどっか行きたいとこあるか?フリック」 ビクトールが歩みを止めずに振り返る。 「そうだな。別に思いつかないが…これから向かうなら北の方がいいか。暑くないところがいい」 「よし。じゃ北に行くぞ」 行き先が決まっても、それで別に何かが変わるわけではない。ビクトールは相変わらずフリックの少し前を歩いているし、星辰剣はその腰で「全くいい加減な奴だ」とブツブツ文句を言っている。 四年前と同じ光景。崩れ落ちるグレッグミンスター城から脱出し、サウスウィンドウを目指して旅をした時と。 その時のことを思い出し、フリックは再びこみ上げて来た怒りを必死に抑え込んだ。あの時ビクトールが道を間違えて砂漠なんかに迷い込んでくれたお陰で、危うく天国の入り口を潜るところだったのだ。 だが今度の旅は目的のない気ままな旅である。どこに行ってもいい。誰も自分たちを待っていないし、自分たちも探してはいない。 自由だ。 視線を上げ、見慣れた広い背中を見る。リーダーが去り同盟軍が解散した後、ビクトールは当然のようにフリックに「俺たちもそろそろ行こうぜ」と言った。 そしてフリックも当然のようにそれに頷いた。一緒に行こう、の言葉はどちらからも無かった。 「………」 少しだけ歩む速度を速めて、ビクトールの隣に並ぶ。ビクトールは目の端でちらりとフリックを見たが、何も言わずすぐに視線を前に戻した。 ずっと、この男に認めてもらいたかった。 一人前の男として、認めて欲しかった。 自分は弱い。オデッサを失った悲しみを、彼女が後継者に自分ではなく彼の少年を選んだ憤りを、少年にぶつけなければやりきれなかった弱い人間だ。 そんな自分を変えたかった。己の手でアンデットとなった故郷の人々を切ったこの男や、大切な人を次々と失って尚歩みを止めなかった少年に負けないように。 あれから四年。自分はこの男に認めてもらえる程、強くなっただろうか。 「…ビクトール」 「あん?何だ」 「………いや、なんでもない。路銀は大丈夫なんだろうな。お前に任せておくと後が怖い。俺によこせ」 「ちゃんとシュウからたっぷりふんだくって来たぜ。これだけありゃ当分困らねぇよ。ま、確かに俺が持ってるよりは確実だな。ほらよ、頼んだぜ」 ばんばんと厚い胸板を叩き、それから懐から金の入った包みを取り出してフリックに渡した。 全額を渡してきたことに驚く。今までの経験から言って、てっきり出し渋ると思ったのに。 「やけに素直だな」 「俺が持ってると全部使っちまう。先は長いんだ。倹約しとかねぇとな。そういうのはお前得意だろ」 「得意にならざるを得なかっただけだ」 この男と旅をしていると余計な気を使うことが多い。 「そう言うなって。頼りにしてるぜ。青雷さんよ」 「都合のいい時だけ当てにするな」 いいようにあしらわれてしまった気もするが、頼りにしていると言われて悪い気はしない。 「いつも頼りにしてるって。でなきゃ一緒に行こうなんて思わねぇよ」 ビクトールがフリックの方を見てにっと笑った。下手な奴連れて行く位なら、一人の方がよっぽど楽だしなと付け加えて。 ……聞けなかった先ほどの問いの、答えを貰った気がした。 「………行くぞっ、ほらっ」 前触れなく急に速度を速めたフリックの背を、ビクトールののんびりとした声が追う。 「おいおい、どうしたんだよ急に。ゆっくり行こうぜ。急ぐ旅じゃないんだしよ」 「だからといってちんたら歩いていたら日がくれる」 「そしたら野宿すりゃいいだろ」 「城出て一日目から野宿かよ」 「いいじゃねえか。それもまた」 「よくないぞっ。お前はまた私を枕にするつもりだろうっ」 「硬いこというなって、星辰剣よ」 漫才のような掛け合いがどこまでも続いていく。 拘束されることも縛られることも無い。 俺たちは自由だ。 *梨樹リョウに捧ぐ* フリックの「ビクトールに認めてもらいたい」云々は、サイト開設当時からネタとしてあったし、いつか書きたいと思っていました。ようやく書けた♪ 約一ヶ月遅れたけどお誕生日おめでとう、妹よ。そういやあんたに話あげるのって初めてやな。(貰ってばっかのひどい姉)こんなんで良い? |