むかつくな。 何で笑ってんのさ。笑いたくも無いのに、無理して笑顔浮かべることないじゃん。 あんたこの三年間ずっとそんな顔して来たわけ? 周りの迷惑考えたことある?辛気臭い顔しちゃってさあ。 なんてーの、寂しいオーラがもう全身から発せられてるんだよ。そりゃこんなご時世だからさ、大切な人間を戦争で一人も失っていない人間のほうが少ない。でも皆悲しみをぐっと腹の底に呑み込んで生きてる。死んだ人間より、今生きてる人間の方が大事だからね。 なのにさあ、あんたのその微笑は、人が必死に忘れようとしてきた感情を思い出させるんだよ。 目の前で殺された子供や、兵士として借り出され、遠くの地で果てて遺骨すら戻ってこなかった旦那のこととか。 逆に兵役を終えて戻って来たら、村が跡形も無くなっていた時の絶望とか。 両親を亡くし、今日を生きる為に盗みを繰り返す浮浪児たちの、心に奥深く眠る懐かしい優しい思い出とか。 忘れなきゃ生きていけなかったこと、生きる為に思い出さないようにしていた罪悪感を見せ付けられる。 人はあんたの姿に、己の罪を見る。 大切な人を想い悲しみ続けることのできるあんたを見て、それができなかった自分を呪う。 あんなに愛していたのに。 どうして自分はそれを忘れてのうのうと生きていられるのだろうと。 本人はそんなつもり、欠片もないのは判るよ。だから余計に性質が悪い。 悲しむのは彼の勝手であって、それを止める権利は誰にもない。 判ってるんだけどさ。 ……やっぱむかつく。 「聞いていい?君にそんな悲しそうな顔をさせるのはどんな人?」 「………親友、だよ。俺の」 ふうん、親友ねえ。この様子だと例に洩れず、その親友とやらはお亡くなりになってるわけだ。まあ親だとか、恋人を失ったってのよりはマシかもね。そんなんでいつまでもウジウジされてたら鬱陶しいっての。(愛剣に未だ未練がましく恋人の名前付けてる青い奴もいるけどさ) これだけ悲しんでくれるんなら、その死んだ親友も満足だよな。僕なんて親友と敵対してる上に、この手で殺そうとしてるってのに。えらい違いだね。 「その人のこと聞いてもいいかな。あ、勿論サナが嫌だっていうんなら、無理して言わなくていいよ」 「嫌じゃないよ」 ほらそうやってまた儚げに笑う。そーれーが、むかつくって言ってんだろっ(って声に出して言った訳じゃないから、サナが知るわけないんだけど) 泣きたいときは泣けってんだっ! 「本当に?」 「ああ。そんなに心配されるほど泣きそうな顔してるか?……駄目だなあ。俺、昔からポーカーフェイスが苦手で。軍師にもよく怒られた。軍主たるもの、感情を表に出すものではないってさ。でもそうは言われても、出るものは仕方ないし、どうやって隠したらいいかも判らないし…」 はあ?マジでこいつ解放軍の軍主やってたわけ?ポーカーフェイスができなくて、駆け引きどうやって来たんだよ。 よくみんなこいつに付いてきたな。軍師が裏で必死に手回ししてたのかね。今度ルックかフッチあたりに聞いてみよう。 「テッドはね、俺の初めての友達で親友だったんだ。どこに行くにも一緒で、テッドといると楽しくてあっという間に時間が過ぎた。雨の日は外に出かけられないから、互いのうちに遊びに行くんだ。別に何するわけじゃないけど、ただ喋ってるだけで楽しかった。一緒に風呂入ったり、互いのベッドに潜り込んで一晩中おしゃべりして、よくグレミオに叱られたものだよ」 「いい友達だったんだね…」 頭の中をジョウイとの思い出が過ぎる。キャロに居た頃、僕たちもサナたちのように無邪気に遊んでいた。ずっと一緒だと信じていた。こんな未来が待っているとは露ほども思わずに。 彼がハイランドの皇王に立った時、過去の感傷は全て捨てた。 彼は僕の敵に回ったんだ。 僕とナナミを捨て、国を選んだ。 裏切り者には、死を。 好きだったからこそ、その憎悪は何よりも激しい。 僕はジョウイを倒すために、飾りではない本当の軍主になった。 「……キリヤは好きな人いるかい?」 「え?んー、以前は居たけど、今は戦争中だからなぁ。いいなと思うコは居るけど、軍主が一人に心を砕いちゃいけないだろ」 「好きな人を亡くした事は?家族じゃなくて」 それって好きな女の子でって事だよな。何だよ、サナってば親友だけじゃなく好きな子まで亡くしてたのか? 「ないよ。キャロは幸い戦火を免れているから」 「そうか」 それっきりサナは黙り込んでしまった。伏し目がちに寂しげに地面見つめてるよ。一体何が言いたかったんだよっ。 「……あの、サナ?」 「死んだ親友を想っていつまでも悲しんでるなんて、女々しいって言いたいんだろ?いいよ、気にしなくて。事実だし。でも俺にとって、テッドはただの親友じゃない。俺の命以上に大切な相手だ。もし世界にたった二人残されるとしたら、俺は迷わずテッドを選ぶよ」 ここでサナの年齢がもっと若かったら、子供だねぇで笑って済ますんだけど。 サナは現時点19歳、僕より年上である。 19歳でこの思考はおかしくないか? いくら仲がいいっていってもさあ、最後の相手に普通男選ばないよな。男だったら子孫残すために、とりあえず女選ぶだろ、女。 それともそっち方面は全く興味なしとか……だったら好きな子云々を持ち出すのは不自然だよなあ。 ……まさか、ね。 「そんな事言わないよ。サナにとっては、それだけ親友が大きな存在だって事だろ」 「ああ。テッドが生き返ってくれるなら、俺の命を差し出しても構わないのに」 どうやらまさかじゃなかったようである。 サナはその親友とできていた。 (こういうとこ自分のカンの良さがちょっとだけ嫌になるよ) うっわー、男同士じゃんっ、フケツー!! なーんて事は言わないけど。 大体同盟軍の奴ら見てても判るけど、戦闘の緊張下、同性に手を出す奴も少なくはないんである。同盟軍の戦闘員には、小さい子も若い女の子も妙齢の女性もいる。彼女らに手を出すなんて命知らずもいいとこだし、勿論僕も許さないし、かといって戦いで興奮したソレを慰めるために慰安婦を置くのは、風紀上よくないから認められないし。 彼女らと同意でコトに及ぶこともあるだろうけど、そんなのはごく一部の男だけ。 悲しいかな、残りの有り余る精力を持て余した男共はどうするかってーと、近場の同じ状態の奴らで済ますんである。 合意じゃない場合もあるみたいだけどね。未成年に手を出すんじゃなければ、そこら辺は見ないふりしてる。いい年した男が強姦されたのまで、一々面倒みてられないよ。 って話がそれた。だからサナが男とできてても、びっくりはするけど軽蔑したりはしない。 けど。 ……どっちだったんだろ。 我ながら下世話な思考だなあ。でも考えちゃうのは止められないよなー。 サナは目鼻立ち整ってるし、顔立ちも優しい。可愛い分類に入ると思う。 やっぱネコ(受け)だったんかねぇ。 「好きだったの?」 微妙にさっきまでと「好き」のニュアンスを変えてみたんだけど、通じるかな。 「好きだよ。………キリヤが思ってる通りだ」 うはっ、通じちゃったよっ! うーん、結構カンがいいんだねぇ…ポーカーフェイスはできないけど、相手の感情の機微を察するのは長けてるわけだ。こりゃ正体見破られないよう気をつけないと。 「……ごめん…」 「どうして謝るんだ?俺はテッドを好きなことを隠すつもりはない。好きな相手だから寝た。抱いたし、抱かれた。おかしくはないだろ」 あらら、どっちもでしたか。 ネコはともかく、この顔でタチもやったとは。中々どうして侮れないね、トランの英雄(意味不明)。 それともお相手のテッドって奴も、バリバリのネコちゃんだったのかな? 「おかしくはないけど…でもあんまりそういう事は言わない方がいいよ。やっぱり変な目で見る人はいるから…」 「判ってる。キリヤだから言ったんだ」 へ? 「キリヤは信用できるって思ったから、打ち明けた。流石に誰にでも、ほいほいこんな話はしないよ」 「……ありがとう」 信用してくれたんだ。へぇ。まあ僕はサナと違ってポーカーフェイスは得意だからね。 サナの話に感動したフリして、こんなことも言えちゃったりするけどね。 「僕もサナを信用してるよ。サナは同盟軍の中で、ナナミを覗いて唯一僕に対等に接してくれる相手だ。サナが来てくれてから、どれだけ心が軽くなったかしれないよ」 「俺がキリヤの役に立てたのなら嬉しいよ」 あーらら、そんな天使のように邪気のない笑顔で微笑むもんじゃないよ。 まあ、僕もいずれジョウイから黒き刃を継承して、真の紋章の持ち主になるけどね。(既にキリヤの中で決定事項と化している) 永遠の命を持つ者は子孫を残す必要がないから、生殖能力が低下するってシエラも言ってたしね。(実際には少し違うのだが、勝手に脳内変換されている) だったら別に相手は女に限ら無くてもいいんじゃないか? サナの顔は初めて会った時から、好みだなって思ってたんだし。 サナに同性との経験があるなら、問題なしだよねー。 「これからも、僕のそばで僕を助けてくれるかい?」 「こんな俺でよければ」 感極まったフリしてサナの手を握り締める僕の頭とお尻に、悪魔の触覚と尻尾が生えているなんてサナに見えるはずないしー。 「勿論だよ。サナだからいいんだ」 相手の自尊心を擽る、甘い言葉も囁いてみたりして。 案の定、サナの顔にほっと安堵が広がる。 ふっふっふ、僕はこの口と笑顔で、仲間を集めた軍主だよ。 狙った獲物は逃さないよ。絶対にね。 親友を忘れろなんて野暮なことは言わない。どうぞいつまでも心のうちで想い続けてくれ。一番の地位を奪う気もさらさらない。その点は死者に敵うわけないし。 死んだ人間は必要以上に美化されるもんだからね。 だ・だ・し、死者が生者に絶対敵わないものがある。 死者は触れることはできないだろ。 温かいこの体、手に入れるよ。かつて親友にだけ聞かせた声、これからは僕に聞かせてよね。 まずはゆっくりと、少しずつ手の内に引き込んでいく。 時間は僕もサナも腐るほどあるんだ。じっくり時間をかける方が楽しいじゃないか。 長い人生を生きる楽しみができたってものだよ。 僕が狙ったからには、もうあんたにそんな儚げな笑みはさせないよ。 覚悟しなね、サナ。 心の声とセリフの差、それがタイトルです(笑) |