相変わらず背中を向けているとは言え、お互い全裸。上着はアルドに脱がさせた。その他の服は自分で脱いだ。となれば、後は言葉なんかなくても行き着く展開は一つしかないだろうに。
「暖かい?テッド君」 何で毛布かけられてんだよ、俺!!! 確かに寒いから温めろとは言った。服脱がした後、いつまでもおたおたして動こうとしないアルドをせっつく意味で半ばヤケクソで。ここまで言われれば、どんな鈍い奴だって普通は通じる筈だ。 「…お前、何の為に俺の服脱がしたんだ?」 「暑そうだったから」 えへ、と背後に小さなお花が飛ぶ気配。 プチン 脳の血管が1本切れた。 「……ならお前も暑かったんだな!?」 テッドの両肩の辺りを彷徨っていた(でも触れてはいない)大きな手を逃げられないように掴んで、引いた顎越しに睨みつける。 「……う…う…う……………………………………うん」 このへたれめ!! お前は暑かったら全裸になるのか!だったら普段からすっ裸のままで居やがれっ。その犯罪物を見せて歩き回るがいい!!! 「……息子の方がよっぽど素直だな」 腰に当たるそれは、さっきからずっと熱を持ってくれてるのに。 本体の方が動かなきゃ、意味がない。 「え………………」 耳元で息を飲む音。動かなくなった手。あー、固まったな、と思う。 これだけ密着してて、気づかれてないとでも思っていたんだろうか。こいつは。 「……お互い様だ」 握り締める手に力を込める。顔に血が上る。恥ずかしい。 テッドの体で影になってて見えないかもしれないが、テッド自身だってさっきからアルドのそれと同じ位元気になっている。熱くぬるりとしたそれが腰に触れるたびに、ぞくぞくと背中を悪寒が走る。 本当は死んでもこんな事口にしたくはなかったけれど…やっぱり言わなければ駄目なんだろうか。 「……………………」 口を開こうとするが、言葉が出てこない。頭の中でぐるぐると思考が回る。 遠まわしで比喩的な言い方だと、アルドはまた訳の判らない解釈をするに決まっている。小さな子供でも通じる言葉で、はっきりと言わなくては……。 でも何て? 「……………っ…」 手に汗が滲んできた。アルドの手を強く握り直す。逆流した血が物凄い勢いで体中を走り回って、体温を上昇させる。心臓が過剰労働でばくばく言っている。 とりあえず深呼吸をして見よう。深呼吸。 すーっ(吸) 「………………………………だ……………………………………………………いてほしい……」 何とか喉から搾り出せたのは、蚊の鳴くような小さな声。吐き出す息に落胆が混じる。これではきっとアルドには聞こえてはいまい。 もう一回大きく息を吸い込む。すーっ。 「……………………だ…………………………………………………………いてくれよ………」 だけどやっぱりちゃんとした声にはならなくて、気持ちに気づいてくれないアルドも、そんな声しか出せない自分ももどかしくて腹が立って……。 「………バカ!アホっ、のーたりんっ」 バカは俺だ。いい年して何こんなことで泣いてんだよっ! だけど一度溢れた涙は止まらなかった。嗚咽が喉にひっかかる、一番苦しい泣き方だ。最後のプライドで堪えているけれど、かみ締める唇を緩めたら、小さな子供のように泣き喚いてしまうに違いない。 「テッド君、ごめん」 大きな手が髪を撫でる。強く握り締めていた筈の手に、いつの間にか逆に掴まれていた。 今まで腫れ物を触るように、肌のギリギリのところを彷徨っていたアルドの手がテッドの肩を抱いている。 その温かさが引き金だった。 「俺に…あんな事言わせ…といて……今更……っ…」 最早涙も嗚咽も留まる事を知らなかった。強く閉じた瞼の下から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。 「…………。ホントにごめんね……」 そんな嬉しそうな声しやがって!!そうだ、全部お前のせいだ!お前がいなかったら俺はこんな恥ずかしい想いも、こんな風にっ……… 「……じっとしてて。もう少し……」 「…………」 優しい手が髪を撫でるたびに、心が落ち着いていく。掴まれた手が温かい。背中から伝わる温もりが、体の強張りを解していく。 力の抜けた体に残ったのは、泣きたいほどの安心感と相手を欲しいと望む気持ちだけだった。 ここまで来たら今更だった。醜態を一見せるも十見せるも同じこと。ちっぽけなプライドを剥ぎ捨てて望みを口にする。 「ちゃんと抱いて温めてくれよ……」 「……うん。でもね、その前に……………好きだよ」 髪に顔を埋めるようにして囁かれた言葉に、体温が再び上昇する。 「………知ってる」 同じ言葉は返せないけど、せめて。 「うん」 耳元で、アルドが嬉しそうに微笑んだ。 「……風邪引くからベッドに行こうぜ」 それらしい理由をつけて、ベッドへと誘ってみる。興奮して火照った躰と、広い胸に正面から抱きこまれているお陰で寒くはなかったけれど、別の方がそろそろヤバかった。 「ん?そっか。寒いから先にお風呂に行く?」 お花を飛ばしながらにっこり微笑むアルド。……絶対これは通じてない。 また同じ事を繰り返すのかと、先ほどまでの不毛なやり取りを思い出してちょっと切なくなる。 「……熱くて眠れそうもないんだけど」 恥も外聞もかなぐり捨てて、熱くなった下半身を押し付けた。言葉で言うより行動で示した方が確実だ。それ同士がぬるりと擦れあってぞくりとした。 「ええっ、医務室行かなきゃ!!寒かったり暑かったり…!!風邪だよ!!!」 コイツわざとか!わざとなのか!?(半分泣きたい) 「風邪じゃねーよっ!お前に欲情してんのっ!セックスしたいって言ってんだろーがっ!!」 殆ど逆キレ状態で叫ぶ。ここまで言って判らなかったら殴り倒してやる!! 「なーんだ。良かった――っ、僕もなんだっ」 「…………」 嬉しそうに抱きしめられ、テッドのこめかみがぴくりと引きつる。 つまり今までのテッドの言葉や行動は、全く通じていなかったという事か…。 「……そーかよ」 脱力しきった力が既に逆流して来てしまっているテッド、もうどうでもよくなってしまった。 「じゃ「ベッドに行って」……その……「セックス」しようぜ……」 濁すとまたアルドが勘違いするので、はっきりと口に出す。こんな事を言わなきゃいけない自分がちょっと可哀想だったり。 「あ、待って待って。その前に!!」 アルドが満面の笑みで微笑み。 「僕たちって「両思い」だったんだねー!!!」 かああああっ 「両思い」などという初々しい単語に、頬が真っ赤に染まる。まるで初恋にドキドキしている少年のようで、そんな自分が居たたまれない。 「………………ん……」 普段なら出てくる筈のバカにした言葉の代わりに、口をついたのは極小さな同意。 振り返って正面から抱きしめられてからは、何年もかけて築いてきた心の壁はすっかり崩れ落ちてしまった。強がって背を向けるより、今はこの優しさを手放したくない。 「……もういいだろ。…………一生のお願いだから」 抱きしめて欲しい。包んで欲しい。この胸に甘えたい。 「じゃ、ベッド行こ。……ごめんね」 強い力ではなく、でも隙間なくぴったりと抱きしめられて、痛いほど張り詰めた下半身に負けないくらい早鐘を打つ心臓から解放される予感に、安堵の涙が滲む。 心が完全に敗北宣言をしてしまった。肌を重ねた後でも、アルドの態度は変わらないだろう。同じように優しくしてくれるだろう。 だけど自分は、今までのようにアルドに対して強気な態度がとれるだろうか。 こんなに鎧を剥がされてしまっては。強固な鎧の下の、僅かな刺激でも飛び上がってしまうくらい敏感な、身を守るべき表皮を持たない姿を見られてしまっては。 アルドの手が真皮に触れてくる。 その下の血管を辿る。 全てを曝け出したむき出しの心に、触れてくる。 二人分の熱で暖められたベッドが、心地よいまどろみの世界へと誘う。 手を伸ばし、閉じた瞼から線の細い頬のラインまでを、ゆっくりと指で辿る。 眠っている相手にすら、こんな風に自分から触れたのなんて初めてで、何だか不思議な気分だった。 それはずっとすぐ側にあったのに。 手を伸ばせば、すぐ届く所にあったのに。 こんな風に。 「ん……」 眠っているアルドの唇から小さな声が洩れ、テッドの頬に柔らかな笑みが広がった。 *お相手アルドのお母様へ捧ぐ* 絵茶でやったストーリーの小説化です。ラストシーンだけ捏造。 |