形見



「いい加減に諦めたらどうだ?」
無愛想の具現が、呆れたように言った。
「何をだ」
睨付けるテッドの視線をさらりと受け流し、アスは隣に立つアルドを親指で指し示した。
「結果は同じなんだから、意地を張るだけ無駄だと思わないか」
「だから何をだ」
「あの、アスさん。お邪魔でしたら僕は席を外しますが…」
二人の間で弾ける見えない火花に、間に挟まれたアルドがおずおずと手を挙げた。
「いや、いてくれないと困る。アルドも当事者なんだから」
「はぁ…」
所在なさ気に手を下ろしたアルドから、再び視線をテッドへと移し、アスは声と瞳に凄みを重ねた。
「判ってる癖に誤魔化すな。俺の口から言って欲しいのか」
「…………どうしろってんだよ」
視線での攻防に負けたのはテッドの方だった。
押し付けられた軍主とは言え、百戦錬磨の海賊や一国の王相手に物怖じすることなく命を下し、戦場では誰よりも先に切り込みに行く肝の太さを持つアスに、所詮テッドが勝てる筈がなかった。
「簡単だ。気持ちを素直にアルドに伝えればいい」
それが出来たら苦労するか!と、瞳で訴える。この場にアルドがいなければ、怒鳴りつけてやったものを。
「考えてもみろ。このままお前がアルドを無視し続けたとしても、アルドは追いかけるだろう」
ちらりと確認するように横目で見られて、アルドが戸惑いながらも頷いた。
「どう足掻いても紋章に食われる運命なら、開き直って享受するのもありじゃないか?」
「そんな訳に行くか!大体そうならないように、俺がどれだけ…」
「だからそれが不毛な努力だと言っているんだ。結果が同じなら、何処に我慢する必要がある」
「まだそうなると決まった訳じゃない…っ」
「決まってるさ」
消え入りそうな声を叩きのめすように、アスが言い放った。
「誰よりもそれが判っているのは、テッドだろう?」
色味が増したマリンブルーに見据えられ、テッドはごくりと息を呑んだ。
心臓がざわりと蠢く。無意識に、左手が胸の上の服を掴んでいた。
そんなことは、言われるまでも、無い。
「アルドは既に運命を受け入れている。拒んでいるのはテッドだけだ。テッドが素直になれば、全てがうまく行く」
アスはアルドの背を押して、テッドの前に立たせた。
「さあ、腹を括れ」
「――判ったよ。言えばいいんだろ!もうどうなっても知らないからな、責任はお前が取れよアス!」
「尻拭いは自分でやれ」
この野郎、と口の中だけで呟いて、テッドはアルドに向き直った。色素の薄い瞳が戸惑いがちに揺れる。
その様子に軽い苛め心が疼いた。一旦覚悟してしまえば、もう怖いものはない。
すぅっと息を吸い込み、アルドを見上げる。
「アルド」
「は、はいっ」
「俺はお前の事が……」




ガタン、という物音で目が覚めた。
真っ先に視界に入って来たのは、見慣れた天井だった。半身を起こして辺りを見渡すと、壁に立てかけておいた弓が床に倒れていた。
「何だ、夢かよ……」
くっくっと忍び笑いが漏れる。
設定も感情もあまりにもリアルで、一瞬何処までが本当か判らなかった。勿論あんな会話はなかったのだが。
「懐かしい面子が出てきたもんだ。どうせなら最後まで見たかったな。夢の中の俺は何て言うつもりだったのやら」
おかしくて楽しくて、頬が緩む。夢は時々、途方も無いストーリーを奏でてくれる。
ベッドから降り立って、倒れた鉄の弓を拾い上げた。すっかり手に馴染んだそれは、すぐにテッドの熱を奪ってほんのり温かくなる。
「お前、何で邪魔したんだ?俺に告白されるのが嫌だったのか?」
くすくす笑って、弓に軽く口付ける。同時に反対の手でカーテンを引くと、眩しい朝日が差し込んできた。
「いい天気だ。絶好の釣り日和になった事だし、約束どおり早めにお屋敷に行かないとな。今日もよろしく頼むぜ、相棒」
手早く着替えて、朝食の支度をしにテッドは部屋を出て行った。
残された弓は柔らかな光が注ぐベッドの上で、主が連れ出しに来るのを待っている。
前の主の願いを叶えるべく、現主に寄り添って。

――幸せになって

彼の願いは、150年後に叶えられた。





アルテド祭に投稿。


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