シオンの料理奮闘記




うちの坊ちゃんですか?ええ、テオ様に似て、優しくて強い良い子ですよ。このグレミオが、精魂込めてお育てしたんですから。
棍の腕前も、師匠のカイさんのお墨付きでしてね。最近は三回に一回は、カイさんから勝ちを取れるようになったらしいです。
私のお手伝いもよくして下さいますし、目上の方にも評判は上々、年下の子にも慕われています。
え、欲目だろうって?そんな事はありませんよ。疑うんでしたら外に出て町の皆さんに訊いてみてください。「マクドール家の坊ちゃんは、父親のテオ様に負けない立派な軍人になるだろう」って答えて下さるはずですから。
でもそんな坊ちゃんにもたった一つ、苦手なものがあるんです。
不器用な訳じゃ無いんですけどね。ただセンスがないっていうか……。
え、聞きたいんですか?うーん、坊ちゃんに知られたら怒られそうなんですが…私から聞いたって事、内緒にして下さいね?
あれはテッド君がこの家に来る前の、坊ちゃんが11歳の時の事です……。




「グレミオっ、今夜は父さまが帰ってくるんだよね?僕父さまにプレゼントをしたいんだ。手伝ってよ」
11歳にしては小柄なシオンが、その大きな目をめいいっぱい開いてグレミオを見上げる。これから楽しい事をやるんだという期待で満ち溢れた瞳は、きらきらと輝いていた。
「プレゼントですか?それはいいですね。グレミオでお手伝いできることなら何でもやりますよ。それで何をするんですか」
シオンと視線を合わせるように屈みこみ、にっこりと微笑みかける。
「あのね、ケーキを作りたいんだっ」
「ケーキですか?それはまた…どうして急にそんな事を?」
グレミオはシオンに内心の動揺を悟られないよう笑顔を浮かべたまま言った。実はテオは甘いものが好きではない。シオンが作ったケーキなら、あの息子思いの将軍は残さず食べてくれるだろうが…どうせなら喜ばれるものを作った方がいいいんじゃないかと思う。だが。
「ケーキはおめでたい事があった時に食べるでしょ。父さまの率いた軍が無事暴動を鎮圧したって聞いたんだ。しかも相手も自軍も一滴の血も流さなかったって!これって凄い事だよね。だからお祝いしたいんだっ。僕の作ったケーキをみんなで食べて、父さまの武勲を称えたいんだ」
無邪気に笑うシオンに、グレミオは何も言えなくなってしまった。そんな事を言われて『ケーキはテオ様がお好きじゃありませんから止めましょう』とは言えない。……それにケーキを作る理由に、シオン自身が食べたいからというのも入っていることにグレミオは気付いていた。シオンは生クリームのケーキが大好きなのだ。
「……判りました。テオ様が帰ってくるまであと半日あります。頑張って美味しいケーキを作りましょう」
「うんっ、ありがとう。グレミオっ」
それに折角のシオンの気持ちを無駄にする訳にもいかない。五等分すればそんなに大きいものでもないだろうし、テオには頑張ってもらおう。そう考えグレミオは、シオンのケーキ作りの助手を引き受けた。
「それではまずこのエプロンと三角巾をつけてください。お菓子作りは汚れますから」
「はーい」
渡されたエプロンと三角巾を着け、石鹸でよく手を洗って準備万端なシオンに、グレミオはまず粉を篩う事を指示した。
秤で小麦粉の分量を測り、ベーキングパウダーを加え2、3回篩いにかける。一回お手本を見せてから、篩いをシオンに渡した。
「こうやるんです。いいですか」
「大丈夫、簡単だよ。…こうでしょ」
ぽふっ
……室内に白い粉が舞った。
「…坊ちゃん、そんな勢い良く篩ったら全部粉が落ちちゃいます。もっと軽くでいいんですよ」
「そっか。失敗しちゃった。こう?」
ぽふっぽふっ
「あああっ、まだ強すぎますってば。それにボールの上で篩ってください」
「うーん、難しいな……これ位かな」
ぽんぽんぽん
「そうそう、それでいいんです。今のが篩い終わったら次の粉を足してくださいね……って言ってる傍から〜」
既にシオンの手の中の篩いには使うべき小麦粉が全部入れられており、溢れんばかりとなっていた。
「だって一々面倒なんだもん。これなら一回でいいし」
「たくさん入っている方が、却ってやり難いんですよ」
「そうかなあ。まあ好きなようにやるよ」
ぽんぽんぽんっ
…………確かに篩えてはいる。周りにたくさん飛び散っているが。
グレミオは密かに頭を押さえた。お菓子は繊細な料理だ。シオンは決して不器用ではないのだが…菓子を作るのに向いてはいない事に、はっきり気付かされてしまった。
「終わったよ、グレミオ」
なんとか篩えたらしいシオンが、笑顔でボールを差し出してくる。そこには本来あるべき量の半分しか入っていなかった。
「…………えっと、じゃあ次は卵を泡立ててください。……はい、こちらの卵黄を空気を抱きこむようにして混ぜてくださいね。ぐるぐる混ぜちゃ駄目ですよ」
「判ったっ」
卵を卵黄と卵白に分け、卵黄の方のポールをシオンに渡す。卵白は卵黄より泡立てるのが大変だ。今の粉を篩う様子に、グレミオは無難な卵黄をシオンに任せたのだ。卵白はちゃんと泡立てないとケーキが膨らまない。
「坊ちゃん、こういう風にボールを抱えて大きく泡だて器を動かすんです。そんな風に立てちゃ駄目ですってば」
「うーん、難しいな……こんな感じ?」
かしゃかしゃかしゃかしゃ
「……じゃあそこに砂糖とバニラエッセンスを入れますね。…はい、またかき混ぜてください」
卵白さえしっかり泡立てればなんとかなる。グレミオはもう何も言わないことにした。
「混ざったらさっきの篩った粉を入れます。最初は三分の一ほどで、混ぜないで切るように……………………全部入れちゃったんですか……」
「どうせ混ぜるんだから平気平気(にっこり)」
「……だから、切るようにですってっ。あああっ、そんなぐちゃぐちゃとーっ!」
「一々煩いよ。グレミオ。好きなようにやらせてよ。僕が作るケーキなんだからさ」
「……それはそうなんですけど……」
「あとはこの卵白だよね。これを混ぜて、と……」
「っ………………」
シオンの豪快なケーキ作りに、グレミオの言葉がどんどんなくなっていく。奪われた卵白は先ほどの粉と混ぜられ、折角泡立てた泡がぶちぶちと潰されていくのが見えても何も言えなかった。
「えーと、最後に溶かしバターだったよね。バターを火にかけて、と……」
最初に調理手順をさっと説明していたため、シオンは一人でどんどん進めてしまっている。説明したことはちゃんと覚えているあたり、記憶力はいいのだ。ただそれを実行する腕がないだけで。
じゅうううっぶつっぶつっ
「坊ちゃんっ!火が強すぎますっ。バターが融けたら火から下ろして……あああっ」
限界を超えたバターが激しい音を立てる。慌ててシオンから鍋を引ったくり火から下ろすと、鍋の中のバターは真っ黒に焦げ付き、既にバターでは無くなっていた。
「………ごめんね、グレミオ」
「……いいんです。火は危険ですからグレミオがやりますね。坊ちゃんはケーキの型にバターを塗っていてください」
「うん」
流石にまずいと思ったのか、大人しくグレミオの意見に従う。新しい鍋にバターを入れ火にかけながら、グレミオはやっぱりケーキ作りは止めるべきだったと溜め息を吐いた。あのやり方では他の料理でも同じだろうが、ケーキよりはマシだ。お菓子は分量一つ、手順一つで出来上がりに大きく差が出てくるのだ。
溶けたバターを生地に加え、型に流す。粉が足りない所為でとろーんとしている上、ちゃんと混ざりきっていない生地に出来上がりを見るのが怖いグレミオだった。
「では釜に入れますよ」
温めておいた釜にケーキを入れ、扉を閉める。これで一時間弱焼けば焼きあがるはずだ。……本来なら。
「さ、ここを片付けて、焼きあがるまでお茶でも飲んでいましょう。その後は生クリームを塗る作業ですからね」
「うん。ちゃんと焼けるといいな」
「…………」
期待に充ちた目で釜を見つめるシオン以上に、ちゃんとケーキになっている事を願わずにはいられないグレミオだった。





それでどうしたかですって?ええ、やっばり予想通りでしたよ。スポンジは膨らまず、ぺったんこのままだったんです。
でも坊ちゃんはとても満足気で、その後生クリームと苺を飾ったんですけどね。
そこで気付いたんですが、坊ちゃんは包丁さばきは上手なんですよ。苺のスライスなんて全部均一の厚さでした。
生クリームを塗るのは今ひとつ……でしたけどね。
あ、勿論生クリームは私が泡立てましたよ。二人で半分ずつ泡立てたんですが、坊ちゃんのは泡立たなくて。そうなる事は判ってたんで、最初から私の分は多めにしていたんです。
そのケーキは夕食後、家族全員で頂きました。味は不味くなかったです。味は、ですけどね。……食感はおよそケーキと呼べる代物ではありませんでしたが。
テオ様やクレオさんも坊ちゃんが作ったケーキとあって、無理して食べてましたよ。パーンさんは何でもいいみたいでバクバク食べてました。
坊ちゃん自身はというと、私たちが全部食べ終わるのを見届けてからようやく食べて……ショック受けてましたね。味覚はまともどころか、かなり舌が肥えている方なので。
でもこの時はまだマシな方でした。この次にやった時は台所が破壊されましてね……それで坊ちゃんには料理禁止令を出してあるんです。
その話も聞きたいですって?それはまた次の機会にしましょう。そろそろ坊ちゃんが帰ってくる時間ですから。あ、私が話したって事、くれぐれも坊ちゃんには言わないで下さいね?





END





*深海聖さんに捧ぐ*

グレミオ視点というのは結構書きやすくて楽しいですね。
最初シリアスにしようかと思いましたが、止めて明るいのにしてみました。




戻る